2014年、高倉健が亡くなると週刊文春は「追悼大特集」を組む。そこには、芸能界や映画界の関係者らとともに、三代目山口組組長の娘・田岡由伎や、元PL学園野球部監督の中村順司が追悼文を寄せている。コメントを出しにくいであろう人物と、意外なつながりの人物、そうした人選の巧みさが目を引く特集であった。

平成のはじめに、昭和の亡霊がシャバに舞い戻った

 今週の週刊文春には先月死去した、ある革命家の追悼コラムが掲載。「塩見孝也元赤軍派議長『私だけが知る“過激派”の素顔』」である。書くのは本橋信宏、AV界の帝王・村西とおるの評伝などで知られるノンフィクション作家だ。


塩見孝也 ©時事通信社

 塩見は日本初のハイジャックとなる「よど号」事件の共謀共同正犯や破防法違反などで起訴され、およそ20年のムショ暮らしをする。出所するのは1989年12月のこと。平成のはじめに、昭和の亡霊がシャバに舞い戻ったのである。

 本橋はそんな塩見を連れて風俗店をまわる。雑誌に載せる体験レポートの取材である。

革命戦士の「ラブラブタイム」

「抱きキャバ」と呼ばれる風俗店では、「ラブラブタイム」と称するサービスタイムになると、若い女の子が客にしがみつき、キスをする。そんなプレイに怒ったり戸惑ったりするかとおもえば、塩見はそれを満喫していた。

「私はこのとき、この人物は信じられると思った」と本橋はふり返る。こうした風俗レポートを「恥を知れ」と批判する者もいたが、本橋はそこに違うものを見たのだ。

「あのね。真剣に生きている人間の姿は端から見るとおかしいもんだよ」とは、本橋の代表作『全裸監督』にある、村西とおるの言葉だ。借金に追われ、たとえ老醜をさらそうとも家族を守るためにカメラの前で脱ぎ続ける男の言葉である。


村西とおる ©文藝春秋

 晩年の塩見は市営駐車場で管理員のアルバイトを始める。これについて、週刊新潮11/30号で「政治的な同志関係しか経験したことがなかったので、職場の同僚ができたことも喜んでいました」と支援者がコメントしている。一方で革命家が生活のために、公権力にすがるのかと嘲笑する者もいた。しかしこれもまた、ラブラブタイムと同様に真剣に生きる人間の姿ではないか。

 本橋は塩見の生き直しの先導者であり、後半の人生の伴走者のひとりであったろう。そんな本橋だからこその追悼コラムである。