女性のモビリティを上げたくない。なぜなら……。

 清水 アムステルダム大会の陸上競技においても、女性が参加できる種目は限られていたそうですが、その理由とは?

 井谷 「女性の身体は激しい運動に耐えられない、特に女性の生殖にかかわる臓器の機能を損なう」というのが当時の「医学的」見解でもあったのですが、激しく競い合うことは女性的でない、という欧米エリートたちのジェンダー感によるところも大きかったでしょう。

 800メートル走も女性の身体には負担が大きすぎると考えられていました。アムステルダム大会で800メートルを走った女性たちが次々とゴールで倒れ込んだことから、1960年大会まで800メートルは女子種目から外されました。マラソンに至っては、オリンピックで初めて女性が走ったのは84年です。女性の間で自転車が流行した際も、女性が自転車に乗ることの副作用がまことしやかに唱えられるなど、女性がより速く、強く、“動き出す”ことへ警戒心を抱いていたことがうかがえます。

 また、一部の競技にしか女性の参加を認めなかった背景には、オリンピックが欧米白人男性の身体的優位を示すための場であった、ということもあります。バスケットボールなど、非白人女性の間で人気の高かったスポーツは、オリンピックスポーツとしての採用に時間がかかっています。その意味では、1928年の段階で黒人女性も多く取り組んでいた女子陸上をIOCに認めさせたミリアの功績は大きいですね。

 男性の、そして民族としての身体的優位が国家としての強さと結びつけられて喧伝された大会といえば、1936年ベルリン大会が有名です。当初ヒトラー(1933年にドイツ首相に就任)は、ドイツ人がなぜ有色人種と競わねばならないのかとオリンピックの開催を渋っていたのですが、「アーリア民族の人種的優位を示すのにふさわしい国同士の対抗戦」だと考えを改め、「男の中の男を見せつけよう」と開催に踏み切ったと言われています。

 アマチュアリズムに熱烈にこだわったIOCの五代目会長アヴェリー・ブランデージは性差別主義者、人種差別主義者として知られ、36年の「ナチス五輪」の成功を下支えした人物です。IOCの七代目会長で、オリンピックの商業化に大きく舵を切ったフアン・アントニオ・サマランチもまた、スペインの独裁者フランコを支持し、スペインのファシスト党員でもありました。

 清水 近代オリンピックはその起源から階級主義、セクシズム、そして人種主義を抱え込んでいた、ということですね。特に、「男の中の男」の例でよくわかるのは、そもそもその3つが分かちがたいこと、つまり「男の中の男」は特定の階級、特定の人種・民族の男性として想定されており、階級が違っても、人種・民族が違っても、もちろん性別が違っても、「男の中の男」の下に置かれる存在とみなされる、ということです。

 例えばオリンピックのモットーには「より速く、より高く、より強く」とありますが、人間の身体の動きや機能のどの部分に注目するかというときに「速く、高く、強く」が想定されること自体、特定の男性身体に期待される動きに特化した基準のようにも思います。

 井谷 オリンピックは種目の選定からしてジェンダー化(ジェンダーの区別がなかったものに対して、社会的バイアスがかかる現象)されていると私は考えています。「より速く、より高く、より強く」というモットーは、男らしさと結び付けられるパワーや筋力を強調したものになっています。

 また、人類が身体的にどれほど進化していけるかを世界の進化と重ね合わせる、という近代の夢と価値観が表れてもいるのですが、「未来」や「自然の克服」は、しばしば男性身体と結び付けられ、「伝統」や「自然」は女性身体に結びつけられます。また前者は白人に、後者は非白人にも結びつけられてきました。

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 本書は「VOGUEオンライン」で連載している「 VOGUEと学ぶフェミニズム 」の書籍化です。

 この対談の続きは本日発売の清水晶子さんの著書『フェミニズムってなんですか?』(文春新書)に掲載されています。

(清水 晶子/文春新書)