出典:『文藝春秋』2017年12月号

 人は落としどころのない想いを心にしまい込みながら生きているものです。

 瀬戸内海の粟島にある「漂流郵便局」(香川県三豊市詫間町)では、そんな「持って行き場のない、どうしようもない気持ち」、「返事はないとわかっていても、誰かに聞いてほしい、誰かに伝えたい想い」など、「宛先のないお便り」をお預かりしてきました。


漂流郵便局の局舎

 お便りの内容は、「過去/現在/未来」、「もの/こと/ひと」、どんなものでも受け付けています。

 漂流郵便局が開局したきっかけは、2013年に開かれた「瀬戸内国際芸術祭(瀬戸芸)」でした。

 瀬戸内海の島々をアートで元気にしようと立ち上げたプロジェクトで、そのうちの1つとして、東京藝術大学の大学院生だった現代芸術家の久保田沙耶さんが考案しました。

 私は、粟島郵便局で45年働き、17年間を局長として過ごしました。1998年に退職し、古い局舎を管理していたことで、旧局舎を利用した漂流郵便局の局長に指名されたのです。

 漂流郵便局の発想の原点は、宛先のない手紙をビンに入れて海に放つ「ボトルメール」ですが、粟島の土地柄も大いに関係しています。


瀬戸内海に浮かぶ粟島 環境省中国四国地方環境事務所ホームページより

 粟島は、瀬戸内海の中央に位置しており、東の紀伊水道からの海流と、西の豊後水道や関門海峡からの海流が交差する場所です。

 また、江戸時代の後半から明治にかけて北前船の交易で繁栄し、多くの人や物が交流して大いににぎわっていた島でもありました。

 そういった風土や歴史を知った久保田さんは、潮の流れに乗って「いろいろな人やモノやコトが、この場所に行き着いてきた」と感じ、空き家となっていた旧粟島郵便局の窓ガラスに映った自分の姿を見て、「私も粟島に漂流したんだ」と直感したそうです。それらが重なりあい、ふと「漂流郵便局」という名前が思い浮かんだと言っていました。

 実際に瀬戸芸が開催されると、島は3万2000人余りのお客さんで大変に賑わい、漂流郵便局にも約400通のお便りが届きました。

 1カ月間にわたる瀬戸芸は、好評のうちに終了し、漂流郵便局も役目を終えることになります。

 しかし、私の中で、「このまま終わりにするには忍びない。お便りを書いていただいた方にも申し訳ない」という思いが芽生えはじめました。そこで久保田さんに「個人的にでも継続しませんか。局舎は無償提供します。届いたお便りの受付や保管、見学者への対応も全て私がやりましょう。帰京する久保田さんは、インターネットなどで周知する係で、二人三脚で続けましょう」と提案したのです。久保田さんは快く引き受けてくれました。

 再び開局してからは、多いときで1日に200通を越えるお便りが寄せられ、現在までにのべ2万5000通ほどが届いています。

 全国から、天国のご両親に向けたメッセージや、可愛がっているペットへの想い、お酒を飲んで酔っ払った自分への反省など、多岐にわたる内容の手紙やはがきが寄せられています(原則は、はがきのみ受付)。