ビヨンセが「伝説」のシンガーであることは、揺るぎない事実である。

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音楽家としてだけでなく、俳優、ディレクター、プロデューサー、そして実業家としても成功しているビヨンセ。象徴的なアルバムから数々の受賞まで、さまざまな偉業を成し遂げてきた。

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2020年には、タイム誌「今年の女性」過去100年分の一人として選出された。


最も影響力がある女性100人に選ばれるには、並々ならぬ努力が必要だった。そんな中、ビヨンセは夢を掴むために多くのことを犠牲にしてきた。雑誌「ハーパーズ バザー」では、こう語っている。

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2000年頃、ビヨンセは、ケリー・ローランド、ミシェル・ウィリアムズと「デスティニーズ・チャイルド」として活動していた。この頃はまだ10代だった。


「20歳になるまでは、とにかく仕事に熱中していた」

Campbell Addy for Harper's Bazaar, Styling by Samira Nasr and Marni Senofonte / Via harpersbazaar.com


「将来の夢や仕事の目的が、まだ分からなかった。だからとにかく仕事をするしかないって思ってね」

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「学生生活も、自分が成長することにも、全力で取り組んだ。当時、私の活力はすべて、デスティニーズ・チャイルドでデビューして、音楽家として成功することに注いでいた。だから、無駄なことに時間を割くのはやめたの」


また、黒人女性が音楽業界で成功を収めるには、多大なプレッシャーがあったという。

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「遊んだり外出したりする時間なんてなかった。多くを犠牲にして、気を紛らわすようなものは避けてきた」


「失敗は許されないと思っていた。私が成功するのか、失敗するのかを常に監視されているようで、ものすごくプレッシャーを感じた」


「でも、私は自らの犠牲を無駄にはしたくなかった。芸能界で活躍する黒人に対する『薬物や酒におぼれる』『女性は怒っているような顔つきをしている』というような固定概念を取っ払いたかった」


「私には、それを実行する貴重なチャンスが与えられたと思い、この勝負に賭けた。しくじるくらいなら、多くのものを失ったとしても成し遂げる方がマシだったから」


注目の的になるのには、試練がつきもの。しかしビヨンセは、批判に負けなかった。

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芸能界でデビューして間もないころに受けた差別については、こう語っている。


「まだ19歳だったのに、体重が少し増えただけでバッシングが起きた。当時、私の体型に合う服などなかった」


さらに彼女はこう続けた。

Campbell Addy for Harper's Bazaar, Styling by Samira Nasr and Marni Senofonte / Via harpersbazaar.com

「これらの批判を、多少なりとも気にしてしまっていた。でもある日、もう自分を憐むのはやめようと決めた。デスティニーズ・チャイルドのサード・アルバムで『ブーティリシャス』を作詞・作曲したのも、そういうこと」


「この経験がきっかけで、自分の人生は自分で決めようって思ったの。他の女性や、容姿で悩んでいる男性にも伝えたかった」


最後には、SNSに対する私見も述べた。

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@beyonce / Via Instagram: @beyonce


「今はどんなことにも気軽にアクセスできる時代。ポジティブな意見もあれば、アンチもいる。たいして知識もないのに威張ってるやつもいる」


「真実はいつも、アルゴリズムで情報操作されてしまう。私たちが検索したもの全てが正しいかのように思えてしまう。でも、それでは危険」


「情報が偏っていると、私たちは見た情報だけを簡単に信じ込んでしまう。でも、スマホ以外にも情報を得る方法があると忘れないでほしい。こうして伝えたいことを伝えられる環境に恵まれたことは、ありがたいと思っている」


「ハーパーズ バザー」でのインタビュー全文(英語)はこちら。


この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:髙島海人