1日から戦争展も
 富山大空襲からの復興を記念して建立された富山城址(じょうし)公園内の「天女の像」を人通りの多い場所へ移転しようと、市民団体「富山大空襲を考える会」が八月から署名活動を始める。八月一日から開く展覧会で来場者に協力を呼び掛ける。(酒井翔平)
 富山大空襲は一九四五年八月二日未明、米軍のB29爆撃機が飛来し、富山市中心部を爆撃。市街地は焼け野原になり、二千七百人を超える死者が出て約八千人が重軽傷を負った。
 天女の像は高さ約二メートル。七四年八月に、犠牲者を追悼し復興に尽力した市民をたたえようと市が設置した。神秘的な表情を浮かべる天女の脇に合掌した子どもが立つデザインで、当時は公園中心部の広場にあった。しかし、公園の再整備に伴い二〇〇八年に約五十メートル離れた公園北西の端に移り、人目に付きにくくなった。
 終戦から七十年以上がたち、空襲体験者が少なくなる中、富山市古鍛冶町の満徳寺の僧侶、松原弘欣(こうきん)さん(79)は「像を通して戦争の悲惨さを子や孫に語り継ぎたい」と考えた。空襲被害にあった寺院を中心に賛同を呼び掛け、今年五月に考える会を設立した。像を現在地から、人通りが多いANAクラウンプラザホテル富山向かいの広場への移転を目指す。署名がある程度集まった段階で、公園を管理する市公園緑地課に提出する。
 松原さんは七歳の時、富山大空襲を体験した。「焼夷(しょうい)弾が直撃して倒れた親子や鎖につながれたまま焼け死んだ犬もいた。黒焦げの死体だらけだった」と今も鮮明に残る記憶を語る。「多くの犠牲と苦難を乗り越えた歴史を多くの市民に知ってもらいたい」と話す。
 同会は富山市総曲輪の西別院富山本願寺で八月一日から六日まで、展覧会「日本の戦争展」を開く。富山大空襲で焼け野原になった市街地の写真や実際に使用された旧日本軍の軍服など約三百点を展示する。入場無料。