昨年十二月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された桑名石取祭(桑名市)と鯨船行事(四日市市)。八月は“ユネスコ元年”の祭礼が行われ、受け継いできた歴史に新たな一ページを加える。祭り当日を見つめ、今後を展望する。
 “日本一やかましい祭り”の石取祭の開幕を告げたのは、五日午前零時の「叩(たた)き出し」。神楽太鼓とちょうちんの合図で、春日神社(本町)の周りに配置された三十八台の祭車から一斉に、鉦(かね)と太鼓の音が放たれた。
 祭りに関わる人たちにとって一年間待った特別な日。お年寄りも、小学生、園児も交代でばちを握り「わっしょい」「そうりゃ」の掛け声を重ねる。「ゴンチキチン」の音は明け方まで続いた。
 「本楽」の六日は午後一時から祭車が八間通に移動し、夜の練り込み順に整列した。露店が営業を始め、観光客が増えていく。炎天下に負けず、鉦と太鼓は途切れることなく打ち継がれた。
 午後六時半、祭りのクライマックス「渡祭(とさい)」が始まった。「花車」の宝町を先頭に一台ずつ春日神社前に練り込み、約八分間の囃子(はやし)を奉納した。宝町の祭事長加藤敏一さん(60)は「おそろいの豆絞りのはちまきを用意した。準備は大変だったが、名誉ある役割。今はほっとしている」。
 最後尾の西馬道の渡祭は午後十一時半。並行して午後十時から神社北側の田町交差点で、先に渡祭を終えた町会が四台ずつ競演する「曳(ひ)き別れ」でフィナーレを迎えた。
 市や保存会によると、二日間の人出は延べ四十万人で、昨年より十万人も増えた。桑名署の担当者は「県外からの車がかなり増えていた印象で、ユネスコ効果が表れたのでは」と分析する。
 「人の密度が想像以上で、注目度の高さを実感した」と保存会の伊藤守会長(64)。「昨年の登録が決まっても祝賀の祭車曳きはせず、関係者全員で本祭に備えてきた。協力していただいた市民の皆さんに感謝をしたい」と振り返った。
 春日神社の不破義人宮司(30)は「例年通り」を強調し「毎年守ってきたことをこれからも変わらず行っていく。それが無形文化遺産の本質なのではないか」と話す。
 (遠藤康訓)