車両の前で敬礼する銚子電鉄の袖山里穂さん

最近は写真集まで発売され、人気者となったローカル鉄道の32歳の女性は、“タレント志望”ではなく、“撮り鉄”“乗り鉄”だったわけでもなく、ひょんなことがきっかけで ——。

“頑張ってね”という励ましの声が

「昨年の1回目の緊急事態宣言のときは、お客さんが2、3人というのも当たり前でしたので、それに比べればマシになりましたが…」

そう話してくれたのは、千葉県の銚子電気鉄道で車掌と運転士を務める袖山里穂さん。

千葉の東端で全長6.4キロ、10駅をゆったりと走る2両列車は長年、赤字続きだったが新型コロナウイルスにより、さらに危機的状況に。

「まずい棒」や缶入りの「線路の石」など変わり種のグッズ販売や、YouTubeチャンネルの開設、映画製作など本業以外の企業努力もむなしく…。

先の株主総会では「廃線に」という厳しい声も出た。

「まずい棒」や「鯖威張(さばいば)るカレー」などユニークな商品が人気の銚子鉄道「まずい棒」や「鯖威張(さばいば)るカレー」などユニークな商品が人気の銚子電鉄

「それでも、“頑張ってね”という励ましの声をくれるお客さんのためにも、私が大好きな銚子電鉄を潰さないように、あらゆる努力をしているつもりです」

そんな袖山さんは、竹本勝紀社長とともに銚鉄のマスコット的な存在となり人気が爆発。

この5月には写真家の山岸伸さんによるフォトブックも発売された。

銚鉄の存在は知っていたけど…

サインを求める“ファン”も駆けつけるほどだが、こうなるとはまったく想像していなかったそう。

「元々、鉄道が好きだったわけでもなく興味もありませんでした。

銚子出身なので銚鉄の存在は知っていましたが、小学生の遠足のときや、銚子市の観光アテンダントをしていたときに乗ったことがあるくらいで…」

アテンダントを辞め、飲食店でアルバイトしているときに、たまたま銚鉄のメインバンクの人に声をかけられ、銚鉄初の女性車掌として入社することになったという。

仲ノ町駅にある銚鉄本社。なかなか年季が入っている仲ノ町駅にある銚鉄本社。なかなか年季が入っている

銚鉄本社に入ったときに衝撃が…

「銚鉄の仲ノ町駅にある本社に入った途端に衝撃を受けたんす。

ボロボロの小屋にある雑然としたオフィスで、昭和の倒産寸前の会社みたいな雰囲気に一気にハマってしまいました」

そう笑う袖山さんだが、慣れない業務に最初は四苦八苦したそう。

「車掌の仕事は、車内での切符の販売や、ドアの開け閉め、ホームの監視などがありますが、切符の手売りには苦労しました。

銚鉄はICカードが導入されておらず無人駅も多いので、切符は車内で車掌が売り、検札もします。

だから混んでいるときは大変で、乗ってきたお客さんの服装などを覚えて声をかけます。

最初のころは、同じお客さんに検札したこともあり、逆に見逃がしてしまったこともあると思うので、“こんなの無理じゃない?”という感じでした。

揺れる車内でバランスをとりながら移動することも、脚に負担がかかるので体力的にもきつかったですね」

車内で検札をする銚子電鉄の袖山里穂さん

親身になってくれるお客さんも

そんな“苦行”がやりがいになったのは、お客さんとのコミュニケーションが楽しいから。

「最近ではメディアに出ることが増えたので、“見ましたよ”“頑張ってね”と声をかけられ、遠くからわざわざ足を運んでくれるお客さんもいるので、励みになります。

私は昨年の夏に運転士の資格を取得したのですが、そのときもいつも“大丈夫だよ”と親身になってくれるお客さんがいました。

合格を伝えると、自分のことのように喜んでくれたのはうれしかったですね。

ただ、運転士は乗客との触れ合いができないので、車掌業務をよりやりたい気持ちはあります」

1か月に数度、運転士をすることもある銚子電鉄の袖山里穂さん

まずはやってみる気持ちが大事

入社から7年。朝7時から夕方5時まで。1日に約10往復の業務をこなして、週休1日が基本の袖山さん。

年休もほとんど取ったことがなく、給料も高くないが、今の仕事を続けるのは、ただ楽しいから。

そこまで打ち込めるキャリアを見つけるコツはあるのだろうか?

「給料など条件は深く考えずに、まずは動いてみる。向いてなければ、辞めればいいという考えでいいと思います。

私自身も大学は中退で、観光アテンダントも飲食業も銚鉄も興味はないけど人に勧められて、何となく始めた仕事でした。

何がきっかけになるかわからないので、まずはやってみるという気持ちが大事だと思います。

そういう意味では、恐いもの見たさや、知らない世界に飛び込んでいきたい性格が私にはあるのかもしれません」

銚子電鉄の袖山里穂さん

資格マニアの上司に感化されて

最近は、新たなジャンルにも挑戦したという袖山さん。

「危険物取扱者の資格も取得しました。これも社内で資格マニアの上司に感化されて、挑戦しようと思ったからです。

鉄道業務とは何の関係もありませんが、銚鉄に入ったことがきっかけですよね」

そんな縁やきっかけをもとに、自身のグッズが販売されるほどの人気者になった袖山さんの今後の目標は?

「とにかく健康第一で、定年まで銚鉄を勤めあげたいと思っています。

ただ、私が健康でも会社が潰れてしまっては、元も子もないので、赤字解消に向けてあらゆる努力をしなければいけないと思っています。

結婚には興味ありません。銚鉄に身を捧げるつもりですよ」

PROFILE 袖山里穂さん

そでやま・りほ。1988年、千葉県銚子市生まれ。地元の大学を中退後、銚子市観光アテンダントなどを経て、2014年に銚子電気鉄道初の女性車掌として入社。’20年7月、運転士試験に合格。