■高級車だけでなく、スポーツカーやファミリカーなど多種多様なクルマが登場

●後半は空前のバブル期の到来とともに「ハイソカー」や「シーマ現象」ブームが誕生

1970年代は排ガス規制などの対応に注力し、クルマの性能が犠牲になった一面がありました。規制対応に目途が立ち、1980年代は再び高機能化と高出力化が進み、走行性能を向上させた時期です。

規制対応で停滞した性能を復活させた1980年代のクルマと自動車産業について、解説していきます。

●空力が注目され高性能化が進んだ1980年代

1970年代の自動車メーカーは、排ガス規制対応や安全対応、またオイルショックによる燃費改良などクルマの走りより環境対応技術を優先させました。その結果、1960年代に登場した高性能のスポーツタイプのクルマは影を潜めました。

1980年代は、1970年に停滞した走行性能を再び復活させた時代です。

走行性能を向上させるには、エンジン出力を上げることが効果的ですが、空力を追求したクルマも数多く出現しました。空力を改善すれば、走行性能と燃費の両方が改善できます。

1982年、アウディ100が空気抵抗の少ない車体表面「フラッシュサーフェスボディ」を実現し、その後多くのモデルで採用されました。

また、空気抵抗の減少を狙って開発された「リトラクタブル・ライト(格納式ヘッドランプ)」は、1980年代に日本で流行りました。もともとは、スーパーカーなど超高速で走行するモデルを中心に採用されましたが、日本ではファッション目的でトヨタ・スプリンタートレノほか大衆セダンにも装着されました。

1980年代アウディ・クワトロは、スポーツ走行のための4WD技術を確立しました。従来のオフロード走行だけでなく、雨や雪道の走破性、高速の走行安定性など市街地走行からスポーツ走行までオールマイティな走りを実現しました。

安全性については、エアバッグやABS(アンチロック・ブレーキシステム)が徐々に普及し、操縦安定性の高いマルチリンク式サスペンションが登場したのも1980年代です。

●代表的な外国のモデル

1980年代を代表するのは、1980年のアウディ・クアトロと1982年のアウディ100です。

スポーツ4WDを確立したアウディ・クワトロは、WRC参戦2戦目で初優勝し、長くWRC王者に君臨しました。アウディ100は、空力を重視した乗用車として注目されました。

アウディ 100
アウディ 100 (写真:Audi AG)

1983年発売のメルセデスベンツ・190クラスは、世界初のマルチリンク式サスペンションを採用しました。その品質の高さと安定感のある走りは、際立っていました。

1984年のフェラーリ288GTOと1986年のポルシェ959は、当時の代表的なスーパースポーツカーです。

●代表的な日本のモデル

1980年発売のマツダ・ファミリアは、親しみやすいスタイリングと操作性の良いFFが特長で、若者やファミリー層を中心に人気を博しました。

マツダ・ファミリア
マツダ・5代目ファミリア(写真:マツダ)

1984年のトヨタ・MR2は、1.6Lクラスの小型ながらミッドシップを採用して話題になりました。操安性に優れた手頃な価格のスポーツカーとして、若者に人気を博しました。

1980年代後半は、日本ではバブル期全盛で1988年の日産・シーマ、1989年のトヨタ・セルシオなどの高級車が登場し、さらに日産・スカイラインGT-R、ライトウェイトオープンスポーツのマツダ・ロードスターが発売されました。「ハイソカー」や「シーマ現象」という流行語が登場して、高級車がもてはやされました。

日産スカイライン・GT-Rは、バブル期を象徴するように専用設計のエンジンと最新の電子デバイスを搭載した、クルマ好きの憧れのクルマでした。実力的には300PSを出力するポテンシャルを持っていましたが、運輸省の行政指導で280PSに自主規制されたと言われています。

1980年代の主要なモデル
1980年代の主要なモデル

1980年代は、空力が重視されてシャープなスタイリングが好まれました。また、排ガス規制対応に目途が立ち、高機能と高出力志向が復活した時代でした。

日本では、1980年代後半に空前のバブル期になり、高級車やスポーツカー、ファミリカーなど多種多様なクルマが登場しました。

(Mr.ソラン)