山々に抱かれた豊かな自然、健康長寿を育む食文化、首都圏からのほどよい距離感。そんな理由から「最も移住したい県」といわれる長野県。

地方暮らしやI・J・Uターンをサポートする〈ふるさと回帰支援センター〉の移住希望地域ランキングでは、2017、2018年と2年連続で長野県が1位。さらに宝島社発行『田舎暮らしの本』(2019年2月号)では、13年連続、長野県が1位をキープしています。

移住のきっかけは何だったのか、移住先でどんな日々を送っているのか。長野県のアンテナショップ〈銀座NAGANO〉を経由し、自分らしい信州暮らしを楽しんでいる移住者を訪ねました。

コワーキングスペース&カフェバー〈hammock〉を運営する松本大地さんの場合

長野県東北部に位置する東御(とうみ)市の「海野宿(うんのじゅく)」。新幹線や車での都心へのアクセスも便利で、観光地・軽井沢にもほど近い、江戸時代初期に中山道と北陸道を結ぶ北国街道の宿駅として栄えた宿場町です。いまなお伝統的な家並みが保存され、1986年には「日本の道百選」に、1987年には「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。

そんなまち並みの一角にある古民家を改修し、2018年にコワーキングスペース兼カフェバー〈hammock〉をオープンした株式会社〈La Terra〉代表の松本大地さん。東京でWeb制作会社を経営するなかで、長野県との2拠点生活を考えるようになりました。

「一番の理由は雇用ですね。IT業界のベンチャー企業はなかなか人材が定着しづらいので、会社として何かおもしろくて魅力的な取り組みが必要だと考えていました。それに、人材の奪い合いが激しい東京よりも、地方のほうが定着率がよいのではないかとも思いました」

そこで、大好きなスノーボードができて、妻の祖父母も暮らす長野県にサテライトオフィスを設けようと考え、利用したのが「おためしナガノ」という長野県の制度。

ITを活用した事業を行いたい人が最大約6か月間“おためし”で長野県に住みながら仕事をする機会を得られるもので、銀座NAGANOでの説明会に参加し、1年間考えた結果、応募を決めました。

「『おもしろそうだから長野県に行ってみよう』という熱が1年間冷めず、頭の中のイメージがよりリアルになりましたし、やはり行政が合同の企業説明会を開いてくれるといったバックアップがあることは、採用面でも心強く感じました」

おためし期間中は、東御市商工会内の事務所を借りて事業に取り組み、その縁から海野宿の古民家の紹介を受けることに。人が集まる場づくりにも興味があったことから、hammockのオープンに至りました。

古民家を改修した〈hammock〉。取材時はちょうど「海野宿ひな祭り」が開催中で、家々の軒先に古いひな壇が飾られていた。

古民家を改修した〈hammock〉。取材時はちょうど「海野宿ひな祭り」が開催中で、家々の軒先に古いひな壇が飾られていた。

「東京から来たIT企業が海野宿に事務所を構えるという話題づくりの面もありましたが、ここに来るからには地域に役立つことをすべきという思いが強くありました。住民も観光客も気軽に立ち寄れ、お茶やお酒が飲める場所がほしいという声が多かったので、それならカフェバーがいいかなと。コワーキングスペースは、自分たちの事業にも役立ちますしね」

観光客がほっとひと息つけるカフェスペース。

観光客がほっとひと息つけるカフェスペース。

オフィススペースでは自社スタッフのほか、コワーキング利用者も。制作スタッフは長野県で採用し、ゼロからWebデザイナーとして教育した4人が勤務している。

オフィススペースでは自社スタッフのほか、コワーキング利用者も。制作スタッフは長野県で採用し、ゼロからWebデザイナーとして教育した4人が勤務している。

2拠点での事業展開は、いろいろな変化をもたらしました。

「長野県で行政関連の仕事ができ、それが実績となって東京で仕事の幅も広がりました。一番大きな変化は、仕事への姿勢かもしれません。東京では『大手からの仕事を受注して、人材を多く雇って会社を大きくしたい』という思いだったのに、長野県に来てからは『よい人材を得てしっかりと教育し、仲間を増やして長く仕事を続けていきたい』という感覚が強くなりました」

また2拠点生活は自然と自分を切り替えるスイッチになっていることも、仕事の拡大につながっているのかもしれません。

「人柄がいいのが一番の長野県の魅力ですね。環境面でもストレスが少なく、東京よりはるかに仕事がしやすいです。心にも余裕が生まれて、僕は東京にいるときよりも話しかけられやすい雰囲気になっていると思いますよ(笑)」

現在は、長野県南部の伊那市で、宿泊もできる新たなコワーキング施設をつくるプロジェクトも進行中。長野県内でさらに活動の拠点を広げ、人材育成や社員教育に力を入れていく予定です。

地域おこし協力隊として体験ツアー〈ちの旅〉をつくる田子直美さんの場合

一方、こちらは八ヶ岳連峰の麓に位置する長野県茅野市。雄大な自然を間近に感じられ、1年を通して降水量が少なく、夏でも湿度が低くさわやかな気候で、エアコンはほとんど使いません。

厳寒期を利用し、天然寒天をずらりと並べて凍結乾燥させる天日干しの光景は、茅野市の冬の風物詩。戦前からの特産品のひとつとして数えられている。(写真提供:ちの観光まちづくり推進機構)

厳寒期を利用し、天然寒天をずらりと並べて凍結乾燥させる天日干しの光景は、茅野市の冬の風物詩。戦前からの特産品のひとつとして数えられている。(写真提供:ちの観光まちづくり推進機構)

そんな茅野市に2017年に移住し、地域おこし協力隊として活動する田子直美さん。2018年からは、DMOを掲げて観光地域づくりを行うべく新たに発足した一般社団法人〈ちの観光まちづくり推進機構〉の職員として、地域ならではのさまざまな暮らしを体験する〈ちの旅〉のプランづくりに奔走しています。

「地元の人々とのふれ合いを通じて土地の暮らしを身近に感じ、旅に“学び”の要素を含めた〈ちの旅〉は、美しい景色を見ながら地域の暮らしにまつわる解説を聞いたり、体感したりして楽しむツアーです。この旅を通じて、参加者には自分や家族を大事にするような気づきのほか、行動や人生が変わるきっかけを見つけてほしいと思っています」

清水寿美子さんは15年前に地元の茅野市にUターンし、山の恵みを知恵と工夫で上手に使ったり、冬の保存食をつくることで暮らしのリズムを築いている。

清水寿美子さんは15年前に地元の茅野市にUターンし、山の恵みを知恵と工夫で上手に使ったり、冬の保存食をつくることで暮らしのリズムを築いている。

氷点下の外気に何日もさらしてつくる凍み大根。茹でてから天日干しするほうがおいしいのだとか。

氷点下の外気に何日もさらしてつくる凍み大根。茹でてから天日干しするほうがおいしいのだとか。

保存食が豊かな信州。切り干し大根も手づくり。

保存食が豊かな信州。切り干し大根も手づくり。

地元の人がなんでもないと思っていることでも、移住者の視点でみると、たくさんのすばらしいコンテンツがあると話す田子さん。

そこで、例えば、冬の伝統食である「凍み(しみ)大根」や切り干し大根づくりといった文化を守り続ける清水寿美子さんには「郷土料理づくり」体験の担い手を。また、無農薬栽培や米麹づくり、味噌づくりなどに取り組む農家の東城高太郎さんには「いなかホームステイ」の日帰り体験の担い手を任せています。

3年前に茅野市にUターンした東城高太郎さんからは「ワラの鍋敷きのつくり方を教えてもらったり、麹のつくり方を教えてもらったりと、ツアーだけでなく個人的にもお世話になっています」と田子さん。この日も東城さんがつくったお米で麹づくりの準備。

3年前に茅野市にUターンした東城高太郎さんからは「ワラの鍋敷きのつくり方を教えてもらったり、麹のつくり方を教えてもらったりと、ツアーだけでなく個人的にもお世話になっています」と田子さん。この日も東城さんがつくったお米で麹づくりの準備。

麹から手づくりの信州味噌。

麹から手づくりの信州味噌。

絶品の玄米の餅もあんこも東城さんのお手製。

絶品の玄米の餅もあんこも東城さんのお手製。

こうした地元の人々との出会いもまた、田子さんの刺激と日々の充実につながっています。

選択肢は長野県一択。山に囲まれ冬の晴天率が高い茅野市へ

そんな田子さん、もともとは「世界で活躍できるウエディングプランナーになりたい」との志を抱き、東京・銀座のブライダル会社に8年間勤務していました。幸せな結婚式を手伝う仕事はやりがいがあり、精一杯働く日々を過ごしていた一方で、連日深夜に帰宅する日々に「自分のことを大切にできていないのではないか」との思いも。

そこで、少しずつ、ひとり暮らしの住まいの家具やカーテンを長く使えるお気に入りのものに変えていくと、身の回りを整えて自分を大切にする暮らしの重要性を実感するようになりました。

また、仕事で神前式の挙式を多く担当していたことから、山中にある奥宮などを訪れる機会も多く、次第に山に魅了されていったといいます。そして、休みのたびに長野県の山々も含め、登山を楽しむように。そのうち、山の中での暮らしを考え「長野県に住みたい」と思うようになりました。

「長野県は山登りにも来ていましたし、父の仕事の関係もあって家族旅行でもよく訪れていたり、妹が信州大学に進学したりと、昔から縁がありました。ほかの移住地の選択肢は考えなかったですね」

田子さんのお気に入りの風景のひとつ。開山祭を迎える6月の八ヶ岳。(写真提供:田子直美)

田子さんのお気に入りの風景のひとつ。開山祭を迎える6月の八ヶ岳。(写真提供:田子直美)

相談した友人に「移住してダメだったら帰ってきたらいい」とアドバイスを受けたことも後押しに。「身構えず居心地がいいところを探して人生を整えていけばいい」と考え、職場に近かった銀座NAGANOの移住相談窓口に通いました。

各地の情報を集めるなかで心引かれたのが「冬の晴天率が高く青空が美しい」と紹介された茅野市一帯でした。

写真提供:田子直美

写真提供:田子直美

とはいえ、移住については時間をかけて行う予定だった田子さん。仕事探しも急いではいませんでしたが、銀座NAGANOでも、ふるさと回帰支援センターでも、茅野市の地域おこし協力隊を勧められたことから応募してみると、トントン拍子で合格。2か月後には移住の運びとなりました。

「あまりに急に決まって退職もバタバタでしたが、自分の人生を見直した結果、季節を感じられないまま東京で働いている場合ではないとも思ったので、移住に迷いはなかったです」

移住後は地域おこし協力隊の仲間と地域の“師匠”の手ほどきで野菜づくりも実践。趣味の登山を通じて現在のご主人とも出会い、さらなる新しい暮らしもスタートしています。

「東京での暮らしとはだいぶ違いますね。休日以外にも自分の自由な時間があることが新鮮。これが自分らしい暮らし方なのかなと感じています。夏場は出勤の前後とも趣味の畑仕事に追われているんですけどね(笑)。それもちゃんと楽しめています」

茅野市のそばのPR活動も行う田子さん。〈八ヶ岳蕎麦切りの会〉のみなさんと。(撮影:阿部宣彦)

茅野市のそばのPR活動も行う田子さん。〈八ヶ岳蕎麦切りの会〉のみなさんと。(撮影:阿部宣彦)

また、仕事面では体験プランづくりに取り組んでいた〈ちの旅〉が2019年からいよいよ本格始動。2020年にはインバウンド事業や古民家再生を手がけるアレックス・カー氏デザインの古民家宿泊施設も市内で稼働予定です。

長野県にさまざまな可能性を感じ、新たな暮らしを始めた移住者たち。彼らの新しい視点や動きが地元の人たちの刺激となり、きっとさらなるおもしろい取り組みへとつながっていくことでしょう。

おふたり以外にも多くの方が〈銀座NAGANO〉でのさまざまな体験で長野県に興味を抱き、移住相談や説明会を経て、長野県へと移り住んでいます。自分らしい新ライフスタイルに出会うきっかけを見つけに、銀座NAGANOを訪れてみませんか。

information

銀座NAGANO

住所:東京都中央区銀座5-6-5

TEL:03-6274-6015

営業時間:10:30〜20:00

Web:銀座NAGANO

長野県の移住ポータルサイト『楽園信州』

writer profile

Hiromi Shimada

島田浩美

しまだ・ひろみ●編集者/ライター/書店員。長野県出身、在住。大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店〈ch.books〉をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。

credit

撮影:黒川ひろみ