■SIP自動運転の中間報告会に潜入

最近よく耳にする「自動車の自動運転」という言葉。クルマが自分で走るということは分かりますが、実際にどんな技術を使って、どのようなカタチで私たちに便利さや楽しさを与えてくれるのかは、まだ今ひとつピンときませんよね。

実は、日本では今、国の府省庁や民間企業、大学などの研究機関が連携を取りながら、自動運転に関する技術開発や実証実験、社会実装(実用化)などを進める国家プロジェクトがあることをご存じですか?

内閣府が主導で行っている「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」がそれなんですが、3月25日〜26日に東京臨海副都心のTFTビルで、その活動内容などを紹介した「SIP第2期 自動運転 中間成果発表会」が開催されました。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
国際モータージャーナリストでSIP推進委員会にも所属する清水和夫さん

SIPが自動運転で目指す方向性や現在までの成果、進捗などが、分かりやすくパネルなどで解説されていたのですが、このイベントには国際モータージャーナリストで、SIPの推進委員会に所属する清水和夫さんも参加。開催中のお忙しい合間をぬって、主なポイントについてレクチャーして頂きました。

現在、日本はクルマの自動運転についてどんな技術を開発しているのかや、どのように実用化されていくのかなど、ちょっと難しいけどためになる「自動運転の今」についてご紹介します。

●SIPとはどんなプロジェクトなのか?

最初にちょっと予備知識をご紹介します。SIPは、研究開発から実用化・事業化までを目指す産学官連携、府省連携のプロジェクトです。2014年に始まった第1期では、テーマ名を「SIP自動走行システム」とし、自動運転に必要な高精度3次元地図の構築と配信や、車両のサイバーセキュリティ評価手法の確立など、技術開発を中心に活動を行ったそうです(高精度3次元地図や車両のサイバーセキュリティについては後述します)。

そして、2018年からは第2期がスタート。テーマ名を「SIP自動運転(システムとサービスの拡張)」に変更し、技術開発中心から自動運転の実用化に向けたシステムの進化とサービス拡張のフェーズに移行しています。現在では、東京臨海部及び中山間地域で、様々な事業者や自治体の参加による実証実験を行うなどで、社会実装に向けた取り組みを行っています。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
SIPでは、一般のオーナーカーと物流/移動サービスの両面で、自動運転の実現に向けたアプローチをしています

そんなSIPには、現在、特に重要課題と定めている4つのテーマがあるそうです。清水さんには、それらテーマについて解説をお願いしました。

●ダイナミックマップ

まずは、ダイナミックマップから。なにか地図データのようですが、どんなものなのでしょうか?

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
ダイナミックマップのイメージ(出展:SIP)

清水:「自動運転車は、精度が高い地図がないとうまく走れないのです」。

自動運転のクルマには、よくカメラやミリ波レーダー、赤外線を使ったLiDAR(ライダー)といったセンサ類が搭載されていて、それで道路や周りの建物などを認識すると聞いたことがありますが、それだけじゃだめなんですね。

清水:「自動運転車は、そういった自律系センサからの情報と、高精度3次元地図のデータを合わせることで、初めて自車の位置を正しく推定できて、安全でスムーズな走行を可能とします。
よく自車位置の把握にはGPSが必要だといわれますが、日本ではトンネルや山、坂など、GPSでは(衛星からの信号などが届かず)自動車の位置を補足できない場所も多い。そのため、国内ではGPSはあくまでサブシステムとして使うという考え方が主流です。
ちなみに、自動運転レベル3を実現したホンダの新型レジェンドや日産のプロパイロットにも高精度3次元地図が使われています」。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
自動運転車は高精度3次元地図データと搭載したセンサの情報で自車位置を把握します(出展:SIP)
日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
自動運転レベル3を可能にする「Honda SENSING Elite」を搭載した新型レジェンド

現在、日本の高速道路や自動車専用道路を全て網羅しているという高精度3次元地図は、道路の区画線や路肩縁、道路標識など、2次元の地図にはない詳細な情報が入った地図データのことだそうです。

作成には、カメラとレーザーセンサを搭載したクルマを実際に道路で走らせて、ベースとなる点群データを収集するため、膨大な時間や労力が必要。今後は、一般道のデータも作成が予定されています。

清水:「将来的には、この高精度3次元地図に、信号の情報や、例えば大雨が降った時の冠水情報など、様々な時々刻々と変化するデータを加えることが研究されています。それが、ダイナミックマップです。
高精度3次元地図という『静的情報』に、インフラからの交通規制などの情報といった『純静的情報』、交通事故の情報などの『準動的情報』、周辺車両情報などの『動的情報』をレイヤーのように重ねた高精度の地図データです。
インフラからの情報だけでなく、例えば道路にレンガが落ちているといった情報を自動車が見つけたら、後ろの自動車にもそれを伝えるといったことも考えられます。ダイナミックマップにより、自車の位置や周囲の状況を、より高精度で、切れ目なく把握できるようになるのです」。

なお、信号機からの情報を取り入れた自動運転車の実証実験については、金沢大学と中部大学、名城大学が共同で、お台場などがある東京臨海部で行っています。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
金沢大学と中部大学、名城大学が共同で行っている実証実験用のレクサス

レクサス RXに、カメラやミリ波レーダー、LiDARといったセンサを搭載した実証実験車両に、信号機からの情報を無線で送信。自動運転レベル4(限定領域内でシステムが全て自律走行を実施)が、よりスムーズにできるための研究などを行っているそうです。

清水:「例えば、自動運転車の前にトラックが走っていると、(目となるカメラが)信号機を見ることができない場合もあります。
また、カメラの周波数は関東では50ヘルツですが、これは人間の目でいえば1秒間に50回の瞬きをしていることと同じ。人間の目では見えている信号機の青や黄、赤といった灯火色が、カメラの映像をパソコンなどで見ると消えて見える場合もあり、自動運転車は安全な自律走行ができません。信号機からの情報は、そういった課題を解決するためなどに使われています」。

●センサシミュレータ

次は、センサシミュレータ。何かをシミュレーションすることのようですが……。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
雨や逆光などでもセンサがきちんと「見ている」かをシミュレーションで評価(出展:SIP)

清水:「今、自動運転車にはカメラやミリ波レーダー、LiDARという、3種類の性質が異なるセンサが使われていて、それぞれの特徴を活かして自律走行を行うシステムになっています。
なぜ、3種類のセンサを使うかというと、例えば逆光や雨など、それぞれに苦手な状況や場所などがあるからです。そのため、それら3つのセンサからの情報をフュージョンすることで、より正確な情報を入手する必要がある。
そのため、それら全てが本当にちゃんと見えているかという安全性の評価も大切で、各種センサを同時にテストする必要があります。ですが、それを(テストコースや実証実験を行う道路などの)実環境で行うと、試験にかなり手間や時間、コストがかかる。そこで、シミュレーションを活用した安全性評価環境の構築を行うというのが、DIVP®(Driving Intelligence Validation Platform)コンソーシアムです」。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
LiDARのシュミレーション

現在、このコンソーシアムには、8つの民間企業と2つの大学が参画し、シミュレーションに関わるツールやインターフェースなどを開発中。将来的には、自動車メーカーやサプライヤー間でセンサシミュレータを共通化することで、業界全体としてレベルアップを図り、産業競争力の向上を目指しているのだそうです。

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●サイバーセキュリティ

今度は、自動運転車へのサイバー攻撃に関することです。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
IDSを装着するとハッキングされた時に検知することが可能

清水:「ダイナミックマップのように、通信で自動車へいろんなモノが繫がるようになってくると、ハッキングのリスクも増加してきます。このプロジェクトは、ハッキングで自動車のシステムに侵入されたかどうかを検知したり、対処するためのIDS(侵入検知システム)に関するプロジェクトです」。

今後は、まるでSF映画やアニメのように、自動運転車がハッキングされて暴走するなんてこともあるのでしょうか?

清水:「可能性としては十分にありえます。この分野は、特にアメリカが進んでいます。核保有国であるため、ハッキングされると国家存続の危機を招く危険性もあるなどで、危機意識が元々高い。最近はモビリティ分野でも、軍事技術などを活用しながら、ハッキングに対する対策を進めています。
その点、日本は元来サイバー攻撃に対する危機意識が低く、軍事技術もないため、アメリカほど進んでいないのが現状です。ですが、最近は日本でも、原子力発電所や金融機関などでハッキングが発見されたことが分かっています。もはや対岸の火事とはいえないのです。
IDSの概念を分かりやすくいうと、例えば、家に泥棒が入ったら、畳の上に足跡があるとか、鍵が壊されているなど痕跡が分かりますよね。自動車の場合もそれと同じで、
1. まず自動車のシステムにハッカーが侵入したかどうかを見つける
2. もしハッカーが入ったという足跡があれば、何が盗まれたのかが分かる
3. その後、どうやって防犯すればいいのかが分かる
このプロジェクトは、そういったサイバー攻撃の検知・対処を行う車載IDSについて、よりよい評価観点、評価方法などを検討しています」。

●交通関連データをアプリなどで活用

SIPの重点テーマ4つめは、世の中にある膨大なデータ、いわゆるビッグデータをどう使うのか?といった新しいデータ連携の仕組みについてです。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
様々なデータを連携することで、生活をより豊かにするのがSociety5.0

清水:「日本には、様々なデータがありますが、実は全てのデータについては誰も知らないんです。各府省庁が持っているもの、各企業が持っているもの、今まではそれらはほとんど連携していなかった。
一方、これからの社会は、Society5.0といって、通信などを使ったIoT(Internet of Things)を駆使し、フィジカル(現実)空間からの情報をサイバー(仮想)空間へ集積し、それら膨大なデータをどう使うと、我々の生活がより豊かでうれしくなるかが求められてきます。このプロジェクトは、モビリティ分野のデータをどんな仕組みで連携させ、どう活用していくかを検討するものです。
その一例として実施したのが、KYOTO楽Mobiコンテストです。日本を代表する世界的な観光都市である京都を対象地域とし、様々な交通環境情報(交通・物流・施設等に関するデータ)を使って、主に観光客向けのアプリを一般から公募しました。
特に、海外からの旅行者、いわゆるインバウンドの方々は、京都に土地勘や地元情報に詳しくないため、(観光スポットなど)行きたい場所へどのようにいけばいいのか分からない。そういったことを、スマートフォンのアプリを使って簡単にできるようなものを作ってもらいました」。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
左が「(仮)京都観光アシスト」、右が手ぶらで歩きたくなるアプリ-Teburan-」のイメージ(出展:SIP)

ちなみに、コンテストは、2020年10月17日(土)に最終審査会、2020年11月7日(土)に表彰式を開催。アプリ開発部門 最優秀賞「歩くまち・京都賞」には、「(仮)京都観光アシスト」が受賞。特徴は、出発地点と出発時刻、周遊する観光スポット、滞在時間を入力すると、バス・電車の乗り換え時刻と歩行ルートが表示されるなどの機能があることです。

また、アプリアイデア部門 最優秀賞「SIP自動運転賞」には、「手ぶらで歩きたくなるアプリ-Teburan-」が受賞。手荷物を預けるサービスのほか、観光資源の位置情報と混雑統計データから「隠れた観光スポット」をリコメンドする機能などが評価されました。

なお、このプロジェクトでは、ほかにも交通環境情報を集約したポータルサイト「MD communet」も立ち上げて運営しているそうです。

このサイトでは、高精度3次元地図データをはじめとする地理系データや、民間企業が持つ交通系データなどと連携し、データの検索・発見だけでなく、データを提供したい人と利用したい人をマッチングさせることで、MaaSや物流、防災といった花広い分野での新しいサービスの創出を支援していくそうです。

[nextpage title=”中山間地域の移動サービス”]

●中山間地域の移動サービス

今回の中間発表会では、清水さんに解説して頂いた重点テーマ以外にも、SIPの自動運転に関する様々な取り組みが紹介されました。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
ヤマハ製カートなどを自動運転仕様にして実施

例えば、高齢化が進行する中山間地域で、道の駅などを拠点に自動運転車を使った送迎サービス。そういった地域では、バスや電車などの公共交通機関がないところも多く、免許返納でクルマに乗らなくなった人もいるため、住民の生活の足を確保する方策のひとつとして実施されています。

2021年2月末現在で、北海道や秋田県、長野県など全8ヵ所で行われている実証実験では、買い物や病院などへ行くための交通手段として自動運転仕様にしたヤマハ製カートなどを使用、道の駅を離発着場としています。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
道の駅「かみこあに」(秋田県北秋田郡上小阿仁村)の導入例(出展:SIP)

自動運転車のカメラやセンサーは、雪や雨などが降ると安全な走行ができない場合もあります。特に、雪深い北海道や東北などでは、冬の時期には運用が難しくなります。その対策として、ルート上の道路に電磁誘導線を埋め込み、自動運転車は磁気を検知して走行することで、雪の中でも自律走行を可能としているそうです(実証実験では、法律の規定や安全確保のためにドライバーが乗っています)。

●視野障がい者への運転能力評価

ほかにも、特に面白かったのが、視野障がいを有する人の運転能力を評価するために開発が進んでいるシミュレータです。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
視野障がいの可能性を評価するために開発されたドライビングシミュレータ

視野障がいとは、高齢者に多い緑内障などで視野が狭くなる疾病のこと。最近では、この障がいを持つ人がクルマを運転すると、道路の脇から飛び出してくるほかのクルマや歩行者などが見えず、事故に繫がるケースも多いことが分かってきたそうです。

名古屋大学が開発したシミュレータは、VRゴーグルを装着し、リアルな映像を見ながらクルマに乗ってどこを見ているかを検知するといった仕組みになっています。見通しが悪い交差点でクルマが出てきたり、道路脇から歩行者が急に出てくるといった映像を見せて、被験者がそれらをきちんと目で見ているのかを調べます。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
道路脇から飛び出そうとする歩行者などを見ているかをチェック

現在、このテストは2つの医療施設で運転外来として実施しているそうです。また、将来的には、例えば自動車ディーラーなどに設置し、車検を受けている待ち時間などに高齢者などにやってもらったり、運転免許試験場に設置し免許更新の際にテストしてもらうことなども想定されています。

視野のテストは、できるだけ広く、多くの人に実施してもらうことが重要だそうです。早期発見すれば、眼科で治療を受けることもできますし、高齢者などで症状が重い場合は免許の返納をすすめたり、クルマに乗り続ける場合は自動ブレーキ付きモデルに変えることを提案するなど、様々な予防策が可能だからです。

さらに、視野テストのデータは、自動運転車が安全性を高めるための技術開発などにも活用できるといいます。

日本が進める自動運転の今を清水和夫さんが解説
被験者はVRゴーグルでリアルな走行を体験

ちなみに、名古屋大学と共同でプロジェクトを進めている筑波大学では、もし視野障がいがあったら、どれだけ運転がしづらいかが分かるシミュレータを開発。視野障がいを持つ人がクルマを運転した場合を疑似体験してもらうことで、いかに運転が危険なのかを啓蒙することが目的だそうです。

なお、この「SIP 第2期 自動運転 中間成果発表会」は、2021年4月30日までオンラインで開催中です。興味がある方は、ぜひ一度のぞいてみてはいかがでしょうか。

(文:平塚 直樹)