「ウクライナ軍が軍事的に成功すればするほど、ロシア軍はより強い武器を用いることになり、戦闘はいっそう激化していきます。実際、その傾向がすでに見られます。」

 いまだ戦火のやまぬロシアのウクライナ侵攻に対して、仏の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は何を思うのか? トッド氏の新刊『 第三次世界大戦はもう始まっている 』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む)


エマニュエル・トッド氏 ©文藝春秋

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「戦争の責任はアメリカとNATOにある」

 今回の戦争に対する反応として、実はアメリカと西欧の間には大きな違いがあります。イギリス、フランス、ドイツなどの西欧諸国では、地政学的思考や戦略的思考がまったく姿を消してしまい、皆が感情に流されています。

 それに対して、アメリカでは議論が起きています。この戦争が、地政学的・戦略的視点からも論じられているのです。

 その代表格が、元米空軍軍人で、現在、シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーです。

 彼は、ハーバード大学教授の国際政治学者スティーヴン・ウォルトと『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(講談社)という共著もある戦略的現実主義の論客で、今回の戦争に関して、「まずは感情に流されず、リアル・ポリティクスの観点から、戦争の原因を考えなければならない」と問題提起をしています。

 ミアシャイマーが出した最初の結論は、「いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」ということです。

「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアは明確に警告を発してきたのにもかかわらず、アメリカとNATOがこれを無視したことが、今回の戦争の原因だとしているのです。

ウクライナはNATOの“事実上”の加盟国だった

 重要なのは、「この問題は、ウクライナが実際に加盟申請をしたかどうかという形式的な問題としては片付けられない」とミアシャイマーが指摘していることです。ロシアの攻撃が始まる以前から、「ウクライナはすでにNATOの“事実上”(de facto)の加盟国」だったと彼は述べています。

 もう一つミアシャイマーの指摘で重要なのは、「ウクライナのNATO加盟、つまりNATOがロシア国境まで拡大することは、ロシアにとっては、生存に関わる『死活問題』であり、そのことをロシアは我々に対して繰り返し強調してきた」ということです。

 非常に明快な指摘で、私も基本的に彼と同じ考えです。ヨーロッパを“戦場”にしたアメリカに怒りを覚えています。

 とはいえ、今の時点で、こう言い切るのは勇気のあることです。ただしアメリカには、彼の考えに賛同する人も数多くいるようです。というのも、ミアシャイマーがそう断言した20分ほどの動画は、アメリカを中心にわずか数日の間に1800万人もの人々が視聴した、と言われているからです。