「世界一只見線に乗る男」と呼ばれる人がいる。

 福島県金山(かねやま)町に住む大越智貴(おおこし・ともき)さん(31)だ。只見川の観光名所「霧幻峡の渡し」で船頭を務める。

「自分でそう名乗ったことは一度もありません。だって恥ずかしいじゃないですか」とはにかむが、2023年10月21日までに1349回も乗車した。2015年に記録を取り始めてからの数字なので、その前も含めると、どれくらいになるのだろう。大越さんにも分からない。

 それほどまでに只見線に乗る理由は何なのか。

 秘密は只見線が走る「奥会津」にある――。


只見線に手を振る大越智貴さん。「警笛の鳴らし方は運転士によって違いがあり、だれが乗務しているか分かります」

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15歳で初めて只見線に乗る

 大越さんは同じ福島県でも人口が最も多い郡山市の出身だ。約32万人が住んでいると同時に、県下随一の交通の要衝になっている。鉄道は東北新幹線、東北本線、磐越西線、磐越東線、水郡線と多くの路線が交わる。

 大越さんは物心ついた時から鉄道好きだった。

 しかし、只見線は子供が小遣いで気軽に乗りに行ける路線ではなかった。福島県内のJR線では最も奥地を走っているからだ。

 郡山駅(郡山市)からアクセスするには、まず磐越西線で64.6km先の会津若松駅(福島県会津若松市)に行かなければならない。只見線はそこから小出駅(新潟県魚沼市)を結ぶ135.2kmの路線で、全線乗るには現在の運賃で2640円もかかる。郡山からだと3740円だ。

 どんなところを走っているのだろう。

 会津若松駅を出発した列車は、しばらく会津盆地の平野を進む。日本有数の米どころなので、見渡す限りの田んぼが続く。だが、21.6km先の会津坂下(ばんげ)駅(会津坂下町)を過ぎた辺りから、景色が一変する。

 鉄路は尾瀬沼に源流を発する只見川に沿って、険しい山峡を縫うように走る。通過する柳津(やないづ)町(人口2818人)、三島町(同1294人)、金山町(同1722人)、只見町(同3717人)は高齢化が進んだ過疎地区だ。「奥会津」と呼ばれる。

 大越さんが初めて只見線に乗ったのは15歳、中学3年の時だった。

東日本大震災の影響で転居することに

 ただ、奥会津には小学校の頃から何度も訪れていた。車で家族旅行に行っていたのである。父は釣り好き、母は温泉好き。大越さんは奥会津という地域が好きになった。

「時間がゆっくり流れていて、落ち着くというか、景色が自分の中に違和感なく入ってくるのです。いいところだなと思いました」

 だが、高校に進学してからも、それほど乗りには行けなかった。遠くてお金が掛かり、奥会津の手前の会津坂下駅ぐらいで帰らざるを得なかった。

 2011年に高校を卒業した大越さんは、郡山の地元で就職した。ようやく自由になるお金が稼げる。奥会津に遊びに行けるようになるかと思いきや、福島県はこの年、大災害に見舞われた。

 まず、3月11日に東日本大震災が起きた。郡山市の震度は6弱。大越さんの家は損傷が激しく、転居しなければならなくなった。