初めまして、「ななまがり」というお笑いコンビのツッコミを担当している、香川県出身の初瀬悠太と申します。

 僕は芸人のはしくれをやっていますが、すごい発想力がある訳でもなければ、例えツッコミをバシバシ決めるタイプでもなく、大声を出して、とにかく自分に出来る精一杯の力を出しきって魂で笑いを取りにいくスタイルでやってきました。

 なんと、そんな僕にこのコラムのお仕事のオファーが来ました!

 僕の芸風が誰に影響されたのかを考えてみると、ダウンタウンさん・ナインティナインさん等はもちろんのこと、芸人以外の人物がひとり大きく思い浮かびました。

「黒木知宏」

 弱小だった頃の千葉ロッテマリーンズを支え、ものすごい豪速球を投げるわけでもなければ、とんでもない変化球を投げるわけでもなく、闘志を全面に押し出して相手バッターに立ち向かっていくピッチングスタイルで、“魂のエース”と呼ばれていた大好きなピッチャー。“ジョニー黒木”という愛称でご存じの人も多いと思います。


黒木知宏 ©文藝春秋

ロッテに心を奪われたきっかけは“七夕の悲劇”だった

 そもそも、なぜ僕が千葉ロッテマリーンズという球団に心を奪われたかと言いますと、小学6年生の時の七夕がきっかけでした。そう、千葉ロッテマリーンズが日本ワースト記録を更新する17連敗を喫した“七夕の悲劇”です。

 僕はそれまでは巨人ファンでした。なぜなら香川県ではテレビのプロ野球中継はジャイアンツ戦しかやっていないし、当時のジャイアンツといえば斎藤雅樹、若手の松井秀喜、ガルベス、シェーン・マック(外国人助っ人大好きでした)等、スター選手揃いで応援していて楽しかったからです。

 小さい頃に親父としたキャッチボールでは斎藤雅樹のマネをしてサイドスローで投げていたくらいです。

 そんなある日、珍しくパ・リーグの試合がテレビ中継されていると知り興味本位で見てみると、それが日本ワースト記録の17連敗がかかったロッテVSオリックスの試合でした。ワースト記録がかかった試合ということで全国放送されていたのです。

 9回裏ツーアウトツーストライク。ロッテ勝利まであと1球。黒木がプリアムに投げ込んだ渾身のストレートがレフトスタンドに運ばれた瞬間、ロッテのことを好きでもなかった小学6年生の僕は本当に目の前が真っ白になり、視覚が戻った時には黒木がマウンドで呆然とした表情でしゃがみこんでいました。その時に強く思ったのです。

「……このチームは俺が応援するしかない!」

 あまりにも可哀想な大人を見て、小学生の僕は偉そうにもこう思ったのです。そこから千葉ロッテマリーンズ、そして黒木知宏のファンになったのでした。

 それから僕は毎日スポーツニュースを見ては、ロッテ戦をチェック(優勝争いしていないのでカットされてること多々)、香川県はラジオ大阪の電波がギリギリ入ることを知りロッテVS近鉄が大阪ドームである時はMDコンポのラジオアンテナを持って窓の外まで手を伸ばして電波を拾って聞いたり、たまにBSでロッテ戦の中継がある日はお祭りでした。中学3年生の時のゴールデンウィークに黒木が登板する日のチケットを自分で取って、香川県からたった一人で電車で千葉マリンスタジアムに観に行ったこともあります。