八日未明の長浜市を襲った姉川の氾濫。十六世帯が浸水に見舞われ、五百五十人が避難を余儀なくされた。けが人はなかったが、市の避難指示や避難勧告の発令は越水から約二時間後で、対応は後手に回った感が残った。
 市が氾濫を把握したのは、長浜署から一報を受けた午前零時十分。四十分後に災害対策本部を立ち上げ、午前一時に周辺四百二十世帯に高齢者や障害者らが対象の「避難準備情報」を出した。
 だが、その後も集落への水の流入は勢いを増し、被害が拡大する恐れから市は午前二時に南大井地区の六十五世帯を命令に近い「避難指示」に切り替えた。
 市はインターネットでどんどん増していく姉川の水位の確認。「危険性はあるものの、土のうで防げる」と判断していたが、結果として氾濫は抑えられなかった。市の担当者は「(氾濫)発生から四十分後には、地元の自治会長に避難の準備をするよう連絡し、住民には伝わっていた。対応に問題はなかった」と話す。
 一方、自宅前を鉄砲水が流れ、車庫に浸水したという女性は、泥水や砂利をかきだしながら、グッタリとした表情で「なぜ堤防でせき止められなかったのか」とつぶやいた。
 自宅が床下浸水し、畑の農作物もすべて駄目になった丹部弥生さん(91)を心配し、彦根市から駆けつけた孫の藤野牧子さん(43)は「祖母も初めてのことで動揺している。危険な情報はもっと早く分かればよかったのに…」と話した。

 (渡辺大地、安江紗那子、鈴木智重)
◆一気に増水、間に合わず
 氾濫は「切り通し」と呼ばれる場所で起こった。大井橋につながる道路を通すために、堤防をわざと切り崩し、五メートルほどつながっていない造りだった。県流域政策局によると、洪水の危険性がある場合、地元の自治会が角材や土のうを積んで浸水を防いできた。今回は一気に増水したため、間に合わなかったとみられる。
 県長浜土木事務所によると、一九九三年に下流約百メートルに新たな橋が造られたのに合わせ、切り通しの廃止を検討した。しかし、通勤通学などに使用する住民が多く、撤去には至らなかった。治水上の懸念から廃止を求める住民もいたという。
 (鈴木啓紀)
◆京大ボート転覆、7人救助 琵琶湖の大津沖
 八日午後零時四十分ごろ、大津市荒川の松の浦水泳場の沖合約三キロの琵琶湖で「ボートが転覆して七人が投げ出され、船体にしがみついている」と消防を通じて大津北署に通報があった。七人は約三十分後に消防に救助され、けがはなかった。
 署や消防によると、七人は京大ボート部の十八〜二十五歳の男性。同日午前六時半ごろ、二十四人の部員がボート三隻と監視船一隻に分かれて同市石山の艇庫を出発し、四日間かけて琵琶湖を一周する予定だった。このうちボート一隻に台風5号の影響で強風にあおられた水が入り、転覆したとみられる。大津市北部には、午前十一時の時点で大雨注意報、雷強風注意報が出されていた。
 転覆したボートに乗っていた男子部員(18)は「北に進むにつれて波や風が強くなり、ボート内に入ってくる水の排水が間に合わなかった」と話していた。