パワーレンジャー ポスタービジュアル

(C)2016 Lions Gate TM&(c) Toei & SCG P.R.

あの『パワーレンジャー』が映画として帰って来た!実は東映チャンネルに加入して、毎週必ず『スーパーヒーロータイム』をリアルタイムで視聴している自分。当然本作を公開初日に見るべく、劇場に足を運んだのだが・・・。

今回の劇場公開に際して、やはりメインは日本語吹替え版であり、残念ながら字幕版は1日1回のみの上映の劇場が殆ど。過去の映画版『パワーレンジャー』がやはり吹替え版でしか公開されなかったため、どうしても今回は字幕版で見たい!との思いから、字幕版の回を選択して鑑賞に臨んだ本作。

だが、残念ながら場内の観客は10人程度・・・。しかもメインの観客層と考えられているであろう、子供達の姿は皆無。「初日からこの状態では、週明けには上映回数が激減するかも?」そんな不安を抱きながら見た本作だったが、果たしてその内容とは一体どの様な物だったのか?

予告編

ストーリー

遡ること紀元前の地球。そこでは世界の運命を決する、大きな闘いが終焉を迎えていた。ある5人の戦士たちの犠牲により守られた地球。そこにはやがて新しい命が芽生え、物語は現代に帰ってくる。

アメリカにある小さな町・エンジェル・グローブに、暮らす若者たちがいた。ジェイソン、キンバリー、ビリー、トリニー、ザック。ありふれた日々を過ごす彼ら5人は、 偶然にも同じ時間・同じ場所で不思議なコインを手にし、超人的なパワーを与えられる。

自分たちの力に困惑する彼らの前に現れたのは、かつて世界を守っていた5人の戦士=“パワーレンジャー”の一人・ゾードンと、機械生命体・アルファ5。

ゾードンの口から、古代の地球で封印された悪の戦士=リタ・レパルサが蘇り、再び世界を滅ぼそうとしていること、そして彼ら5人はその脅威に立ち向かうべくコインに選ばれた、新たな“パワーレンジャー”であることが明かされる。

しかし、自らの運命を受け入れられない彼らは、まだその秘めたる力を解放できずにいた。地球に残された時間はあとわずか。果たして彼ら普通の高校生に、この世界を救うことができるのか?世界が、そして仲間たちが危機にさらされた時、ついに“その力”が目覚める。

アメリカで独自の展開を遂げ、過小評価され過ぎの大傑作!

確かに、当初は日本からの輸入物としてスタートした『パワーレンジャー』のテレビシリーズ。

しかし、初上陸から24年が経過し、もはやアメリカ独自の文化と呼べるまでに進化・成熟したこの一大シリーズ。しかし残念ながら、劇場版の第1作がテレビの延長でしかなく、続く第2作目は更にスケールダウン。単に時期シリーズへの橋渡し的役割を果たす内容に終わってしまうことに。

そこから幾多の変遷を経て、遂に今回のリブート版の完成・公開となったわけだ。

そう、本作が描き出すのは、正にこのシリーズが歩んで来た「歴史の重み」だと言える!

テレビを見て育った世代が成長して、再び劇場で体験するも良し、自身が子供の頃に見た体験を、今度は自分の子供に体験させるも良し。昔と違って最近のシリーズではかなり日本のオリジナルに近く、人間ドラマの深みを増している『パワーレンジャー』シリーズ。長い年月を経て製作された今回の劇場版だけに、その深い人間ドラマと描くテーマの重さは、もはや完全に本家の日本を越えたと言っていい。

特に今回、敢えて見せ場の戦闘&ロボ対決シーンをラストに持って来てまで、レンジャーたちがお互いの人生の苦労を共有し、ヒーローとして再生するまでを充分に時間をかけて描いた点は、個人的に心から感謝の言葉を送りたい程だ。

だが同時に、遂にアメリカがスーパー戦隊のローカライズ作業を終えて、アメリカ独自の文化である『パワーレンジャー』として、新たな歴史を作り上げてしまったことに、一抹の寂しさを感じたのも事実。

実は、韓国オリジナルで製作された『獣電戦隊キョウリュウジャー』の続編を、最近東映チャンネルで見たのだが、これもオリジナルの雰囲気を壊さずにいながら、韓国独自のテイストを盛り込んだ作品となっていて、実に面白かった。

きっとこれからも、日本の「スーパー戦隊」を自国の文化として取り込む国が出て来るのだろう。こうして日本と世界がお互いに競い合いながら、素晴らしい「戦隊物」を作り続けてくれることを、一ファンとして願ってやまない。

パワーレンジャー メイン

(C)2016 Lions Gate TM&(c) Toei & SCG P.R.

敢えて見せ場を犠牲にして描こうとした、人間ドラマ部分の素晴らしさを見よ!

日本公開用の宣伝では隠されている、本作においての重要な要素。それは今回のレンジャーたち各人の設定にある。

貧困の中、重い病気の母親と二人、トレーラーハウスで暮らすブラック。男関係で親友やその彼氏とトラブったピンク。高校の体育系の部活にはつき物である、ライバル校への悪ふざけから事故に会い、膝を故障し選手の道を断念、親の期待を裏切り学校全体からも見捨てられたレッド。

そして今回、特に問題なのは残りの二名、ブルーとイエローだ。

ブルーは自身の口から語られる様に、「発達障害」を持つ者として描かれているし、更にイエローは、LGBTにして過去に薬物使用歴があり、家族からも「また薬物をやっているのでは?」と、腫れ物に触る様な扱いを受けている!

(c)2017 Lions Gate TM&(c) Toei & SCG P.R.

それでは、何故これ程までに正義のヒーローたちが、現実社会から受け入れられない存在として描かれているのだろうか?

実はこれこそが、今回の映画版において注目すべき重要な要素であり、ここ最近の日本での「戦隊物」には稀薄になってきている要素なのだ。(但し、ライダーにおいては別)

今回、現代のアメリカの若者が直面している、様々な現実的な問題を主人公達に反映させたことにより、本作は多くの観客に勇気と希望を与えることに成功している。

社会からドロップアウトしたり、周囲に上手く溶け込めない主人公達だが、実は彼らを一番見捨てているのは、自分自身そのもの。そんな彼らがもう一度自分で自分の可能性を信じるためには、やはりそれ相当の葛藤や苦悩が必要な筈。そう、直ぐに変身して外見だけヒーローになるのではなく、自身の力と使命の重さに気付き、その内面までもヒーローになるためには、これだけ丹念な日常描写の積み重ねが必要なのだ。

(C)2016 Lions Gate TM&(c) Toei & SCG P.R.

残念ながらテレビシリーズでは、こうしたドラマ部分が続くと子供達がチャンネルを変えてしまうため、どうしてもコメディや戦闘シーンを頻繁に入れざるを得ない。しかし今回の映画版ではテレビと違い、そうした部分を妥協せず描き切ることで、見事にラストの大決戦に繋げている。こうした製作陣の志の高さと勇気にこそ、心からの拍手と感謝の気持ちを贈りたいと思う。

ただ、残念ながら日本の心無い観客からは、「戦闘シーンが少ない」とか、「変身シーンまでが長い!」とか、「巨大ロボの合体シーンを見せろ」など、全く的外れの意見を浴びせられてしまっている本作。当然ネット上の感想やレビューにも、不当に過小評価されている物が目立つ。

これからご覧になる方は、是非そうした一部の意見に惑わされること無く、日本とは異なる独自の進化を遂げた『パワーレンジャー劇場版』として評価して頂ければと思う。

(c)2017 Lions Gate TM&(c) Toei & SCG P.R.

最後に

残念ながら早くも公開2週目にして、多くの劇場で上映回数が激減してしまっている本作。

日本発の「戦隊物」が、アメリカに渡って早や24年。遠い異国で独自の進化・成長を遂げ、これ程に現実的で重い問題を扱うまでに成熟した今回の『パワーレンジャー』が、何故日本でこれ程までに不当に過小評価されているのか?

前述した通り、本作の主人公達は10代の若さにして、もはやこれから先の人生に夢も希望も見出せない5人の若者。生まれた町を出て再出発出来たら・・・、そう思いながら暮らしている弱い若者達だ。

しかしその方法も能力も無いまま、日々の生活に流され惰性で生きる彼らが、遂に得た無限のパワー。やっと自分を縛り付ける町から抜け出せる力を得た彼らだったが、最終的に選択したのがその町を守ること!

自分達の居場所が無かった町を守るため、あまりに巨大過ぎる敵に立ち向かうパワーレンジャーたち。一度は命を落とした者、家族を守るために立ち上がる者。あれ程自分達に冷たかった町を、命をかけて守るまでに成長した彼らの姿には、恥ずかしながら感動すら覚える程だ。

アメリカにおける現代の若者が直面している、様々な現実的問題を扱いながら、全ての若者に再スタートの機会と生きる希望を与える本作の内容こそ、正に真のヒーローの姿を描く物だと言えるだろう。

ただ単にカッコいいスーツや変身ポーズ、巨大ロボの合体や各レンジャーの名乗りポーズを期待する、ある種の観客には、こうした「丹念な積み重ねによる登場人物への感情移入」も、残念ながら「退屈で長い!」そう判断されてしまっている様だ。

だが、本作に描かれているのは、紛れも無く真のヒーローの姿!自分を犠牲にし傷つきながらも、人知れず「人々を守るために闘う」その姿こそ、日本が忘れつつある「ヒーローの原点」であり、24年という歳月を経て遂にアメリカがそこに到達したことに、我々日本人は驚き拍手喝采すべきでは無いのか?

アメリカにおける『パワーレンジャー』文化、その歴史と独自の進化までの長い道のりを理解してから見れば、本作の真の価値とその重要性が判って頂ける筈だ。残念ながら劇場によっては、既に早朝の1回限りの上映となっている所も出て来ている本作。

今はただ、あまりにも過小評価されているこの傑作が、一人でも多くの観客の目に留まることを願うばかりだ。

(文:滝口アキラ)