大会前に渡された背番号は9。「エースになれなくて悔しかった」。それでも市岐阜商の吉田祥一朗投手(三年)は、常に投手としての自分をイメージしてきた。そして、高校最後の登板で、公式戦初完投を果たした。
 小学四年生から投手だった。昨夏に左肘を痛め、野手として出場する機会が増えても、「最後の夏は俺が投げる」と投手にこだわった。五月ごろに完治すると、練習試合で少しずつ投球機会を増やしていった。
 準々決勝を終えた時点で、チーム最多の投球回数。内容を評価され、この日も先発を託された。「相手にリズムをつくらせないように」と低めを意識し、先頭打者を出したのは一度だけ。強力打線をスクイズによる1点に抑えた。八回は2死一塁で走者をけん制で刺し「全てのピンチを想定した」というイメージトレーニングの成果も発揮した。
 「俺の分まで投げてくれ」。九回のマウンドに向かう際、背番号1の加藤匠投手(三年)に声をかけられた。期待に応えるように腕を振り、最後まで追加点を許さなかった左腕を、秋田和哉監督は「最高のピッチングを見せてくれた」と褒めちぎった。
 あこがれた背番号ではなかったが、追い求めた姿で夏を終えた。「自分の最高の投球ができたので悔いはないです」。ひとしきり涙を流した吉田投手の表情はすがすがしかった。

 (下條大樹)