「例えばコカ・コーラ社の『い・ろ・は・す』という商品名が商標登録されていなかったとして、誰かが『い・ろ・は・す』の商標を申請したとします。その場合は『これは一般に知られているコカ・コーラ社の商品と同じ名前だから認めません』と当然なります。『ゆっくり茶番劇』の件が珍しかったのは、1つの企業や個人ではなく、多くのネットユーザーが広く使用するネットミーム、ネットスラングだったことです。誰の商標かがあいまいな状況で、いわば“早い者勝ち”で柚葉氏の申請は認められましたが、特許庁の担当者も『ゆっくり茶番劇』が他人の周知商標になっていると言えるかどうか、一般的な言葉まで言えるかという判断は相当迷ったでしょう」

 商標権の申請は著作権と違ってその言葉を作成した本人かどうかは問題にならず、単にその言葉を使用していた事実があれば登録の要件を満たす。となると、無数に存在するネットスラングやミームも商標登録されれば自由に使えなくなる可能性があるのだろうか。

「『草生えたw』『ワロタ』などのネットミームが商標登録されてしまう可能性は十分あります。特許庁の担当者がそのネットスラングの有名さを正確に調べるのは現実的ではないので、条件さえ満たしていれば申請を通すのは、現行制度上しかたがない。だからこそ、表現の豊かさを守るためには市場の自浄作用が大切なのです。

 著作権でたとえると分かりやすいのですが、『コナンという少年が金田一少年の事件簿と同じトリックの事件を解決する』という小説はまず著作権侵害になりません。著作権は、人物の名前やトリックのアイディアまでは保護していないからです。しかしそんな作品が出れば読者から必ず批判が起きるし、そもそもほとんど売れないでしょう。『ゆっくり茶番劇』の件でも、柚葉さんの名前を暴露したり自宅の爆破予告をするのは当然ダメですが、制度の穴をついた“ズル”を正当な批判によって淘汰することは大事なんです」

使用料は取り下げたが、商標権は「当社のものとして存続いたします」

 5月15日に「ゆっくり茶番劇」という文字列の商標登録を公表して批判を受けた柚葉氏は後に10万円の使用料という条件は撤回したが、商標権については「権利は当社のものとして存続いたします」と主張している。それに対して「#ゆっくり返せ」などのタグで柚葉氏への批判が投稿されるなど、事態は混乱を極めている。

 河野氏は、柚葉氏が商標権を維持することは難しいと予想しているが、正式に撤回されるまでは一定の警戒が必要だという。

「今回登録された『文字商標』ではその文字列に商標権が発生し、『ゆっくり茶番劇』という文字列を商品やサービスに使用する場合、柚葉氏に商標利用の許諾をとる必要が発生します。ただ、その範囲は極めて限定的。たとえば『ポケモン』は任天堂の商標ですが、『ポケモン実況するよ』というタイトルの動画は商標権の侵害にはなりません。動画内でその言葉を使うのもOKです。ただ1つ気を付けるとしたらハッシュタグでしょう。メルカリで、自作のバッグに『シャルマントサック』と人気ブランドのタグをつけた主婦が敗訴しており、ハッシュタグに無断で名前を使用すれば商標権侵害が適用される可能性があります」