翌日テントを出ると月が裏山の陰に隠れて暗かった。

 満月がすぎて高度が落ちはじめると、なんだか妙に物悲しくなる。この極夜の旅の間、いつもそう感じていたが、このときも早くも月の高度が落ち、これからどんどん暗くなっていくサイクルに入っていくことが分かり、私は暗い気持ちになった。のこされた時間はそれほど長くはなかった。

 地図を見るかぎり内陸の広大な湿地帯はセプテンバー湖とつながっている。2014年の旅で見た麝香牛の群れの映像が脳裏によみがえった。群れのなかには湿地帯方面へ走って逃げた集団もおり、それを考えるとこの先に牛たちの一大棲息エリア、すなわち麝香牛牧場=楽園(パラダイス)があるのはまちがいないところだった。どう考えても内陸に行ったほうが群れと遭遇する可能性は高いと考えられた。

出てこい、麝香牛!

 私はさらに谷をさかのぼって楽園と思しき湿地帯を目指した。前日の途中からルートを誤り変なところに迷いこんでいたので、右手の河原を強引につっきって本流らしき大きな谷筋にもどった。それからはコンパスと地図をみて慎重に谷を登っていった。麝香牛らしき影を見てもどうせ岩なので、前日みたいにいちいち確認しなくなった。それよりもとっとと楽園に入りこんだほうが効率的である。

「ウヤミリック元気か? 麝香牛いないか?」

 私はいちいち立ち止まって犬に声をかけた。犬はいよいよ痩せこけ、橇を引く力も弱まり、気力も失われているようだった。

 私と犬は大きな谷を登っていった。月が欠けはじめたとはいえ、まだ世界は十分に月の慈光で満たされていた。そのため周辺の地形は容易に把握可能なように見えたが、谷をさかのぼっていくと意外と地形は複雑で、谷筋が細かく分岐しており、私はいつものようにルートがよく分からなくなった。

 半信半疑のまま月光に導かれるように小さな谷を登っていくと、その谷は野生動物の通り道になっているらしく、麝香牛と兎の足跡で埋め尽くされていた。凄まじい数の足跡だった。まさに楽園への入口だった。足跡の数に私は驚愕し、瞠目し、興奮し、まもなく訪れるかもしれない群れとの遭遇にぞくぞくしつつ、亀川・折笠コンビに託された一眼レフカメラをまわしてその模様を実況した。

 だが、いくらキョロキョロあたりを見回し、遠くの闇を凝視しながら歩いても麝香牛も兎もまったく姿を見せなかった。足跡はあるのに気配はない。ただスポンジのように軟雪に体力が吸収されていくばかりで、獲物が見つからないことに次第に焦燥がつのっていった。

 まもなく谷の源頭に到達した。源頭は丸石だらけの急な斜面がつづき、超人ハルクじゃないんだから、こんなところ橇を引いて登れるわけがないという状態だったが、そこを越えないと楽園への道は開けなかった。私は雄叫びをあげ、犬もゼーハー呼吸を荒げて痩せた身体に鞭を打って頑張った。私たちは強引に橇を引っ張りあげるようにして登り、ようやくのことで反対側の谷へと続く峠に達した。