©BIF Bruce Limited 2019

新型コロナウイルスの影響により公開延期となっていた新作映画ですが、7月に入って徐々に有力作品や話題作の劇場公開が増えてきているのは、映画ファンへの何よりの贈り物と言えるでしょう。

そこで今回は、7月3日から公開中の話題の新作映画『カセットテープ・ダイアリーズ』をご紹介したいと思います。

1980年代のイギリスを舞台に、パキスタン移民の少年がブルース・スプリングスティーンの楽曲との出会いによって成長していく内容が、公開前から高い評価を得ている作品なのですが、気になるその内容と出来は、いったいどのようなものなのでしょうか?

ストーリー

イギリスのルートンの小さな町で暮らす、パキスタン移民の少年ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は16歳。誕生日が同じ、幼なじみの少年マット(ディーン=チャールズ・チャップマン)は恋人ができ、日々充実した青春を楽しんでいる。だが、音楽と詩を書くのが好きなジャベドは、日々の生活の中で焦りと鬱屈を募らせていた。閉鎖的な町の人々から受ける移民への人種差別や、パキスタン家庭の伝統やルールから抜け出したくてたまらないジャベドは、特に古い慣習を振りかざす父親マリク(クルヴィンダー・ギール)には内心強い反発を感じていた。だがそんなある日、モヤモヤをすべてぶっ飛ばしてくれる、ブルース・スプリングスティーンの音楽との衝撃的な出会いにより、彼の世界は180度変わり始めていく―。

予告編

見どころ1:物語を彩る80年代洋楽の数々!

ブルース・スプリングスティーンの名曲の数々が、主人公ジャベドの心境や彼の置かれた状況を代弁するように流れる本作ですが、実はそれ以外にも、80年代MTV世代には涙モノの楽曲が登場しています。

例えば、映画の冒頭で使われているペット・ショップ・ボーイズの「哀しみの天使」の歌詞が、保守的な父親に逆らって夢を追うジャベド自身を思わせるのを始め、a-haの「シャイン・オン・TV」が流れるなど、当時リアルタイムで楽曲に触れた方には、非常に懐かしい選曲となっているのです。

更に、ジャベドの彼女であるイライザのファッションが、完全に当時のマドンナを意識した格好であるなど、本編中に盛り込まれた80年代カルチャーを見つけるのも、本作の隠れた楽しみ方と言えるでしょう。

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もちろん、ジャベドの人生に大きな影響を与えるスプリングスティーンの名曲は最高!

例えば、クラスメイトが貸してくれたカセットテープを聴いて、ジャベドが衝撃を受ける「ダンシン・イン・ザ・ダーク」や、ジャベドと友人たちが町中で踊るシーンに流れる「明日なき暴走」、更に「ハングリー・ハート」や「ザ・リバー」など、誰もが一度は耳にしたことのある名曲がたっぷり聴ける点は、本作最大の見どころとなっています。

中でも、スプリングスティーンがパティ・スミスと共作した名曲「ビコーズ・ザ・ナイト」は、どうしても自分で曲を完成させられなかったスプリングスティーンが、パティ・スミスに歌詞を書いてもらって完成させただけに、ジャベドの進むべき方向性や、他者との出会いが道を切り開くという本作のテーマを表現する上で、実に効果的と言えるのです。

80年代当時にリアルタイムで体験した方だけでなく、本作で初めてスプリングスティーンの曲に触れるという方も、ぜひ劇場の大スクリーンでその楽曲の素晴らしさを体験して頂ければと思います。

見どころ2:厳格な父親との対立の行方は?

祖国を離れ、言葉や文化の違うイギリスで大家族を養うという責任感から、強い父親像や古い価値観に囚われている、ジャベドの父親マリク。

マリクが押し付ける古い価値観に従って暮らしていたジャベドは、スプリングスティーンの楽曲との出会いによって、次第に外の広い世界へと目を向けていくのですが、その過程で保守的な父親との対立も、次第に深まっていくことになります。

©BIF Bruce Limited 2019

内職で家計を助ける妻に無理をさせたり、ジャベドのバイト代を家に入れさせるなど、一見独裁的で横暴にも見える父親のマリクですが、失業中のため一家の長として家族を養えない彼の悩みや、妻への深い愛情と思いやりがきちんと描かれていることで、観客がジャベドとマリクの両方に共感できる点は、女性監督ならではの細やかな演出と言えるでしょう。

こうした描写があることで、実は父親も夢を追って必死に頑張っていることが観客にも伝わり、やがて訪れるであろうジャベドと父親との和解への期待が高まる点も上手いのです。

加えて、ジャベドの幼なじみマットの父親が、マリクと正反対に自由で理解ある人物として描かれる点も、マリクの頑固さを強調する上で実に効果的と言えるでしょう。

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自分の進むべき道を見つけ、より広い世界に触れて意識を変えていくジャベドと、家族の生活を第一に考える父親との対立が、果たしてどんな結末を迎えるのか?

ジャベドの成長と子供時代からの決別を表現する、映画ならではの手法が素晴らしいラストシーンは必見です!

見どころ3:言葉や歌詞に込められたメッセージが人生を変える!

パキスタン生まれのジャーナリスト、サルフラズ・マンズールが書いた自伝的回顧録を原作に、主人公ジャベドが直面するさまざまな問題や、彼の人性に影響を与えたブルース・スプリングスティーンの楽曲との出会いを描く本作。

1980年代を舞台に、古い慣習や価値観を押し付けようとする保守的な大人との対立が描かれる内容は、同じように音楽を前面に押し出した1984年日本公開の青春映画『フットルース』を連想させるのですが、本作ではダンスや音楽だけでなく、主人公のキャラクターを反映した”言葉”や”歌詞”の重要性が描かれています。

日常的に加えられる移民への容赦ない差別や、パキスタンの伝統的なルールへの反発を抱えたジャベドは、自身の内面や社会問題を反映させた自作の詩を書いているのですが、絶対的な権力を持つ父親の存在もあって、なかなか自由に表現することができずにいます。

幼なじみのマットが充実した青春を送るのに比べて、周囲のクラスメイトにも溶け込めず、自分に自信が持てなかったジャベドですが、自分の書いた文章を担任の先生が評価してくれたことで、次第に文章の才能に目覚めていくことに。

そんな中、偶然クラスメイトが貸してくれたカセットテープが、後のジャベドの人生を大きく変えることになるのですが、物語の舞台となる1987年当時でさえ、すでに若者の間で時代遅れとされていたスプリングスティーンの楽曲の歌詞が、16歳のジャベドに衝撃を与えるという展開は、自身の内面から生まれた言葉やメッセージが、世代や文化を超えて多くの人々の心に届く、そんな希望を観客に与えてくれるのです。

加えて、スプリングスティーンの歌詞がどれだけジャベドの心に響いたか? その衝撃をビジュアルで観客に理解させる演出は必見!

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コロナウイルス禍による自粛や制限を経験し、仕事や人間関係などさまざまな面で閉塞感や不安を抱えている今だからこそ、ぜひ多くの方に観て頂きたい、この『カセットテープ・ダイアリーズ』。

普段聴いていたお気に入りの洋楽を、もう一度歌詞の意味を考えながら聴いてみよう、そんな気持ちにさせてくれる作品なので、全力でオススメします!

最後に

主人公のジャベドを演じるヴィヴェイク・カルラの新鮮な魅力もあって、多くの観客が主人公に共感できる内容に仕上がっている、この『カセットテープ・ダイアリーズ』。

加えて、主人公に多大な影響を与えることになる、ブルース・スプリングスティーンの代表曲の数々がたっぷり聴けるだけでなく、その歌詞のほとんどに日本語字幕が付いていることで、主人公が内面に抱えた悩みが観客にも理解しやすくなっています。

更に、リアルタイムで曲を聴いていた世代だけでなく、この映画で初めてスプリングスティーンの曲に触れるという方にも、その魅力が伝わるような楽曲の使い方は見事!

©BIF Bruce Limited 2019

もちろんこうした楽曲の魅力だけでなく、主人公が置かれた閉塞的な日常や家族との衝突という、誰もが一度は直面する現実的な問題が描かれている点も、本作成功の大きな要因と言えるでしょう。

自身の心の声を代弁するかのようなスプリングスティーンの楽曲との出会いが、ジャベドに希望と成功への道を開いてくれるのですが、その過程で家族や友達との関係にも、次第にすれ違いが生じてしまいます。

自分のことを優先するあまり、家族や恋人との関係をおろそかにしてしまったジャベドと、逆に家族を思うあまり息子の行動に干渉し過ぎていたマリクとの関係性は、果たして修復することが出来るのか?

不況のあおりを受けて失業し再就職も難しい状態で、日常的に受ける人種差別や偏見に対して母国の文化や習慣を守ろうとするマリクの気持ちが、観客にも理解できるだけに、互いの気持ちを言葉にできない親子のもどかしさが、観る側にも十分伝わることになるのです。

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実際、人種差別のデモとジャベドの従姉妹の結婚式が出会う描写や、ジャベドの自宅にさまざまな嫌がらせが行われるなど、本作で描かれる外国からの移民に対する容赦ない差別や迫害の描写には驚かされますが、それだけにジャベドの書いた文章を偶然読んだ隣人が取った行動には、この人種差別の連鎖を止めるための方法が隠されているのでは? そう思わずにはいられませんでした。

こうした閉塞的な状況の中、ジャベドの熱意と才能が、やがて人種差別や偏見という壁を越えて彼に成功をもたらすのですが、主人公が親友のバンドのために書いた歌詞で有名になるのではなく、彼自身の言葉や文章が評価されることで人間的に成長するという展開は、人種や外見ではなく個人の能力で正当に評価される、理想の社会への希望を観客に与えてくれるもの。

素晴らしい楽曲と高揚感の中で展開する青春の一ページを、ぜひ劇場で体験して頂ければと思います。

(文:滝口アキラ)