◇渋谷真コラム・龍の背に乗って

◇29日 DeNA0―1中日(横浜)

 リリーフカーに乗らず走ってマウンドに上がる姿は、いつもと同じように見えた。しかし、どうやら違ったようだ。

 「いえいえ、一発目だし、昨日は負けていたし、マウンドに上がるまでは緊張していました。同じ気持ちとはいかなかったです」

 9回は松山。新たなクローザーは緊張を制御し1球目から全開だった。最後は筒香をフォークで三振に仕留め、プロ初セーブ。記念球は「監督の初勝利なので」と手渡した。

 松山はまだ本塁打を打たれたことがない。すでに、ドラフト制の施行後では「デビュー以来被弾なし」の最長記録を大きく更新中。2リーグ分立(1950年)以降を可能な限り洗い出したが、唯一見つかったのが米田哲也の89イニング⅔(56年)だった。昨季終了時に並んでいた松山は1人目の梶原を投ゴロに打ち取り、69年ぶりに塗り替えたことになる。

 先日、悲しいニュースで報じられた米田だが、偉大な投手だったことに変わりはない。しかし、松山は野球界の古い歴史には少々疎い。そこでおせっかいなおじさん記者といっしょに、レジェンドの足跡を振り返った。

 阪急を中心に歴代2位の350勝。949試合登板は岩瀬に破られるまで最多だった。意外なのは通算被弾数は歴代8位の370本。一方で強打者でもあり33本塁打。そして、本塁打にまつわる数字以上に松山が食い付いたのは、シーズン300イニング以上が6度もあったというタフネスぶりだった。

 「1年でって話なんですよね? 想像もつきません」。人呼んでガソリンタンク。「そんな方に少しでも並んだり超えたりできたのは本当に光栄です」。昭和と令和。一概には比較できない。球場のサイズは広くなったが、打者の技術は格段に進歩した。

 「そこだけが目的ではありませんが、本塁打に関しては確率論。打たれないコースを事前に頭に入れて、投げきる。これからも精度を上げて、やっていきます」

 彼はコース別のスイング率と打球速度を重視する。新クローザーは、がむしゃらに見えて理論派である。