犬山市犬山の願入寺には、不戦祈願の文字を刻んだ鐘がある。金属資源の乏しいこの国は、戦時中、寺の鐘まで召し上げ、武器にしようとした。願入寺も約260年伝わった鐘を差し出した。戦後に再び鐘を造る際、祈りの文字を付け加えた。「願わくば平和音聲(おんしょう)十方に響流(こうる)せん事を(平和の鐘の音が全ての命あるものに響き渡ることを願う)」。刻んだ言葉はそう締めくくられている。
 鐘に文字があることを十四代住職の藤井千龍(ちたつ)さん(63)が知ったのは数年前。「先代の父からは何も聞かされていなかった。金属供出について犬山中学の生徒たちが何年間か郷土学習で訪ねて来たことがあり、その時、鐘をあらためて眺めて文字を見つけた」
 先代の徳龍(とくりゅう)さん(一九八九年に七十歳で死去)は終戦当時二十六歳。現在の鐘は終戦四年後、三十歳で造った。「父は徴兵されて満州にも行き、内地で終戦を迎えた。帰ってきたばかりで、戦争を繰り返したくないという思いも強かっただろう。平和であってほしいという思いをお経の言葉を一部借りてつづったようです」
 供出した鐘は一六八三(天和三)年に造られた。供出後にコンクリート製につり替えた。鐘楼が重さのバランスを崩して倒れないようにするための形だけのもので、戦後に新しい鐘にした際、近くの人が引き取り、現在は五百メートルほど離れた木曽川沿いに、説明板などもない状態で置かれている。
 藤井さんは「寺の鐘が果たして武器になったかどうかは分からないが、そこまでさせて皆で戦うという象徴的な意味があったのではないか。戦後七十二年、平和だったことに感謝しつつ、戦争をすれば結局は弱い者が犠牲になるということだけは忘れずにいたい」と話した。
 (三田村泰和)