『パチンコ』上(ミン・ジン・リー 著/池田 真紀子 訳)文藝春秋

 新型コロナウイルスが猛威をふるい始めたころ、休業要請に応じないパチンコ店が槍玉に上がり、最悪の感染源が放置されているかのように非難された。

 しかし今では、マスクをし、喋らない場である以上、パチンコ店内の感染リスクは高くないことが実証されている。

 なぜパチンコ店は、理不尽な総スカンを食らわなければならなかったのか。この大河小説を読めば、その理由がよくわかるだろう。パチンコ業で成功をつかむ、在日コリアン一族四世代の年代記から見えてくるのは、百年にわたる日本の朝鮮人差別の歴史だから。

 とにかく波乱万丈、苦難と不幸を全部盛りにした物語が、熱を帯びてドライブのかかった語りで、ぐいぐいと進んでいく。アメリカでドラマ化されるそうだが、私はすでにそのドラマを見たように錯覚するほど、この小説は読む者を強烈にその世界に引きずり込む。

 特定の主人公はいない。しいて言えば、日本の植民地になったばかりの釜山で誕生した女性キム・ソンジャということになるが、ソンジャに関わるほぼすべての人たちの内面が、それぞれの立場から丁寧に描かれる。どんな善人もどんな悪人も、どんな出自の人も、小説内では優劣をつけられたり断罪されたりしない。ここが、この小説の提示する最も重要な価値だ。

 というのも、登場する在日コリアンたちが苦しむのは、常に日本社会から「人として価値の低い、不潔で危険で屈辱的な仕事しかできない民族」と決めつけられるからだ。

 ソンジャの長男は真面目な努力家で、「好ましい在日コリアン」であろうと勉学に励んだものの、出自の件で心を砕かれ、弟と同じパチンコ業界に身を投じる。「やくざの血が流れてると、どうしたってそれに支配される」という虚無から、悲劇に突き進んでいく。

 出自や血で人格を判断する、そんな目線を拒み、自らは決めつける態度は取らない、というのが、小説の姿勢なのである。

 一家の四代目の青年は、友人の日本人を思いながら、「たとえ百人の悪い日本人がいても、よい日本人が一人でもいるのなら、十把一絡げの結論は出したくない」と考えるに至る。

 押し寄せる苦難の数々は、在日コリアンの多くが味わわされてきた苦しみの、最大公約数かもしれない。幼くしてアメリカに移住した在米コリアンの著者は、膨大な取材を重ねて、同胞の心を知ろうと努めたという。在日コリアンの歴史がねじ曲げられ、ヘイトスピーチが横行する今の日本社会を生きる私たちのために、この作品は差し出された(できれば、朝鮮籍の説明などの曖昧な記述には、正確な註がほしい気もした)。

 本書に感じるところのあった読者は、ぜひとも在日コリアンの書く多様な文学も読んでほしい。矛盾するリアルな声が、そこに響いているから。

Min Jin Lee/韓国ソウル生まれ。1976年に家族と共にニューヨークに移住。イエール大、ジョージタウン大ロースクールを経て弁護士に。2007年『Free Food for Millionaires』がイギリスのタイムズ紙で同年のベスト10に選ばれた。本書は第二作。

ほしのともゆき/1965年、米ロサンゼルス生まれ。作家。著書に『俺俺』『夜は終わらない』『呪文』『焔』など。

(星野 智幸/週刊文春 2020年9月3日号)