「100年に1度の大勝負」

 状況としてはまだ羽生の3勝1敗だが、流れは変わった。勢いに乗った渡辺が第5局と第6局を制して、ついに3勝3敗。第7局ですべてが決まることになった。対局地は将棋駒の産地で知られる山形県天童市と舞台もぴったり。「事実は小説より奇なり」というが、あまりにも出来すぎの最終決戦だった。この第7局は「100年に1度の大勝負」ともいわれた。

 将棋界では「大勝負に名局なし」とされるが、この将棋は形勢が二転三転する熱戦となった。羽生が終盤で訪れたチャンスを逃し、渡辺が制して初の永世竜王の資格を得た。

 羽生はタイトル戦で2連勝スタートから負けたことはほとんどない。それが3連勝からまさかの失速。こういう結末を迎えるとは思いもよらなかった。プレッシャーもあったろうが、大ピンチを切り抜けた渡辺の底力がすさまじかった。

 最終局は、東京・千駄ヶ谷の将棋会館でも大盤解説会が開かれた。立ち見が出るほどの大入りで、現地ではなくとも、歴史的な一戦に緊張した空気が覆っていた。渡辺の勝ちが伝えられると、会場からどよめきと拍手が沸き起こった。解説を担当した佐藤康光棋王が「普段、人の将棋で寝付けないというのはないが、今日は興奮して眠れないかもしれない」と話していたのが印象的だった。

3度目の正直で永世竜王に

 名勝負の決着は、渡辺の3連敗後の4連勝という劇的な逆転防衛で幕を閉じた。ただし、漫画の最終回と違って、歴史は続いていく。2010年には羽生が渡辺に再挑戦。だが、これも4勝2敗で渡辺が制した。

 その後、しばらく羽生は竜王戦で挑戦者になれず、若い世代が台頭してきた。「永世竜王は難しいか」という空気も出てきたが、羽生は諦めない。2017年、再び竜王戦七番勝負の場に進んできた。3度目の正直で、今度は羽生が4勝1敗で渡辺を破り、ついに永世竜王の獲得、そして永世七冠を達成する。渡辺に第21期竜王戦で敗れてから9年。そして、1989年に初めて竜王を獲得してから実に28年の月日が流れていた。永世七冠を達成したことにより、国民栄誉賞を受賞した。

 ある意味、30年以上第一線で活躍し続ける羽生善治という棋士の棋士人生自体が「神回」ではないかと思える。永世七冠を達成した翌年に持っていたすべてのタイトルを失い無冠となったが、またタイトル戦などの大きな舞台で多くの人を魅了する対局を期待したい。

(タイトルなどの肩書きは、いずれも対局当時のもの)

(君島 俊介)