三度目のミラクルはならなかった。二〇一一年夏、今春のセンバツに続く甲子園出場を目指した至学館ナインは試合後、更衣室の外まで聞こえるほどうめき声を出して泣いた。
 九回の攻撃。粘って四球で出た四番鎌倉裕人選手(三年)は、続く井口敦太選手(同)に「頼むぞ」と声を掛けた。うなずいて打席に入った井口選手の鋭く転がった打球は、不運にも三塁手の正面。一塁に頭から滑り込んだが、併殺となった。
 2死走者なし。顔をゆがめて戻った井口選手を、ベンチは「一番良いスイングしたんじゃないか」と冗談を交えて励ました。「今までも何とかなってきた」(木村公紀主将)と逆転を信じた。
 昨秋の県大会と東海大会で「私学四強」すべてにサヨナラ勝ちを収めて、甲子園への切符をつかんだ。個々に能力の高い選手はいないと言われながら、それ以上にチームの統率力と終盤の粘り強さが武器になっていた。
 センバツの初戦で敗れた日の夜、「奇跡で出場したと言われないよう結果を残そう」と全員で誓い、夏の甲子園に照準を合わせた。春の東海大会を初制覇し、勢いを増したかに見えた。
 だが、この日は最後まで打線に火が付くことはなかった。鎌倉選手は「『打倒、至学館』を目標に向かってくる相手の挑戦を受ける重圧を、頭では感じていなくても体が感じていた」と振り返った。
 上り調子に駆けてきたこの一年。「勝負ごとはいつか負ける。でも新しい至学館の歴史をつくってくれた。チームを誇りに思う」。ナインを前に声を絞り出した麻王義之監督の目も、涙で濡れていた。
 (安福晋一郎)