自分の暮らすまちにごみが落ちていたら、率先して拾うだろうか。自宅の目の前は別として、自宅とは無関係の場所に落ちていたら、見て見ぬふりをする人も少なくないはずだ。

2017年4月に一部オープン、11月にグランドオープンした〈山町ヴァレー〉という観光拠点は、富山県西部の高岡市にある。高岡駅から山町ヴァレーに向かって歩くと、15分程度の移動時間だが、そのわずかな間にごみを拾う住人をふたりも見かけた。取材で話を聞いた山町ヴァレーの建築家も、取材後に近所を一緒に歩いていると、不意に身をかがめ、小さなごみを拾った。住民のまちに対する愛着を感じる瞬間だ。

その高岡の新たな拠点として、地域住人から期待を背負って誕生した観光拠点が、山町ヴァレーだ。木造3階建ての洋風建築と土蔵群を抱える元文具商の「旧谷道家」をリノベーションした施設で、2017年4月の一部オープン以来、来場者は累計で2万1000人を達成している。

新たな拠点の誕生で、周辺の通行人も目に見えるかたちで増えたという。今回はその山町ヴァレー誕生に深く関わるメンバーに話を聞いた。

「近所」の有志が立ち上げた、町衆文化の発信拠点

山町ヴァレーは、高岡の山町筋という通り沿いにある。一帯は重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、メインストリート沿いには土蔵造りの町屋、レンガ造りの洋風建築など、戦災を免れた明治、大正、昭和初期の建築物が多く残る。

1914年に建てられた大正時代の洋風建築。清水組の田辺淳吉が設計し、辰野金吾が監修。現在は富山銀行本店として使われている。

1914年に建てられた大正時代の洋風建築。清水組の田辺淳吉が設計し、辰野金吾が監修。現在は富山銀行本店として使われている。

山町ヴァレーから目と鼻の距離には、国の重要文化財である〈菅野家〉、築100年を超す土蔵造りの建築が見事な〈塩崎商衡(しょうこう)〉の本社があり、観光客の目を大いに楽しませるが、まさにその菅野家に暮らす菅野克志さん、塩崎商衡の代表取締役社長・塩崎吉康さんが、山町ヴァレー創設の中心メンバーだ。

菅野克志さんは、地元の〈高岡ガス〉の社長でありながら、高岡市の中心市街地活性化、まちづくりを行う〈末広開発〉の4代目社長に就任する地元の名士。一方、塩崎吉康さんは、「秤なら塩崎」と地元で名声を博す老舗企業の社長を務めながら、〈町衆高岡〉という会社を地元の有志と立ち上げ、山町ヴァレーの運営にあたる。

山町筋には、土蔵造りの町屋など古い建物が建ち並ぶ。

山町筋には、土蔵造りの町屋など古い建物が建ち並ぶ。

まずは菅野さんに、山町ヴァレー立ち上げの経緯を聞いてみた。

「山町ヴァレーのプロジェクトが立ち上がったのは、2014年12月。2012年か2013年くらいから、この建物は空き家になっていました。私も塩崎さんも近所に住んでいますから、『何とかしなければ』と気になっていたんです。当時、まちづくりに関係する人や行政の人との間で意見交換会を行っていたのですが、そのなかで高岡らしい町衆文化の発信をしていく拠点としてこの建物を活用しようという話になりました」

高岡らしい町衆文化とは、明治、大正、昭和にかけて、高岡の商人が最も商人スピリットを発揮していた頃の町文化。往時の活力や文化を取り戻したいと願いを込め、山町ヴァレープロジェクトが立ち上がった。

具体的な役割分担としては、土地を借り上げ、建物の部分を購入した末広開発が、2016年から2018年にかけて3年計画で建物を改修、その後の管理・運営も行い、一方の町衆高岡は、末広開発からの委託というかたちで、山町ヴァレー内で開催されるイベントの企画、立案、実行を通じてにぎわいをつくる役割を担ってきた。

「価値ある文化や建物を引き継ぐこと」が高岡らしさをつくり出す

山町ヴァレーは、木造3階の洋風建物が通りに面し、入り口を兼ねている。磨き込まれたガラス張りの引き戸から内部に入ると、リノベーション時にそのまま残したというモザイクタイルのオープンホールが広がり、その先には中庭が続いている。内部は開口部が限られているため、ほどよい暗さを感じるが、その先に中庭の明るい空間が続いているため、歩を進めるたびに光の変化が感じられて、心が躍る。

中庭に出ると、正面に改修された蔵が並び、旧谷道家の時代から残る庭木が空に向かって枝を広げていた。落ち葉の管理が大変だと町衆高岡の塩崎さんは笑うが、樹木が中庭に色彩と、空への広がりを与えている。

中庭は100平米(約30坪)という数値以上の開放感がある美しい空間。イベント開催のスペースとして、あるいは近所の子どもが安心して遊ぶスペースとして機能しているというが、山町ヴァレーのプロジェクトが発足した当時は、中庭も大変な荒れ方だった。また、現在はテナントが入居する蔵の改修作業も、「予期せぬ事態の連続だった」という。

町衆高岡のメンバーであり、ほかのチームと合同で山町ヴァレーの設計・施工を担当した建築家の大菅洋介さんに聞くと、蔵の維持管理の難しさはオープン後も続いたという。

オープン後の2017年から2018年にかけて大雪で軒が折れ、しっくいが割れ、土壁が流れて、壁が落ちた。聞いているだけでも絶望的な気持ちになってくるが、それでも山町ヴァレーの土蔵群、あるいは木造3階建ての建物には後世に残す価値があると大菅さんは確信する。

「山町ヴァレーの建築は僕と、同じ町衆高岡のメンバーである塚本英明さん、さらには〈GA開発研究所〉(高岡市)との3社合同で手がけています。僕はチームの中で一番若いので、どこまで意見が通ったかというと難しい面もあるのですが、僕が一番主張させてもらったのは、もともとあった建物を、なるべく残していくというスタンスでした」

「もちろん、予算的な意味もあるのですが、例えば中庭の蔵は、5つ並んで見えるという独特の価値があります。普通であれば、個々の家が長屋になっていて、ひとつひとつの蔵が見えるという景観。大きな家でもふたつ、3つのはず。しかし山町ヴァレーの場合は、隣接していた蔵を買い足したという背景もあり、5つの蔵が並ぶ景観を中庭越しに楽しめます」

通りに面した木造3階の建物も、もともとは大正時代に清水組が手がけた和風建築の建物で、昭和4年に洋風建築としてのリノベーションを経て、現代まで生き残ったという。今回のオープンで2回目のリノベーションということになる。

「こうした価値ある文化や建物を引き継いでいくという姿勢こそが、このまちらしさをつくり出していくのだと思います」

コンセプトを共有できるテナントが集結

山町ヴァレーの魅力は、建築上のおもしろさだけではない。富山で消費量の多い昆布の料理とクラフトビールを楽しめる〈CRAFTAN〉から、高岡の地場産業にして伝統産業の銅器の着色を行う〈Orii〉のギャラリーまで、本館と中庭の土蔵群の計8つのテナントに入居する各店のサービスも楽しみのひとつだ。通りに面した山町ヴァレーのロゴも、テナントとして入居するOriiが銅板に着色をして、新品でありながら時の経過を感じさせる見た目に仕上げた。

しかしこのテナント集めには大きな苦労があったと、町衆高岡の塩崎さんは語る。

「オープンに至るまでの期間は、テナントの募集が町衆高岡の主な業務でした。最初は口コミによる広がりを期待し、大きな説明会も2回か3回ほど行って、最終的にオープン後の2017年の暮れには入居者が全部決まったのですが、なかなか大変な作業でした」

テナントを見渡すと、どこか地域性を感じさせる入居者が多く、山町ヴァレー全体でコンセプトを共有しているような印象がある。上述したCRAFTAN、Oriiはもちろん、ご当地グルメの高岡グリーンラーメンを出す〈麺処 緑菜軒〉など、地元高岡、富山を感じさせるテナントばかりだ。募集には苦戦したと語るが、入居者選びの基準はあったのだろうか。

「非常に主観的で恐縮ですが、このまちにふさわしい人ですね」

余りに主観的すぎる基準だと塩崎さん自身も笑うが、具体的には山町筋というまちの価値や意味を理解してくれるうえに、山町ヴァレーで行うイベントを一緒に企画するなど、山町ヴァレー、さらには山町筋を盛り上げてくれるような事業者を期待したという。

高岡銅器が有名な高岡。さまざまな技法で銅器の着色を行う〈Orii〉の〈Orii garelly 八ノ蔵〉。(写真提供:Orii)

一方の菅野さんは、「山町ヴァレーに入る方は、完成された企業ではなく、ここをインキュベーター施設のようにして、新しく起業するような人に入っていただきたいという思いもありました」と補足する。

その願いと狙いの通り、現在では同じ目標を共有できるメンバーが揃った。月に1度ほどのペースで町衆高岡主催、あるいはテナント主催のイベントを積み重ねた結果、季節的な要因で落ち込みが見られた時期はあるものの、トータルで見れば来館者は着実に伸び、通行人の数にも変化がでてきているという。

「末広開発、町衆高岡、8人のテナント、地元の住人をうまく組み合わせて進んできた」という山町ヴァレーの存在感が、日に日に高まっている。

山町筋の魅力を高め、線を面に広げていく

しかし、山町ヴァレーにも課題はある。取材に先立って富山県内の20代、30代の十数名に山町ヴァレーの印象を聞くと、同じ県内であっても、高岡市を離れると認知度そのものが極端に低いという現状がわかった。今回の取材に同行してくれた富山市出身、在住のカメラマンも、山町ヴァレーを知らなかった。

訪れれば、とてもいい場所だとわかる。しかし、認知度が低い。この点を聞いてみると、「確かに、知られていない」と菅野さんは率直に認めた。だからこそ、地元FM局で露出を増やすなどの対策を行っていると塩崎さんは語り、大菅さんはSNSでの拡散にも課題があると教えてくれた。

コロカルニュースでも過去に登場した大菅さんの〈COMMA,COFFEE STAND〉は、山町ヴァレーの近所にある。オープンの時期こそ2014年と先行しているが、こちらは県内の若者の認知度も高く、休日にもなると若者でにぎわう。その理由を聞くと、「まだまだ」と謙遜するものの、SNSでの拡散が大きいと教えてくれた。だからこそ山町ヴァレーも、より若者にシェアされる仕組みが必要だと大菅さんは語る。

一方で末広開発の菅野さんは、山町ヴァレー単体の努力とともに、山町筋という線の魅力を高め、その線に厚みを加えて面に広げていく、より広域的なアプローチの必要性もあると話してくれた。

「この山町筋には、まだまだ大きな魅力ある空き家、空き店舗があります。すでに大菅さんのCOMMA,COFFEE STANDがあって、モノづくりの楽しさを体験できる〈はんぶんこ〉があり、古民家カフェの〈山町茶屋〉があって、菅野家もあります。もうそろそろ点ではなく線に近づいていると思いますが、山町ヴァレーを拠点にして、その線にどうやって厚みを加えていくかがポイントになっていくと思います」

山町筋に集まる人が増えれば、結果として「山町ヴァレーを聞いたことがある人も増える」と菅野さんは考える。その先に山町筋だけでなく、高岡全体、富山県の西部(呉西)の魅力度アップを見据えているという。

「まだまだやることはあるので、ステップアップしていきたい」

山町ヴァレーを拠点に、厚みのある魅力とにぎわいをつくり出し、観光客を楽しませる、その先に多言語化対応を行って外国人観光客も楽しませたいと、まちづくりを手がける会社の社長らしく、視野の広い展望を教えてくれた。

写真撮影で敷地内を歩いていると、印象的な場面があった。菅野さん、塩崎さん、大菅さんが自然なかたちで、テナントの入居者と名前を呼び合い、笑顔で言葉を交わしていた。

撮影後には菅野さんと塩崎さんが、テナントの〈Chuga〉というカフェに入り、打ち合わせに利用し始める。同店のオーナー小竹由佳さんは気さくな女性で、小竹さんが冗談を言うと、大菅さんが笑顔で突っ込んでいた。テナントと運営者との距離感の近さを感じる瞬間だ。

3人の近所に暮らしている住人なのか、通行人が山町ヴァレーの前を通り過ぎると、自然と挨拶や会話が始まる機会も多い。地元の住人たちとうまく力を合わせて進んできたという菅野さんの言葉に、説得力を感じる瞬間だった。

information

山町ヴァレー

住所:富山県高岡市小馬出町6

http://yamacho-valley.strikingly.com

writer profile

Masayoshi Sakamoto

坂本正敬

さかもと・まさよし●翻訳家/ライター。1979年東京生まれ、埼玉育ち、富山県在住。成城大学文芸学部芸術学科卒。国内外の紙媒体、WEB媒体の記事を日本語と英語で執筆する。海外プレスツアー参加・取材実績多数。主な訳書に『クールジャパン一般常識』(クールジャパン講師会)。大手出版社の媒体内で月間MVP賞を9回受賞する。

photographer pforile

Yoshiyasu Shiba

柴佳安

しば・よしやす●富山生れ富山育ち。高校生の頃に報道写真やグラビアに魅せられ、写真を独学で始める。富山を拠点に、人をテーマとした写真を各種の媒体で撮影。〈yslab(ワイズラボ)〉 主宰。