現代の日本酒は何度かのブームを経て、料理やシチュエーションに合わせて楽しむ嗜好品として定着した。

いま、斬新で積極的な酒造りを行い、世界進出を確実に進めている蔵元は大人気の銘柄「獺祭」を擁する旭酒造だ。杜氏なしでの酒造り・酒米の自社製造・問屋を通さない販売など、それまでの日本酒業界の常識にとらわれないスタイルで業界をリードし、獺祭は日本有数の銘柄になっている。

ビジネス漫画のバイブルとも言える島耕作シリーズを描く弘兼憲史さんは旭酒造のある山口県岩国市の出身。もちろん獺祭の大ファンだ。2018年の西日本豪雨被害で旭酒造が被災したときには島耕作ラベルの獺祭「獺祭 島耕作」も発売され話題になった。

2020年7月22日、旭酒造の日本酒づくりを革新した桜井博志会長の立志伝「獺祭の挑戦〜山奥から世界へ〜」が、弘兼さんの作画で描き下ろし漫画として発売。この度二人の記念対談が東京・銀座の獺祭ストアで実現した。

型にはまらない酒造りの極意は?二人の関係は?ここでしか聞けない日本酒トークに華が咲く。

また、合わせて「シネマズPLUS」では「獺祭の挑戦〜山奥から世界へ〜」の冒頭一部を特別に公開する。合わせてお楽しみいただきたい。

珍しい弘兼さんの描き下ろし作

人気漫画の連載が続く弘兼さん。書き下ろし作の上梓はとても珍しい。弘兼さんの出身は旭酒造のある山口県岩国市だが、どのような執筆のきっかけがあったのだろうか。

──弘兼先生が今回の漫画を描くようになった経緯は?

弘兼憲史さん(以下、弘兼):前から雑談レベルで、漫画でやってみようという話はあったんですよね。

桜井博志会長(以下、桜井):私からしたら描いてもらえたら良いなあと思っていたところ、弘兼先生に描いていただけるということになりまして。

弘兼:丁度、学生島耕作が終わったので、月30ページくらいならねじ込めるかな、半年くらいあれば描けるかなと思いましてね。まずは歴史やプロットなどのデータを頂いて。そうしたら、桜井さんが常識破りのところが面白いんですよ。

「獺祭の挑戦〜山奥から世界へ〜」冒頭特別解禁

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日本酒業界の常識を覆す

旭酒造の酒造りや販売方法は従来の日本酒造りとは一線を画している。桜井会長の時代に一新した酒造りは、どのように行われたのだろうか。漫画では「ピンチをチャンスに!」節で描かれている大逆転劇のバックステージを桜井会長が語る。

──桜井会長がやられた事はデータ主義ということ?

桜井:データがまずあって、そのデータのもとに人間が手作業で酒を作るというやり方です。

──酒造を見学したら、手作業の部分が大きいですね。データというと冷たい印象がありますけれど、やっていることは違いますよね。

弘兼:獺祭は米を手で洗うという大変な作業をきっちりやってます。機械で洗うと米が割れてしまいますからね。

桜井:それに米の吸水のパーセンテージも特定できませんしね。職人仕事の細部までコントロールしようとしたら、データを使いながら人間がやっていくのが大切です。機械だけではできないです。

弘兼:発酵樽が小ぶりで、1メートル60くらいの小さいのをたくさん使っているんです。大きなやつだと、それがダメになったときにやり直しが大変だけれど、小さい樽であれば、その樽の分だけもう一度やればいい。それぞれの樽にセンサーが付いていてそのデータの一覧が別室の壁に貼ってあるので、毎日見て「ああこれ数字がおかしいな」と思えば直せるわけなんですよ。品質が均一になりやすいんですよね。

──そうした内容を桜井さんがお考えに?

桜井:頭でっかちの人が考えることから始めると、出来ない理由がたくさんでてくるでしょう?といわれ、結果としてやめようという話になってしまいます。

僕は素人ですから、まずはやってみよう、やりながら修正していこう、となるんです。

──やるのが先にありき

桜井:そうです。最初からものすごい完成品を作るより、それを修正していくほうが成功する確率が高いんです。

流通を変える

AmazonのようなEコマースが発展して日本の書籍販売における問屋の地位が脅かされている。一方、旭酒造では1980年代から問屋に頼らずに直接卸す方式に流通を改めた。現代の流通を先取りしている。

──獺祭を飲食店や酒店に直接卸すことで日本酒の流通を変えました。それは今の時代を先取りしていました。

弘兼:昔は自分の酒がどの酒屋で扱っているかを管理するのは大変な作業だったんですよ。手で書いて帳簿をつけて。

今はパソコンにデータを蓄積していけば問屋を通さなくても直販みたいなものができますよね。コストも下げられます。

問屋に入れて、売れなければ返品されますから。それじゃあ造っている方もガックリきます。

──造り手と売り手の間にブラックボックスがあった。

桜井:そこに出てきたのがクロネコヤマト(ヤマト運輸)ですよ。

──流通革命ということですか?

桜井:宅急便があればひとケース、ふたケースから送れるでしょ?

──早い段階でやろうと思われたんですか?

桜井:やってみたら便利だなあと思ったんですよ。1977年にクロネコヤマトが始まるでしょ。私が酒蔵を継いだのが1984年ですから、だいたいその頃には全国展開ができているんです。

おそらく、宅配便がなければ今のうちはないでしょうね。

弘兼:問屋を通さないところは増えているみたいですから、桜井さんの方式って「なるほど、こういうやり方があるんだな。」と思うのでしょうね。

桜井:酒問屋さんは酒問屋さんで生き残るために大型化していかざるを得ないんですよ。商社機能を拡充するしかないので。そうすると何兆円というところを狙っていかないといけないじゃないですか。小さな酒蔵を相手にしたらやっていけませんよ。

弘兼:それなら酒蔵は自分たちでやったほうがいい、と。

桜井:商社は商社で、自分たちで生き残りをかけてやっていかないといけないですね。

自社でデザインする

獺祭という名前。白地に黒い文字のシンプルなラベル。今でこそ馴染みあるデザインだが、当時の日本酒ではとても珍しかった。こうした決定も桜井会長が行った。「獺祭」という名前の由来は、漫画の「獺祭の誕生」の節に記されている。

──漫画で面白かったのは、ネーミングを桜井さんで決めたエピソードです。

弘兼:獺祭という名前、よくつけましたよね。海外に展開するのに、日本酒の名前に付けられがちななんとか錦・なんとか誉では覚えられないのではないでしょうか。獺祭ならワンフレーズ、「DASSAI」で大丈夫。

桜井:今の事業規模で獺祭とつけろと言われたら、その度胸はないですね(笑)

たかが年商1億くらいの会社のプライベートブランドでしょ。だから気軽につけられたんですよ、獺祭という名前が。

──気軽さは大切ですよね。

弘兼:昔ながらの日本酒の名前では似たようなラベルになってしまうし、獺祭のような白地に黒でボーンと書かれているのが良いですね。

桜井:それまでの酒のラベルには抵抗があったんですよ。日本酒のラベルをデザインする会社が少なくて、山口の酒と他県の酒が同じデザインになりかねないんです。旭富士(獺祭の前身の酒)と他県の酒が同じデザインになっていたりして。

昔は県ごとくらいしかお酒が流通しなかったからよかったけれど、東京なんかで県を超えてお複数の酒を見ることになると「あれ、同じラベルだ」っていわれることになっちゃいます。

──そういう企業に頼まない怖さはなかったですか?

桜井:それはなかったですね。それより酒が売れない方が怖かったです。それより怖いものってないですよ。

──いろいろな意味でチャレンジングなんだけど、ビジネスの法則で言ったらまっとうなことをやられているんですね。

桜井:僕はよく言うんですよ。「当たり前のことを当たり前にやっただけです」って。

杜氏を使わないのだって、製造ですから一番大事でしょう?酒蔵ですから、メーカーですから。それを内製化しただけ。周年で製造する四季醸造が日本の伝統を壊したって言われるけれど、メーカーですから。酒蔵の稼働率を考えるのは当たり前。

──酒米の自家栽培もしている。

桜井:原料となるお米を増やそうとしただけです。

弘兼:お米もね、農協に行ったら、彼等にとっては酒蔵に勝手に米を作られると困るわけだから冷たい態度を取られる、って書いてありましたものね。

桜井:全農の担当者と話したら、そして農協の担当者と話していたら、同じ日本語なんだけれど、何話しているか意味がわからない(笑)

弘兼:霞が関用語ならぬ農協用語ですね。

桜井:日本語じゃないですね。

──さらっと言われてますけれど、ひとつひとつ既得権益を壊している。ラベルもそうだし、農協だって。

弘兼:桜井さんって喧嘩っ早いですよね(笑)

桜井:そのときに良いポジションにいる人たちは、その状況で安穏としている方がいいから動いていかないでしょ。酒蔵の人って多くは地方の名士じゃないですか。その点うちは負け組ですから。

弘兼:桜井さんが昔からある酒造りをやっていたら獺祭はできないと思いますよ(笑)今まで通り、業界を乱さないようにしてたのでは。

──とはいえ、やると反発や嫌がらせはあったんじゃないですか? 

桜井:それはありますよ(笑)

弘兼:今でも、こんな一番売れているお酒がですね、地元のお酒のイベントで一番端に置かれることがありますからね。

アニメそして島耕作とコラボ

獺祭は人気アニメ作品の中に登場したり、弘兼さんが描く人気キャラクター・島耕作とのコラボも行われたりしている。全国区の人気を獲得するにあたりこうした登場は有効だった。当時のことを述懐する。

──弘兼先生、獺祭を最初に飲んだのは?

弘兼:西麻布の居酒屋みたいなところで、(弘兼さん出身地の)山口県のお酒ですよ、と出されたのが獺祭で。最初は名前が読めなかったですね。飲むと「ああ、結構おいしいなあ」と思って。同じ山口県だし、いろんなところで獺祭美味いよと言って回ったんですけれど、そういう人が他にいっぱいいたと思うんですよね。山口出身の東京の人がね。

桜井:山口県の人が語り部になってくれたのは大きいですね。エヴァンゲリヲン(「エヴァンゲリヲン新劇場版:序」=2007年など。庵野秀明監督は山口県出身)なんかもね。なんでうちの酒が出てきたの!? なんて感じでしたけれどね。

──嬉しいものですか?

桜井:私は嬉しかったですよ、それは、本当に。

実はエヴァンゲリヲンの前に、キューティーハニー(2004年)の実写版に出てきたんですよ。庵野さんの監督だったんですけれど、そこで出てきていたんです。

だからエヴァンゲリヲンのときにも、もしかしたら獺祭を使ってくれるかな、という予感はありました。

──弘兼先生、桜井一宏さん(桜井会長の子息・現社長)とお会いしたのは?

弘兼:島耕作の取材でニューヨークのパナソニックアメリカに行ってたんです。そこで、アメリカで起業家を目指している日本の若者が沢山いるアメリカンドリームクラブでの講演を依頼されました。そのときにNYで獺祭の宣伝をするためにニューヨークに来ていた一宏さんとお会いしたんです。一宏さんは同じ岩国出身で、早稲田大学の後輩で。

桜井:獺祭のハッピに島耕作の絵を描いてもらっていて、それを自慢げに持って帰ってきていましたよ(笑)

──当時の獺祭はNYでは?

弘兼:これから酒屋さんに持っていく段階でしたね。

──ちゃんとした日本食・日本酒を広めなければいけない。であればその日本酒って何かという話になる

弘兼:フランスでは獺祭が評判良かったんで、これは売れるぞと思った酒屋さんがそんなに美味しくない日本酒までいっぱい持ってきて、また売れなくなった。

桜井:販売店が主役になっちゃうと、自分たちの言うことを聞く酒造の製品を持っていこうとするでしょ。

──そこはまた難しい

弘兼:獺祭は美味いと思ったけどこの日本酒はだめだなということだと日本酒全体の評価が下がります。

桜井:フランス人といえども、まずい日本酒はわかりますよ。美味いかまずいかはわかります。

弘兼:彼らは利きワインみたいなのをやりますよね。最初は嗅いだりして。そこはワインほど香りが立たない日本酒は弱いところですからね。

──獺祭は香りが立つじゃないですか

弘兼:ワインの方がブーケがふわあっと立ちます。フレーバーをつけるような方法が発見できれば、香りの強い日本酒ができるのでは。

桜井:できるかどうかは数を試すことだと思いますよ。いくつもやってみる、工夫してみる、実験してみる。そこから出てくるとおもいますけどね。やっぱり試行錯誤の中からしか出てこないんですよ。

──そういうチャレンジ、失敗を恐れないというか、チャレンジしていかないと良い物を作れない

桜井:やっぱり、やってみないとだめなんですよ。やってみなきゃわかんない。やってみてそこから微修正する、やり方を変えていく方が成功する確率が高いんです。

日本酒のマーケット

超高齢化社会や人口減、新型コロナウィルス感染症など、日本酒に限らず物販を取り巻く環境は厳しい。旭酒造ではこれからの販売戦略をどのように考えているのだろうか。

──マンガにも描かれているが、日本の人口はどんどん減っていく。日本酒が日本のマーケットだけでは桜井さんも危惧されていることでは?

桜井:それほどウチが(シェアを)全部取っている訳じゃないので、日本人の人口が減っても大きな影響はないと思います。どちらかというと今まで日本酒を飲んでいない日本人のマーケットを作っていく方がたくさんあると思うので、そんなに恐ろしくないとは思います。

ただし、世界中に出て行かないといけないと思います。フランスのワインの輸出額が1兆2000億くらいなんですよ。ウチがもし1%売ったら、輸出だけで120億。これは結構良い商売になるじゃないですか。

──世界生産は?

桜井:世界生産は、アメリカはやります。それ以外でやるかは今後10年はわからないですね。10年先はわからないですよ。

──ヨーロッパで獺祭を作ることは可能?

桜井:可能でしょう。ただ、問題はコスト。人件費もだけど家賃とかいろんなもの。マーケットの大きさ。そういった面で考えて行くと、ヨーロッパでいけるかというと、ビジネスとしては難しいかなと。

ヨーロッパの方が、やっぱり保守的ですよね。保守的だからちょっと厳しいのと、マーケットが小さいですよね。

アメリカはマーケットが大きいのと、参入する余地がある。

どうしても僕らが入っていくとしたら、ものすごく大きな市場でこのくらいの売り上げをいただこう、と言う形で入る。私はそういうやり方で成功してきたんですね。小さな市場で総取りしようというので成功したことはないんですよ。

──大きなマーケットで小さく取るのは理にかなっている。弘兼先生、日本酒はまだまだ日本の中でもっともっと伸びると思いますか?

弘兼:僕は伸びると思うけどね。日本酒って若いよりも年をとって美味しくなるんですよ。僕の経験だと40、50歳くらいからウィスキーから日本酒へ変わっていった。これからは若い人が減って年取ってくる人が増えるわけだから、その分日本酒の需要は増えるんじゃないかなと。前は日本酒を飲まなかったという人も40、50になって日本酒飲むようになるんじゃないかなという気がしますね。

酒の飲み方

獺祭を作る桜井会長と、食に関する書籍も上梓している弘兼さん。お二人はどのように獺祭を楽しんでいるのだろうか。

──先生は晩酌は日本酒だっておっしゃってましたよね。

弘兼:日本酒ですね。まあワインと日本酒を両方、交代で。

──使い分けは

弘兼:つまみによるね(笑)松前漬けがきたら「ワインじゃないだろう」みたいな感じなるし、生ハムとかサラミとかチーズがあったときには日本酒よりワインでいこうとか。

──桜井さんは晩酌はされますか?

桜井:しますよ。日本酒です。

弘兼:やっぱり自社ですか?それとも……?

桜井:だいたい、獺祭。よそのお酒も飲みますけれど、あんまり本気で飲んでいない(笑)

ウチの若い連中に言わせると、酒を飲んでいるときに私の機嫌が良いと、その酒があまり大したことないということのようです(笑)

弘兼:なるほどね。まだまだウチの方がいいな、ということですね(笑)

桜井:結構渋い顔をしているときには……

弘兼:そうとう旨いの飲んだな、みたいな。ちょっと落ち込んでるわけですね(笑)

桜井:他社の酒はよく見える。ウチの酒はすぐ欠陥が見える(笑)

──ほぼ毎日飲まれますか?

桜井:ほぼ毎日ですね。休肝日、なし。

弘兼:僕もないですねえ。

桜井:僕はそんなには飲まないですよ。2合飲んだら最近はもうだめですね。

弘兼:僕も2合飲んだらやめますね。

──獺祭にあうアテは?

桜井:あの……(少考)チーズかな。乳製品がすごくよく合うんですよ。一番わかりやすいのがね、あそこ(店内の冷蔵庫)にアイスクリームがあるでしょう。あれって酒粕とアイスクリームを合わせてるんですけれど、何が合うって、酒とおそらく乳脂肪が合うんです。

弘兼:日本酒のアテでもはやってるのが、いぶりがっこにマスカルポーネチーズを乗せるのがある。あれが非常に合うじゃないですか。

島耕作ラベル

2018年に西日本を襲った豪雨では旭酒造も大きなダメージを受けた。温度管理が数日できなくなった獺祭をどうするか、桜井会長は弘兼さんに相談をする。そこで出来た獺祭の島耕作ラベルとは……。

──お二人は良いご関係でずっとお付き合いされていると思うのですけれど、お互いどの部分が付き合いやすいですか?

弘兼:桜井さんは、こんな大社長なのに気さくにぼくらと一緒に遊んでくれるのがうれしいですね。

──年はいくつ違いますか?

弘兼:僕よりちょっと下ですね。

桜井:僕は25年(昭和。1950年)だから。

弘兼:僕は22年(昭和。1947年)ですから。

──会長はどうですか?弘兼先生のことは。

桜井:同じ言葉を返すんですけれど、気さくに付き合って頂いているんです。

弘兼:岩国弁でしゃべるし(笑)。

桜井:それと、あんまりビジネスの付き合いがないので生ぐさい話にならない。だから気楽にお付き合いできるというのはありますね。

──獺祭の島耕作ラベル(2018年の西日本豪雨で被災した旭酒造の獺祭を島耕作のラベルデザインで販売、話題となった)があった

弘兼:桜井さんに被害があったでしょう?と聞いたらあったというから、他の知り合いと一人100万円ずつくらい、売れない獺祭があるなら買うよ、と電話したんです。そうしたら「飲んだら美味しいんだ」というんですね。

そんなに悪くないのであればもっと違う救済方法がないかな、と考えていたら、島耕作ブランドで出したらどうか?といわれて。そして、ただ売るだけではなくて高級ブランドも含めて1本1,000円、それにベタ付の災害給付金200円をつけて売り出したんです。そしたら発売当日に全国で58万本完売して、1億1600万円を災害地に寄付することが出来ました。

桜井:最初は廃棄してもいいくらいに思っていました。

弘兼:温度管理が三日くらできなかったそうです。

──その後に立て直す?

桜井:当初はダメだろうなと。その後一週間くらい経ったところでは厳しいだろうなと。それこそ今のコロナのトリアージ(患者の重症度に基づいて治療の優先度を決めること)じゃないですけれど、これはダメ、こっちはいいとかで良い方から救っていこうとしましたからね。それが島耕作ラベルになったんです。

──比較的いけるというやつを?

桜井:最終的にはほとんどはなんとかいけたんですね。

弘兼:温度をもういちど管理して立て直したんですか?

桜井:そうなんですよ。もう一つは、さらに新しい酵母を添加するなどしました。

弘兼:それは良い経験になったんじゃないですか?駄目になってもこういう手当をしたらちょっと立て直せるものだなあという。

桜井:おそらくあるでしょうね。うちの製造担当者は、ほかの経験豊かな杜氏さんがやったことのない、昔の、太平洋戦争後の酒蔵の杜氏さんがやってたくらいのことをやっていますからね。

──結果としてそれはノウハウになるかも分からないですね。

桜井:ただそれは、今やれと言われたら、やりませんよ(笑)

これから

新型コロナウィルス感染症は2018年の豪雨被害にも勝るダメージを世界中に与え続けている。獺祭はコロナ禍にどう立ち向かい、どのような戦略で生き残り成長を狙っていくのか。漫画の最終ページの続きが語られる。

──新型コロナウィルス感染症で人々の外出が減るなか、どのようなビジョンを描かれていますか?

桜井:やっぱり、長引きますよね。まず現状でいうと、ちゃんと酒蔵が健康体でいるように持っていかないと。あとは輸出でしょうね。売れるところで売るというのはどうしようもない現実だと思うので。

弘兼:飲食店の自粛って東京ではすごくやっていますけれど、例えば岩手県でもやっていますか?

桜井:第一号にみんななりたくないから。東京のお客さんより岩手県のお客さんの方が、もっとコロナを怖がっているんですよ。

弘兼:おまえのせいだって言われたら(笑)

桜井:ここが日本経済の弱点だろうなと最近思うんですけれど。確率の問題だからそんな大した問題じゃないから、お店に行きそうなもんだけれど行かない。

──感染者が少ない、岩手にしても鳥取でも出歩いてもいいはずなんだけど、出歩かない。獺祭なんかもお店に卸している方が多いのでは?

桜井:中国では感染したにも関わらず立ち直るの早かったでしょ?感染のスピードが全然落ちていないのにアメリカがそれほど痛んでいないですよね。それに比べて日本の文化が、ひ弱なのかなという感じがします。ただこの中でやっていかざるを得ないから、この市場も受け入れつつ、やっぱり海外をある程度見ていくしかないね。

弘兼:前からね、寿司がいま世界で流行っているんだったら、寿司と一緒に日本酒も行くべきだって思ってたんです。寿司とワイン、寿司とウィスキーってやっぱり合わないからね。

桜井:大きなチャンスがあるんですよね。目の前に寿司ブームがあって、これを使わない手はないです。

──桜井さん、中国はマーケットとしては大きいわけですよね?

桜井:今現在中国の売り上げは相当伸びています。今年のうちの輸出割合が、全部の売り上げの40%なんですね。その40%の半分は中国です。

弘兼:今回のマンガの中では、ゆくゆくは9割くらいは輸出したいと言われていたので、それを描いていたんですけれど。

桜井:でもそれは、現実で考えたらそうなるでしょ?

弘兼:ワインがあれだけ高値で流通していますからね。

桜井:ロマネコンティが地元のフランスで、県で、どれだけ売れてる?

弘兼:確かにね、地元では一本数百万もするワインは買わない。やっぱり日本とか中国とかアメリカとかで売れてる。それならすごい山田錦で作った4合瓶の獺祭を1本100万円くらいで売ったとしても、買ってくれる人がいるかもしれませんね。

──日本酒も世界的にみたら安い。

弘兼:この間、クリスティーズ(美術品オークションハウス)のカタログに十四代の龍泉(山形県の日本酒のハイブランド)が出てていたんですよ。予想価格が40万円くらいでしたね。50万くらい以上で落札されるのではないかと思いますよ。

桜井:そういう領域へ突っ込んでいかないといけないかもしれないね。どういうやり方をするかは別にして、そこに入っていかないと将来はない。

──日本酒としてやる余地があるかもしれないですね。

弘兼:日本でも龍泉が40万円くらいで取り引きされているので、海外だったら80万円くらいになってほしいんだよね。獺祭もクリスティーズなんかで出す気はないんですか?

桜井:今、その話はしていましてね……。そのマーケットを作らないと将来がないというのは分かっています。どうやってやるかは今は説明できないけれど、そこに入り込んでいこうとしているのは確かです。

──マンガを読んでいると息子さんの方にうまくバトンタッチして繋いでいるような印象がある?

弘兼:一宏さん、社長になりたての頃は人前ではちょっと緊張するときがあったけれど、今は結構みんなの前で堂々としゃべるようになって、社長として風格出てきましたよね。

──安心ですね。

弘兼:いまおいくつでしたっけ

桜井:43ですね。

弘兼:50くらいになったら絶対風格でてきます。僕も40代のころはあんまり出なかったからね。

桜井:ですね。まあ40代の頃は本当に芽が出ていなかったからね

──厳しいもなにもないですよね(笑)ありがとうございました。

弘兼さんが描く桜井会長の成長譚は好評発売中!

2020年7月22日に発売された「獺祭の挑戦〜山奥から世界へ〜」は好評発売中。桜井会長が経営に苦しむ旭酒造を継ぐところから始まり、獺祭の誕生、日本酒業界の常識を覆す斬新な経営改革、世界戦略を目指すこれからの展望までが112ページの漫画として収められている。

獺祭がどうして日本酒ファンの心を掴んで話さないのか、二人の対談と本書を読み進めていくことで理解できることだろう。

「獺祭の挑戦〜山奥から世界へ〜」書籍情報・購入ページ

(取材・文:奥野大児)