◆県近代史研究会・竹内さん 実態浮き彫りに
 日中戦争前後に、現在の航空自衛隊浜松基地=浜松市西区=にあった浜松陸軍飛行学校による毒ガス弾の投下訓練や爆撃隊の実態について、県近代史研究会の竹内康人さん(60)=同市東区=が旧日本陸軍の資料などから浮き彫りにした。著書「日本陸軍のアジア空襲」に詳細をまとめた。「アジア各地を爆撃した加害の歴史に目を向けた上で、命の大切さを考えてもらいたい」と訴えている。
 竹内さんは一九九〇年半ばから、旧陸軍の資料などを分析。古書店で浜松陸軍飛行学校による毒ガス弾の投下訓練を示す旧陸軍の報告書「毒瓦斯(ガス)弾投下ニ対スル飛行場防護研究記事」を購入するなど、長く収集もしてきた。
 著書によると、訓練は三〇年代に本格化。三七年には、三方原にあった爆撃場で、びらん性のイペリット弾二十一発を投下。高度七百メートルから三十メートル間隔で落とし、「殲滅(せんめつ)的な効力があり、目標地域の生物の殺傷率は92%」と確認したなどと紹介している。ガスマスク姿の隊員が機体をふく様子を収めた写真、毒ガス弾の保管場所を示す学校の配置図も掲載した。
 竹内さんは「学校が毒ガスの研究や訓練を担っていたことが実証できた」と話す。
 爆撃隊で知られる飛行第七連隊は、二六年から浜松に置かれた。連隊で部隊を編成し、満州事変や日中戦争に派兵。四一年の英領マレー半島への上陸作戦にも浜松から出撃しているとし、一連の経緯を伝えている。各地へ空爆した際の生々しい写真も添えた。
 竹内さんは「中国の資料から被害状況を調べると、旧日本陸軍は毒ガスを含む爆撃も行っていたことがうかがえる。爆撃隊の拠点だった浜松で編成された部隊が加担していた可能性も高い」とみている。
 「日本陸軍のアジア空襲」は社会評論社から刊行した。二千五百円で販売している。(問)竹内さんのファクス=053(422)4810=へ。
(古根村進然)