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これは、かなり、えぐい、作品です。

しかし、確実に現代社会の闇を活写した作品でもあります。

見ていて、いたたまれない気分になります。悪夢的なショットも多々現れる作品です。

しかし、それでも凝視しておくべき作品なのです……

《キネマニア共和国〜レインボー通りの映画街vol.247》

映画『狂覗』は、現代日本の子どもと大人、双方の心の闇を悪夢のように幻惑的に描いた、一度は覗いておくべき意欲作です!

生徒不在の教室で荷物検査を始める教師らの闇

『狂覗』の主な舞台となるのは、とある中学校。

ある日、校長室の中で、一人の教師・上西が全裸で縛られ、「僕はヘンタイ管理人です」と紙を貼られた瀕死の状態で発見されました。

学校側はこのことを警察に通報するのを避け、生活主任の森教師に責任を押し付けようとします。

森は4人の教師を伴い、今の生徒の実態をつかむべく、体育の授業で生徒たちがいなくなった教室に侵入し、抜き打ちで荷物検査を始めました。

その中には、かつての森の教え子で、しばらく教職から遠ざかっていた国語教諭の谷野もいました……。

本作は宮沢章夫の『十四歳の国』を原案に、現代中学生の性問題やイジメなどの実話を盛り込みながら描いた異色ミステリ・スリラーです。

映画は、とある事件のトラウマから未だに逃れられないまま日々を過ごしてきた、谷野の視点で見据えられていきます。

ほんの些細なことでトラウマが蘇っては、まるで生地獄のような悪夢的幻覚が彼の脳裏をかすめ、その心理的不安の描出がそのまま本作の恐るべき大きな魅力となって、ひいては教室が現代社会の縮図と化していきます。

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生理的不快感をおしのけて見る者をくぎ付けにするパワー

監督は、映画を学ぶべく10年の月日をアメリカですごし、帰国後『生地獄』(2000)で映画監督デビューを果たし、『怖来』(05)『恐怖依存症』(06)とホラー&スリラーに才を発揮し続けている藤井秀剛。『生地獄』は、ある平凡な家庭に突如気持ち悪い老婆と姪が居候してきたことから始まる惨劇を暴力的なまでにおぞましく描いた怪作で、そのとき既に藤井監督のパワフルな力量を思い知らされたものですが、その資質は本作でも何ら変わることなく、むしろ緩急のついたテンポなど、その後の大きな飛躍も感じられます。

生徒たちの持ち物の中からは、ブルセラ・パンティやSMグッズ、Hな姿を見せあうSNS写真などなど、大人の常識では一見考えられないものが多々出てきますが、これらは実際のエピソードなどを基に繰り出されたものであり、それが今のリアルであることをじわじわと見る者に知らしめていきます。

そのうち、クラス内のひとりの女生徒・万田の存在が大きくクローズアップされていきます。

小学校時代に猫をバクチクで吹っ飛ばし、友人を一日中言葉でなじり続けて発狂させたと噂され、手帳に「14歳に満たぬ者の行為は、それを罰せず」と記す少女……。

一方で容姿端麗、成績優秀の彼女を、学校側は庇い続けてきた節もあるようです。

劇中、彼女の描いた絵画が出てきますが、「平和」と題された、その絵は……。

一方で、万田の姿はきちんと映されることはなく、それによって彼女のイメージがあやふやなまま、その不穏な面持ちを見る側に増幅させつつ、ひいては今の中学生の脅威的生態が次々と、そして赤裸々に吐露されていきます。

果たして万田とは、一体何者なのか……?

同時に、教師たち個々の赤裸々な内情までもが徐々に見え隠れし始めるようになり、谷野のトラウマ幻覚も頻繁によぎり出し、いつしか映画そのものが悪夢と化して、現代そのものの闇を活写していきます。

そして谷野自身、かつて何が起きたのかも……。

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本作は俳優が制作スタッフも兼ねたCFAシステムで作られた作品で、これによって既成のスポンサーのお仕着せな要望などをはねのけて、自分たちが作りたい映画を作るという、モノ作り本来のあるべき姿が披露されていることも訴えておきたいところです。

見ている間、かなりの不快感を伴う瞬間も多々ありますが、そういった事象も含めて観る者をくぎづけにし、次のショットを見ずにはいられなくなる衝動を起こさせる力強さを持った作品であり、藤井監督が描き続ける生地獄の世界は俄然健在。そして、その生地獄の中を生きていかざるをえない私たちの覚悟をも示唆した意欲作です。

ぜひ、覚悟してご覧になってみてください!

(文:増當竜也)