本日8月4日は原作者松本清張の没後25周年の日でもあります。それに合わせて今回の《金曜映画ナビ》は、不朽の名作『砂の器』をご紹介します!

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そういえば、このところ、映画音楽を生演奏しながら映画を上映するシネマライヴ、もしくはシネマ・コンサートといった形式の催しが増えてきています。日本でもすでに『ゴジラ』(今度の東京国際映画祭でもやりますね)やチャップリン作品などの名作や、『ガールズ&パンツァー劇場版』みたいなアニメ映画も大好評でした。

そして8月12日と13日には、映画『砂の器』のシネマコンサートも東京・渋谷Bunkamuraオーチャードホールにて開催されます。(詳細はhttp://promax.co.jp/sunanoutsuwa/まで)

ただしこういったイベント、作品を何度も見ている方にとってはワクワクものですが、未見の方には幾分敷居が高いかもしれません。ならば、先にきちんとその映画を見ておいて、いかにシネマコンサートに適した作品であるかを確認してみるのも一興でしょう。

人間の「宿命」とは何か? をディスカバー・ジャパン的情緒で描出

今更ながらに『砂の器』とはいかなる映画かを記していきますと、松本清張の同名ミステリ小説を原作に、名脚本家・橋本忍が長年映画化の構想を抱き、10数年の歳月を経てようやく実現。松竹映画の巨匠・野村芳太郎監督がメガホンを取り、日本の四季折々の風景をじっくり捉えたディスカバー・ジャパン的情緒を盛り込みながら、人間の「宿命」とは何かを問うていく作品です。

あるひとりの老人が東京で殺されます。最初、身元が分からず、ただ彼が生前言い漏らしていたという「カメダ」という方言のような言葉を頼りに、ふたりの刑事(丹波哲郎&森田健作)が地方を捜査していきます。

やがて言語学者などの指摘で「カメダ」の正体を突き止め、老人の身元も確認。しかし生前の若き日に警官だった彼(緒形拳)は、逮捕した者からも感謝されるほどの人格者であり、誰かに恨みを買われるような人ではないと、皆が口をそろえて断言するのでした。

一方、捜査の過程で刑事たちはひとりの作曲家・和賀英良(加藤剛)とすれ違います。

和賀はこのところずっと《宿命》という名の現代クラシック曲を作曲していました。そしていよいよコンサートが開催される日、全ての真相が明らかになっていきます……。

映画の前半は、ふたりの刑事が地道に日本全国を駆け回る捜査の過程を淡々と描いていきます。実際に捜査とは、こういったコツコツ小さなことの積み重ねであると言わんばかりの丁寧な描写は、やはり松本清張原作で犯人の愛人をふたりの刑事がひたすら見張り続ける野村監督の出世作『張り込み』を彷彿させるものもあります。

そして後半、和賀のコンサートによって奏でられる壮大なる《宿命》の楽曲に乗せて、演奏風景と捜査会議、そして幼き日の和賀と父親の旅の回想、この3つが大きく錯綜しあいながら、事件の真相はむろんのこと、人が生きていく上で絶対に贖いきれない“宿命”の絆までもが描出されていきます。

アメリカ映画などでよく「運命は自分の意思で変えられる」といった力強いメッセージが放たれることがありますが、日本映画『砂の器』では「どうしても自分の意思で変えられないもの」=「宿命」といったものに人はいかに対峙していけばいいのかが示唆されているようにも思えます。

映画の後半、台詞は極力抑えられ、《宿命》の音楽と日本映画界が誇る名キャメラマン川又昂の見事な映像美によって、その示唆には有無をも言わせぬ理屈を超えてた説得力が生まれ、見る者すべてに己が生きていく上で決して逃れられないものとは何か? を自問自答させていきます。

YouTube冒頭映像

「原作を越えた」と原作者に言わしめた後半部の見事な音楽の構築

もともとミステリ小説であった原作では、和賀が携わる音楽ジャンルは電子楽器という、当時としては最先端な形態のものでしたが、橋本忍はこれを現代クラシックの作曲家という形に変え、それによって映画の後半を壮大に奏でることを可能としています。この改変によって、松本清張からは「原作を越えた」と言わしめ、またその後『砂の器』は幾度もテレビでドラマ化されていますが、いずれも後半部はこの映画版に倣ったものになっているのも興味深い現象です(たまには原作通りにやってみるのも面白そうな気もしますけどね)。

映画『砂の器』の音楽そのものは、『影の車』『八つ墓村』『鬼畜』など野村監督と名コンビでもあった作曲家・芥川也寸志(芥川龍之介の実子でもあります)が音楽監督に専念すべく、《宿命》の楽曲を菅野光亮に作曲させ、それを基に芥川がシーンに応じて音楽処理していく方式が採用されています。(芥川はこの後も野村作品『事件』『震える舌』などでこの音楽監督方式を実践しています。また菅野光亮はこの後映画音楽を多く手掛けるようになり、野村作品『真夜中の招待状』や、その弟子・三村晴彦監督の『天城越え』、そして五社英雄監督の『雲霧仁左衛門』『鬼龍院花子の生涯』といった話題作を手掛けました)

ちなみに『砂の器』はこれまでに《ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」》と《映画オリジナル音楽集》と2枚のサントラ盤が発売されています(江角英明がナレーションを担当したダイジェスト・ドラマ盤も存在します)。前者は文字通り映画後半を盛り上げる《宿命》完全版で、後者はそれを基にシーンごとに割り振られた短い楽曲などを羅列したもの。映画をご覧になった後で双方を聴き比べると、また映画音楽そのものの手法や面白さなどが理解できることでしょう。

キャストの名演も忘れてはいけません。主演の刑事を演じる丹波哲郎の貫録、その相棒の森田健作の若々しさ、作曲家・和賀役の加藤剛の張りつめた心の体現、彼の情婦として悲劇的運命を迎える島田陽子の初々しさ、そして緒形拳と加藤嘉のインパクトに関しては、未見の方のためにここでは何も申し上げないほうがよろしいでしょう(ご覧になってる方は、みなさん頷替えることと思います)。あと個人的には映画館の館主役で渥美清が出演しているあたり、どことなくほっこりします。『男はつらいよ』シリーズの印象が強い彼ですが、一方では『拝啓天皇陛下様』や『八つ墓村』など数々の野村作品でも名演を遺しているのでした。

いずれにしましても、今から40年以上前に作られた日本映画が、シネマコンサートという形で新たに蘇る。それほどまでに優れた画と音の融合がなされた作品が『砂の器』といっても過言ではありません。

コンサートに行かれる方も、行けない方も、また未だにこの作品を見たことがないという若い世代の方も、この機にぜひ、文字通りの永遠不朽の名作に触れてみてはいかがでしょうか?

「魂を揺さぶられる」とは、まさにこの作品のために存在する言葉であります。

[この映画を見れる動画配信サイトはこちら!](2017年8月4日現在配信中)b_hulub_netflixb_amazonb_rakutenb_itunesb_googleplay

(文:増當竜也)