戦時中に愛知県豊川市の豊川海軍工廠(こうしょう)へ動員され、終戦直前に空襲で命を落とした県出身の女子挺身(ていしん)隊員五十二人を追悼する集いが七日、金沢市の卯辰山公園内の「殉難おとめの像」前であった。参列者は手を合わせて犠牲者の冥福を祈り、平和を誓った。(中平雄大)
 元隊員の西村八重子さん(92)=金沢市=と林美代子さん(90)=同、太田ツル子さん(89)=小松市=を含む関係者約二十人が、相撲場の奥の高台に立つ像の前に集まった。
 追悼歌を歌った後、像の上部に取り付けられた鐘を鳴らして黙とうをささげた。
 工廠では一九四五(昭和二十)年八月七日の空襲で、二十歳前後の隊員を含む二千五百人以上が犠牲となった。像は生き延びた隊員や遺族らが六二年に建立した。
 家族を通じて像の存在を知り、初めて訪れた太田さんは工廠で双眼鏡などに使うレンズに傷がないかを調べる点検をしていたという。「昔のことを思い出して胸がいっぱいになった。元気でいたおかげで、ご縁ができました」と話していた。
 像の世話人の中山正一さん(68)=金沢市=は「こうした多くの犠牲があったことを若い人たちに伝えなければ」と決意を新たにしていた。