日本郵政総裁をめぐる人事

 私が総務大臣に就任した時点では、日本郵政公社と民営化準備会社として日本郵政株式会社が並立する状態でした。

 日本郵政公社は、民営化に移行する2007年10月まで実務と民営化準備を担当し、日本郵政株式会社は、民営化後の経営戦略などを担当することになっていました。

 民営化までのトップは日本郵政公社総裁の生田正治さんで、民営化後のトップは日本郵政株式会社社長の西川善文さんでした。

 官僚は、情報収集能力においては抜群の能力を発揮します。生田総裁と西川社長に関する情報も、逐一、私のもとに届けられていました。その中で、気がかりだったのが、

「生田総裁と西川社長の両方から違った内容の指示が出て、どっちの意見を聞くべきか、現場に混乱が生じています」

 との報告が急増したことでした。それでも私は、生田総裁の任期は3月いっぱいでしたから、その後は混乱も解消されるだろうとみていました。ところが、

「生田さんはやる気まんまんで、4月以降も続けて10月の民営化の直前まで総裁として指揮をとるつもりでいますよ」

「生田総裁は次の株式会社の人事まで決めて、それから退任するそうです」

 という報告が入ってきました。そういう情報を得るにつけ、私はかつての国鉄改革を思い起こしました。民営化に向けて努力していた幹部が、それぞれ分割民営化後の会社経営に携わったことでうまく軌道に乗り、国鉄民営化が成功したのです。

「郵政民営化を仕上げるには、2頭立てではダメだ。西川さんに一本化しなければ」

 と考え、人事は大臣の仕事だと決断します。

あずかった組織を活性化させ、一体感をもたせ、統率しなければならない

 生田さんは、小泉前総理が起用した経緯がありましたので、まず竹中前総務相に相談し、竹中さんを通じて小泉さんに私の思いを伝えてもらって了解をいただき、西川一本化路線がスタートしました。

 郵政民営化の成功が最大の目的です。そのためには、指揮系統に乱れがあってはなりません。4月に西川さんが総裁となり、10月の新会社移行後も社長となって経営の指揮をとる。それが成功へつながると考えました。

 もっとも、生田さんは公社総裁として幾多の功績を残され、貢献していただいた経緯から、尊重しなくてはなりません。私はずいぶん悩み、腐心した末、ひとつのシナリオをつくりました。

 3月末で任期が切れるにあたって、生田総裁のほうから今後についての相談があり、それを受けて、「ごくろうさまでした」とねぎらい、西川さんにバトンタッチする、というものです。

 生田さんにお会いして了解をいただき、閣議で西川社長の総裁兼務人事が決定したのでした。ところが、生田さんはご不満であったらしく、その後、新聞紙上でご見解を述べておられました。

 人事は本当に難しく、かなりの神経をつかいました。

 大臣はあずかった組織を活性化させ、一体感をもたせ、統率しなければなりません。人事もそのために活用するのであって、まちがっても恣意的に利用してはなりません。
 

(菅 義偉/文春新書)