野菜を買うだけじゃない、直売所のこと

下田での暮らしがスタートして約4か月。いつか民宿をやってみたいと考えているフォトグラファー徹花さんの日常の楽しみのひとつが、直売所で買い物をすること。その日採れたばかりの地の野菜が並ぶ直売所はまちの人たちの情報交換の場にもなっているようです。今回は、そんな徹花さんお気に入りの直売所のお話です。

下田のお気に入りの直売所〈旬の里〉

下田で暮らし始めて、およそ4か月。

いろんなことが少しずつ落ち着き始め、日常となりつつあります。夫は新しい仕事が見つかり、先月から働き始めました。平日は看板をつくり、ときどき民宿や飲食店のお手伝いをするなどして、下田の生活を柔軟に楽しんでいます。

娘も新しい保育園に慣れ始め、お互いの家を行き来できるような友だちもできました。

7月に入ると気温が一気に上がり、いよいよ夏本番という雰囲気です。週末は家族3人で近所の海に出かけ、海水浴を楽しんでいます。娘の肌はもうすでに小麦色、この勢いでひと夏越えたらどうなってしまうのか……、と少々心配です。

最近購入したゴムボートではしゃぐ父娘。我が家から徒歩圏内にある外浦海岸は波が穏やかで、子連れでも安心して遊ぶことができます。

そうした日々のなかで私が楽しみにしているのが、直売所にいくことです。下田にはいくつかの農産物直売所が点在していて、採れたての野菜や果物をとても安く買うことができます。

近所の方にお野菜や果物をいただいたり、自分たちでも少しずつ菜園を始めていますが、直売所でつやつやの野菜を目の前に「晩ごはん何にしようかな〜」と考える時間も、やはり楽しいものです。

ついうれしくなってしまい、あれもこれも手を出したくなるのですが、ここはぐっとがまん。

せっかくその日に採れたものが近所で手に入るのだから、その日に食べられる分だけ買うようにしています。友人や家族が下田に遊びにくるときも、買い出しをするのは当日の朝。せっかくだったら、その日に採れたものを食べてほしい。

先日遊びに来てくれた友人に、ごくごくシンプルな味つけで振る舞うと「野菜おいしいね〜」と喜んでくれました。脱線しますが、自分のつくった料理を誰かにおいしいと食べてもらえること。これは、私にとって特別に幸せな時間です。いつか民宿か飲食店をやってみたいと、下田の食材を前にあらためて感じています。

我が家の菜園、トマトも少しずつ大きくなってきました。赤く色づいたトマトを見つけるたびに、娘は喜んで摘みにいきます。

直売所で購入した朝採れのとうもろこしやトマト。水分をたっぷり含んでいて、それはそれは甘くておいしいのです。

調べてみたところ、下田には4軒の農産物直売所があるようです。生産者さんが農産物を直接持ち込むかたちで運営されているのは、〈季ごころ〉、〈旬の里〉、〈きまぐれ売店〉の3軒。

季ごころは、以前この連載でご紹介した、海水を薪で炊き上げて塩造りをしている村山さんと出会ったお店です。

そのほかに、JAの直売所〈伊豆太陽農協直営店 JA直売センター〉があります。

隣の南伊豆町には大きな直売所〈湯の花〉があります。休日には駐車場が満車になる人気店です。

いろんな直売所を渡り歩いたのち、最近よく通うようになったのは〈旬の里〉というお店です。

大型店に比べると小振りなので、肩の力を抜いてふらっと寄れます。農産物の種類も大型店だと多すぎて迷ってしまうし、小さい店だと少なくて少し物足りない。旬の里の規模が、私には心地よく感じられます。

買い物をする以外にも、私が直売所で楽しみにしていることがあります。それは、従業員の方にいろいろ教えてもらえること。地元出身の従業員の方々はみなさん農産物に詳しく、都会育ちの私には頼れる存在です。

6月のある日、いつものように旬の里へ行ってみると、店中に甘い香りが漂っていました。その香りの主はというと、ずらりと棚を埋め尽くした梅。

我が家でも、数年前から梅干しを漬けています。昨年までは東京の自然食品店で購入していましたが、今年はせっかく下田に住んでいるのだから地元の梅で仕込んでみたい。そうして心待ちにしていた梅が、いよいよ出回り始めたのです。

けれど、この時期棚に並んでいるのは青い梅ばかり。梅干しに適しているのはもっと熟した黄色い梅なのですが、翌週になっても完熟した梅がなかなかお目見えしません。不安になってお店の方に聞いてみると、

「この青梅買って、2、3日転がしとけばいいのよ」

え! 知らなかった。いままでは完熟の状態になったものを購入していて、そんなことすら知らなかったのです。

では、青い梅を買ってみよう。農薬不使用のものはありますか? とうかがうと、

「それもこれも使ってないと思うよ。この辺で農薬使ってるって……、聞いたことないけど?」

ここでは、梅に関しては無農薬という表示は特別掲げられていないのです。しかも南高梅1キロ300円前後と、私が購入していた東京の自然食品店と比べると3分の1の値段です。

「もともとここに住んでる人たちは梅の木が自宅にあるでしょ。みんな自分のとこで使った余りをこうして出荷したりするのね」

そうなのか。

都会で梅干しを漬けている人は少ないけれど、この辺の人にとっては当たり前なんですよね。

「うーん、そうね、みんなやるよね。だって、梅の木があるから仕方ないんだよね、採らないと」

まだ数回しか漬けたことのない私は、お母さんたちにどうしたってかなわない。

「できた梅酢にはね、生姜を漬けておくといいよ。紅生姜になっておいしく食べられるから」そう、まだまだひよっこの私はこれからいろんなことを覚えていけばいいんだ。

〈旬の里〉がにぎわっている理由

旬の里の開店は朝8時半。その時間が近づくと軽トラが次々と現れ、生産者さんが農産物を運び込んでいきます。

東京もんにしてみるとこうした光景はとても新鮮で、初めて目にしたときは心が踊りました。つくり手さんの顔が見えるこうした環境は、東京の暮らしと大きく変わった点です。生産者さんを見かけるとつい話しかけたくなります。

また脱線しますが、下田に住むようになって変わったことは、人によく話しかけるようになったこと。東京では知らない人に声をかけることはあまりなかったのですが、こちらに来てからは散歩しているおばちゃんと雑談したり、魚売り場で買い物をしているおばちゃんに調理法を聞いてみたり、知らない人にも自然と声をかけるようになりました。

そういえば、もともと自分から話しかけるタイプではなかった夫が、こちらに来てからすごく変わったな〜、と感じています。いつまでも干物やのおばちゃんと話してたりするので、「なんか、いいじゃないの」と微笑ましく思うのです。

話は戻り、そうしてこの旬の里でもいろんな方に声をかけてお話をうかがったりしています。

ある朝、軽トラックからにんじんを下ろしている男性を見かけました。黒く日焼けした肌が、いかにも熟練した農家さんという雰囲気です。そのにんじんは、とびっきり濃くてみずみずしいオレンジ色。

「おいしそうなにんじんですね〜、色がすごくきれい」と声をかけると、「おいしいよ〜、すごーく手間かけてつくってるんだから。農薬も使っていないし肥料も自分のとこでつくってるし、だからほかのにんじんより少し高いんだけど、絶対においしいから。にんじんジュースにしたらもう最高だよ〜」と、我が子を自慢するようにうれしそうに話してくれました。

その表情がとても溌剌としてすてきだったので、「写真を1枚撮らせてください」とお願いすると、「いやいや、絶対ダメダメ!」と恥ずかしそうに逃げられてしまいました、残念。

旬の里は、それぞれの生産者さんが自ら値段をつけて持ち込むという方法で運営されています。それによって市場に比べて手取りが何割も増える、そう話してくれたのは、なすやきゅうりを納品していた生産者さん。

「市場だとすごく安く買われてしまうでしょ。コンテナいっぱいのほうれんそうが全部で200円とかね」

え、そんなに安いんですか!?

大きく育ったきゅうりや曲がったきゅうりも市場に出すと二束三文となってしまうけれど、このお店ならそれなりの値段を自分でつけて売ることができるといいます。それによって無駄は減り、収入は増えるのだそう。

「農業って刺激があって楽しいんですよ。失敗があるけど成功もあるし、努力したら努力しただけ結果があらわれるし」農業は楽しい、そんな言葉を聞いたらなんだかうれしい気持ちになる。

「でも、それが生活に結びつかないと楽しくてもやっていけないんですよね。このお店ができていなければ、下田市の生産者は何割か減ったと思いますよ」なるほど、このお店はそうした役割も担っているのか。

つくる人と買う人、お互いの顔が見える直売所

この旬の里の成り立ちについて、あらためてお店の方にうかがってみました。この店が立ち上げられたのは、いまから20年前のこと。南伊豆や下田市の農家さん4人が発起人となり、この下田市河内という場所で直売所を始めることとなりました。

そのきっかけはというと、当時から地元生産者さんが抱えていた市場へ農作物を出荷することへの疑問。

「いくら自分が手塩にかけて丁寧につくったものでも、市場に出荷するのではその思いを伝えることができないんですよね」

せっかく手間ひまかけてつくったものなのだから、自分たちで値段をつけて売りたい。そうした思いから、この旬の里が立ち上げられたのでした。

「生産者にとって農作物をつくることは生き甲斐でもあり、喜びでもあるんですよね。だから、それを続けられたらいいですよね」

以前この連載で紹介させていただいた、外浦の海水を薪で焚き上げた村山英夫さんが作る塩も販売されています。

旬の里で出会った生産者さんが話していました。「市場に出荷するのだと買う側がどんな人か見えないんだけど、このお店だとお客さんの顔が見えるんだよね」

「つくり手が見えて安心して食べられるっていいでしょ。やっぱり人間は食べるもので生きてるんですから」

下田で暮らすようになって、野菜を手にしたときの感覚が少しずつ変わってきたように思います。買う側がつくり手を想像して、つくり手は買う側のことを想像しながらつくる。直売所のその密な関係は、心にも体にもよいのかもしれません。

information

朝獲り農産物直売所 旬の里

住所:静岡県下田市河内281-9

TEL:0558-27-1488

営業時間:8:30頃〜16:30頃

Web:http://syunnosato.com/top.htm

文 津留崎徹花

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。東京での仕事を続けながら、移住先探しの旅に出る日々。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。