しかしセンターに立っても視聴者(国民)に語りかけない。自分の言葉を持たない。裏回しキャラのままだった。この態度は本当に不思議でした。

『なぜ君は総理大臣になれないのか』というドキュメンタリー映画がありましたが、菅首相を見ていると「なぜ君は総理大臣になったのか」と思ってしまう。不思議で仕方なかった。わざわざ前に出てきた意味がわからない。

 ひとつヒントがあるとすれば、衆議院議員・小川淳也を追いかけた『なぜ君』は政策だけを訴えていても総理になれないというジレンマを描いたドキュメントであった。現実は政局や権力闘争に翻弄される。その逆にいるのが菅氏だったのだ。権力闘争で生き生きとし、人事を握り、ここまで来た。裏を返せば、得意の人事を使って権威的ふるまいで抑え込もうとしても、政局で旗色が悪くなれば終わりという意味である。今回のあの手この手の醜態を見ていて痛感した。

この1年間の菅首相は何だったのか

 総裁選不出馬の報が出た日、直後のぶらさがり取材に「また来週にでも改めて記者会見をしたい。このように思います。以上です」と述べ、記者とのやりとりを2分ほどで打ち切った。説明や発信をしてこなかった1年間のふるまいがここに凝縮。前に出るべきではなかった人の本質が炸裂していた。

 この1年間の菅首相とは何だったのか。日本学術会議の会員候補者6人の任命を拒否したことが最大の「実績」だろうか。きちんと説明せず、専門家の意見を軽視する。この態度は、その後に続く新型コロナウイルスへの対応にもそのまま引き継がれた。

 菅首相が頼ったのはムードでした。説明や論理を軽視し、ムードやイベントで相殺する。これこそ安倍政権の継承だったのです。東京五輪・パラリンピックはそのクライマックス。しかし五輪で人々の気分は高揚しても支持率は上がらず、西村担当相は「そのままの高揚した感覚で外出してしまうと、感染力の強いデルタ株はちょっとした隙で感染を広げてしまう」と述べたほどだった(衆院議院運営委員会・7月30日)。

 ムードを利用してきた政治が、最後にムードにしっぺ返しを食らったのである。

 マスコミの責任も大きい。菅氏をこれまで「最強の官房長官」とか「喧嘩に強い」とか「勝負師」などとムードを平気で報道してきた。それは幻想だったのである。オモテに出てきたら何でもなかった。GoToトラベルやワクチンに意地になって賭け続けた姿は「負けの込んだギャンブラー」だった。

 なぜ君は総理大臣になったのか。本当に理由を知りたいのです。いつか説明をしてくれるのだろうか。

(プチ鹿島)