私は前日にひきつづき、例の楽園谷の奥へ向かおうと斜面のテラスをトラバースして南下をつづけた。

 月光が照らすところによれば、その先には他愛のない、いかにも歩きやすそうなベタッとした真っ白な雪面がつづいているように見える。私はその歩きやすそうな雪面を進むことにした。ところがいざ奥へ進むと、そこは、もう橇を引いて登り返すことは到底不可能な急斜面につながっていた。くそ、全然話がちがうじゃないかと思った。その斜面に一頭の麝香牛の足跡が月の光で影を作っていた。ここを下りるともう登れないが、だが別のルートを探すのも面倒くさい。私はそのまま麝香牛の足跡をたどって斜面を下った。斜面の途中の岩にひっかかり、橇は二度、三度と横転した。横転した橇を起こすたびに、私は肉体の内側の臓物や血管や関節の隙間に、もはや除去することなど能わないどろっとした疲労が油汚れのようにこびりついているのを感じた。いつのまにこんなに疲れてしまっていたのか。つい数日前、ダラス湾を目指してドーパミンが噴出していたときと身体の状況が一変してしまっていることに、私は驚いた。

気が付くと橇を押すのも困難な場所にいた。

 なんとか斜面を下りたが、その先も雪は深く、しかも柔軟剤で洗ったバスタオルみたいにふわふわ柔らかく、おまけに雪の下にはごろごろ転がった直径数十センチの丸い河原石が隠されていた。一歩歩くごとに私の重たい橇のランナーは石にひっかかり、スタックして動かなくなった。

 こんちくしょー! またかよっ! くそがっ! この野郎ーっ!

 そのたびに私は狂人のように喚きちらした。そしてスキーを脱ぎ、うごあがあああっという大声とともに全力で橇を動かしたが、その瞬間、雪の下の丸石に毛皮靴の底がつるっと滑って転倒。クソっと言って立ちあがったらまた転んだ。

 何だよっ! バカ野郎ー! ふざけんじゃねえよっ! くそったれがぁっ、くぅおらぁっ!

 私はまた、頭のネジがはじけ飛んだかのようにストックを振りまわして大声で狂乱した。私がストックをぶおんぶおんと振りまわして暴れるたびに、犬がビビッて後ずさりした。

 そんな狂人のような姿態を演じた挙句、私はようやく冷静になり気付くにいたった。

 これ以上、先に進むのはやばいんじゃないか。暗いから気づかなかったが、こんな丸石のごろごろした谷など、はっきり言って人間が橇を引いて歩く対象ではない。これ以上先に行けば肉体的に消耗しすぎて帰れなくなるかもしれない。