今年のプロ野球界は、新型コロナウイルスの影響により未曽有の事態に追い込まれた。開幕が6月中旬になるなどということを、年初に想像した人はいなかったはずだ。

 関係者も大変だったろうが、ファンも喪失感に耐えねばならなかった。あるべきはずの公式戦が無い。皆さんもつらい日々を送ったはずだ。

 ただそんな中、「プロ野球が無い日々に対して、最も強い精神的耐性を持っていたのはオリックスファン説」というものをまずは唱えてみたい。


7月1日の西武戦で連敗脱出したオリックス

そうそう経験できない、6月中旬に借金ゼロという奇跡

 相対的な問題とはいえ、なぜオリックスファンは他球団のファンに比べて開幕遅延を耐えられたはずと私が考えるのか。先に結論を言うとそれは、

「オリックスファンは平時もさほどいい思いをしていないから」

 ……これだけだと身もフタもないのでもう少し説明すると、ファンの期待に対して結果や現実が追いつかないのがオリックスなわけである。なにしろ23年間優勝していない(そしてそれは24年になりつつある)。

 仮に6球団の戦力が均等で優勝の可能性も均等だったとした場合、23年連続でリーグ優勝を逃す確率は6分の5の23乗で約1.5%。さすがに1.5%を「運が悪かっただけ」で片づけるのは厳しいので、オリックスファンは自分の精神的平穏と応援モチベーションを維持するために、なんらかの戦術を編み出さねばならない。

 そこで一部のオリックスファン……少なくとも私自身は、期待の水準を下げることで現実との乖離を小さくするという、「心の野球護身術」を身につけている。

 その内容は後に詳しく記すとして、期待の水準を下げるとどうなるか。

 普通の感覚だと、開幕が遅れた、試合数が減ったと考えて心が塞ぐばかり。しかし、オリックスファンは例年の成績から「順調に試合を消化できていた場合の6月」をイメージすれば、「6月18日時点で借金ゼロ、首位とゲーム差無しという状況は悪いものではない」、「優勝できるかもという妄想期間が2か月半伸びたというのは、もはやボロ儲け」、「試合数が少ないほうが勢いでアップセットも」と思考を展開できる。結果として、他球団のファンより精神的に安定できていたのではと想像する次第だ。

「心の野球護身術」で、選手に対しても優しくなれる

 期待の水準・基準点を下げることで現実との乖離を小さくし、精神的な平穏を得る。この「心の野球護身術」について実践例をご紹介しよう。

 たとえばT-岡田が打席に立っていて2ストライクとなったとする。

「かっ飛ばせ〜、お・か・だ!」

 これでは命令形であるうえ、打つことを前提としている。打たなかったときにはダメージを受ける。

 心の野球護身術では、たとえそれがフルカウントであろうと「これは外角低めの変化球に泳いで三振するだろう」と覚悟を決める。本当にそこへ変化球を投げられてしまうとまあまあの確率でその通りにはなるのだが、幸運にもそこから四球や安打という結果になった場合、三振という基準点との差額が大きくなるぶんだけ「儲かった感」が出るのだ。仮に三振しても、一度そこに基準を作っているのでダメージは小さい。

 1死1、2塁で安達か若月あたりという場面ではどうか。心の野球護身術を身に着けたオリックスファンは併殺打を覚悟してトイレに行く。トイレから戻ってきたときに画面のテロップが「2死1、2塁」となっていたら「三振で済んだんだ、ラッキー」と思う。いま調べたら安達も若月もそこまで併殺打が多いわけではなかったが、そのような発想をすることで、最悪の事態にも自分のメンタルが傷まないように自己防衛を行うのである。そして最悪よりは良い結果だったとき、それに満足する。

 このシステムの良いところは、選手に対して怒りの感情が湧きにくいところだ。設定に対してトントンか上になる(たまにとんでもないネガティブサプライズもあるが)ので、選手に対しておおらかで優しい気持ちになれる。実際のところ、オリックスファンは個別の凡打やエラー、失投などに対しては意外と優しい。私が自分だけでなく、一定数のオリックスファンが心の野球護身術を身に着けていると推測している理由はそこにある。23年間のうちに浸透したのだろう。