太平洋戦争で現在の伊勢市が大きな被害を受けた宇治山田空襲のうち、最も大規模な爆撃のあった一九四五(昭和二十)年七月二十九日から七十二年がたった。空襲で父を亡くした男性は「生涯かけて戦争の体験を語りたい」と意を強くする。市民団体「伊勢市空襲を記録する会」は、空襲の様子を知ることができる新たな資料を八月の空襲展に用意する。
 宇治山田空襲から六日後の一九四五年八月五日に、米軍が空撮したとみられるモノクロ写真を、国立国会図書館(東京)がホームページで公開している。市民団体「伊勢市空襲を記録する会」は八月に開く「空襲展」で、この写真を含む米軍資料を初めて展示しようと準備を進めている。
 八月五日の空撮写真は「米国戦略爆撃調査団文書」と呼ばれる報告書に含まれていた。国会図書館が米国から取り寄せた資料で、空襲を受けた多くの都市の被害を分析したものだ。
 伊勢の写真は、現在の神久から宮川までの東西三・五キロほどを撮影。空襲が激しかったJR山田上口駅や近鉄宮町駅の周辺は、建物が焼けた跡なのか、空から白く見える。
 空襲の結果を報告する英語の文書もあり、記録する会は空襲展で翻訳したものを用意する。記録する会の角谷晃さんは「米軍の視点で伊勢の空襲を振り返る資料だ」と話す。
 空襲を記録する会は七九年四月に発足。空襲の実態を調べ、会報などにまとめてきた。今年の空襲展は八月十二、十三両日、伊勢市御薗町長屋の市ハートプラザみそので開かれる。(問)伊勢地区労継承センター=0596(25)1697
◆伊勢市で29日に追悼式
 太平洋戦争などで犠牲となった伊勢市民の冥福を祈る「伊勢市戦争犠牲者追悼式」が二十九日午前十時から、伊勢市黒瀬町のいせトピアで開かれる。当日参加も可。
 市福祉総務課によると、昨年までは十月に開いていたが、国の追悼式典が八月十五日にあることなどから、七〜八月が適当と判断して変更した。来年以降も七月下旬に開催する方針。式には遺族ら三百人が参加し、遺族会の役員による追悼の辞などが予定されている。(問)市福祉総務課=0596(21)5557
 (大島康介)
 <宇治山田空襲> 当時の宇治山田市(現伊勢市)が米軍から受けた攻撃。1945年の1〜8月に数回あり、7月29日午前1時ごろに始まった空襲が最大だった。市内では死者101人、負傷者240人。建物4894戸が全焼したとされる。「伊勢空襲」とも呼ばれる。県内では四日市、津、松阪、桑名、鈴鹿も空襲を受けた。