本作は、あまり政治的なメッセージを表現しないマネが、珍しく共産主義への共鳴を示したものです。普仏戦争後、臨時政府と労働者による自治政府パリ・コミューンとの間に内戦が起き、最終的には「血の一週間」と呼ばれる政府軍による激しい弾圧で終結。そのときの様子を描いた2枚の版画のうちの1枚で、バリケードを築く民兵を、政府軍が容赦なく射殺する場面です。


真ん中のガス灯を中心に、背景の薄い部分と手前の濃い部分が点対称になっている。
エドゥアール・マネ「バリケード」 1871年頃 リトグラフ・チャイナ紙 国立西洋美術館蔵

 本作はリトグラフという技法で制作されています。石灰岩の表面に油性の画材で直接描いて版にするので、画家の即興性を反映できるのが特徴。背景はクレヨンを横にして薄くさらっと、手前の方は細く濃い即興性がある線描で描き分けることで、主要場面を目立たせています。

 構図は、背景の建物や兵士たちの姿勢など、全体に垂直性を強調。つまり、直立した印象で動きをあまり感じさせない構成で、軽快な筆致だけが動きを示しています。

 ところでこのシーン、ゴヤの「マドリード、1808年5月3日」という、ナポレオン軍による市民の銃殺を描いた劇的な作品を彷彿とさせます。実際、マネはこの構図を自作「皇帝マクシミリアンの処刑」(ナポレオン三世の傀儡皇帝の処刑シーンを描いたもの)に転用。ただし、「マクシミリアン」はマネらしく垂直性を強調し、平面的な塗りによって、ゴヤと比べるとドライな印象になっています。「バリケード」はゴヤから直接というより、兵士の直立具合からして、自作の「マクシミリアン」からの引用でしょう。

 さらに「バリケード」は、同時期の新聞に掲載された、同主題の版画からも引用しているとの指摘があります。奥行を演出するために手前に配置された樽、画面中央に垂直に立つガス灯などがそう。このように、マネは既存のイメージを、古典・同時代作品・自作も含め、高尚なものも卑近なものも、自由にアレンジし、組み合わせて描くことで知られます。本作では、傀儡皇帝の処刑と、政府軍による民兵射殺を同じイメージで表すところが意味深長です。新聞の挿絵は、単なる構図上の必要から取り入れたのでしょうか。それとも、古典作品も卑近なイメージも同列に扱うことで、何かを言いたかったのでしょうか。

 マネは明らかにコミューン側に共感を抱いていますが、本作はさっぱりと冷徹な表現にも見えます。検閲があったので、発表を意識して抑制した表現にしたのかもしれませんが、その無機質さが、かえって政府軍の残酷さを表しているとも読み取れます。

 この処刑シーンのモチーフは、ピカソが朝鮮戦争を描いた「韓国の虐殺」にも登場。このイメージは、権力による暴力の象徴へと発展したといえるでしょう。

INFORMATION

「日本の中のマネ ―出会い、120年のイメージ―」
練馬区立美術館にて11月3日まで
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202204141649901997

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。

(秋田 麻早子/週刊文春 2022年10月6日号)