鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鎌倉で人気の山形そばの店〈ふくや〉は、寺社仏閣が住宅街の中に点在する大町エリアにある。

鎌倉で人気の山形そばの店〈ふくや〉は、寺社仏閣が住宅街の中に点在する大町エリアにある。

鎌倉で地元・山形の食を発信する

全国各地から観光客が訪れる鎌倉は、さまざまな土地の出身者が暮らしているまちでもある。今回の主人公であるヤマカワマサヨシさんもまた、20代半ばまで山形で過ごした後、東京生活を経て、鎌倉に自らの居場所を見出したひとりだ。ヤマカワさんが2011年より営む〈ふくや〉は、看板メニューの山形そばを中心に、山形のお酒や食材、郷土料理を提供してくれるまちの人気店だ。

ふくやの「肉そば」。太い田舎そばを、鶏とかつおの合わせだしでいただくお店の看板メニューだ。

ふくやの「肉そば」。太い田舎そばを、鶏とかつおの合わせだしでいただくお店の看板メニューだ。

東京のデザイン事務所に就職したことを機に上京し、ほどなく鎌倉に移り住んだヤマカワさんは、フリーのデザイナーとして独立し、日々の仕事に勤しむ傍ら、上京したことであらためて知った山形料理のおいしさや、幼少期から親しんできたソウルフードを提供するべく、人気飲食店の閉店後の時間帯を使って間借り営業をはじめ、やがてカウンターのみの小さな空間でふくやを開店した。

地元の食材やお酒を扱うだけではなく、料理担当者は全員山形出身であることにこだわってきたふくやは、等身大で郷土の魅力を発信するなかで生まれたさまざまな縁によって、鎌倉に2店舗を展開し、さらに新天地となる京都での出店も控えている。

現在もデザイナーと二足のわらじでふくやを営むヤマカワさんは、いかにしてここまで展開を広げることができたのか。ふくやの原点である、鎌倉・大町にある店舗を訪ねた。

ふくや外観

人気食堂の間借りから始まった〈ふくや〉

ヤマカワさんが鎌倉にやってきたのは、28歳の頃。東京で店舗のデザイン・施工などを行う会社に就職し、1年半ほど東京で暮らしたものの、その生活が肌に合わずに、鎌倉出身だった同僚の家に遊びに通ううちに、このまちに移り住むことを決めた。その後、東京への通勤を8年ほど続けた後に独立し、フリーのデザイナーとして活動するようになる。

福耳だったことから「ふくちゃん」と呼ばれていたヤマカワさんのあだ名が店名の由来。

福耳だったことから「ふくちゃん」と呼ばれていたヤマカワさんのあだ名が店名の由来。

「当初はデザイナーとして仕事をしていくつもりでしたし、まさか自分が飲食店を始めるとは思っていませんでした(笑)」

そう当時のことを振り返るヤマカワさんだが、ある時期から、ホームパーティなどで地元山形の名物「肉そば」を披露するようになる。そこでのフィードバックなどを受けながら、レシピを改良していったヤマカワさんは、2010年から鎌倉の人気食堂〈コバカバ〉の店主に掛け合い、食堂が閉店する夜の時間帯に間借りし、山形そばを提供するようになり、これがふくやの始まりになった。

「その頃には、将来はお店を構えるのもいいかなと漠然と思うようになっていましたが、そこまで強い思いがあったわけではなく、デザインの仕事をしながら、まずは間借りでやってみるかという軽いノリでスタートしました」

ふくやの調理風景

地元を離れて知った郷土の魅力

上京したての頃のヤマカワさんには、こんな原体験がある。

「東京で最初にそばを食べたときに、山形のそばとの違いに衝撃を受けたんです。いま振り返ると、上京したことで山形の食材や料理のおいしさを発見できたことが大きかったのかもしれません」

ふくやで提供される「肉そば」や「だしそば」は、コシが非常に強い太麺が特徴だ。しかし、意外にもこれは山形そばすべてに共通する特徴ではないのだという。

「山形の肉そばの多くはもっと麺が細いのですが、幼い頃から家で食べていたそばがこの太麺で、祖母の親友が営んでいた製麺所でつくられていたものでした。それを食べ続けていたこともあって、山形そばを出すならこの麺を使いたいという思いがあったんです」

ヤマカワさんのおばあちゃんの親友が営む山形の製麺所に注文しているふくやの太麺。

ヤマカワさんのおばあちゃんの親友が営む山形の製麺所に注文しているふくやの太麺。

幼い頃から食べ続けてきたヤマカワさんのソウルフードとも言える肉そばには、定食屋での間借り営業を終えたあとも周囲からリクエストの声が多く、再び別の店舗の店休日に間借りし、営業を続けることになる。

「しばらくすると、そのお店の事情で間借りを続けることが難しくなり、また別の場所を借りることや、イベント時のみ出店するやり方なども考えたのですが、一度だけ物件を見に行ってみたら良い場所が見つかり、その日に契約したんです」

こうして鎌倉・大町に自らのお店を構えることになったヤマカワさんは、店舗デザインの経験を生かしてDIYで店づくりを行い、2011年から、カウンターだけのお店としてふくやの営業を始めることになったのだ。

デザイン事務所時代の経験を生かして、DIYでつくったふくや大町店。

デザイン事務所時代の経験を生かして、DIYでつくったふくや大町店。

お店を始めたことで得られた発見

ヤマカワさんは、ふくやの店主として働き始めてからも、デザインの仕事を並行し、現在に至るまで続けている。ちなみに、本連載で以前に紹介した材木座のお好み焼き屋〈かたつむり〉のロゴも、ヤマカワさんのデザインによるものだ。

「当初は、デザイナーとして営業下手だった自分の作品としてお店をつくり、みんなに見てもらいたいという思いもありました。お店が始まるとこちらの仕事が忙しく、デザインの仕事があまりできなくなってしまったのですが(笑)。でも、実際にお店に立ってみると、おもしろいお客さんが多かったこともあり、本来シャイな自分もいろいろ話ができたし、そこからいろいろなつながりが生まれていく状況を単純に楽しんでいましたね」

太麺の山形そば

目の前にある状況を楽しみながら、飲食店を営み始めたヤマカワさんだが、お店を始めたことで得られた気づきや発見も多かったようだ。

「山形のものを出すお店を始めて、山形にゆかりのある人がこんなにもいることに驚きました。そうした人たちが、また新しいお客さんをお店に連れてきてくれるんですね。そのお客さんたちも山形のおいしさを知ってくれて、スーパーで山形産の食材を見つけたら買うようになったという人まで出てきました(笑)」

ちなみに、開店当初は2、3銘柄だったという山形の日本酒も徐々に数を増やし、現在では首都圏ではなかなか見られないようなお酒も並ぶ。開店にあたって唎酒師の資格を取ったというヤマカワさんは、お店の運営を通して、この日本酒をはじめ地元の魅力を再発見する機会も多いという。

ふくやが扱う日本酒はすべて酒どころでもある山形のもの。現在は、常時20種類ほどの銘柄を取り揃えている。

ふくやが扱う日本酒はすべて酒どころでもある山形のもの。現在は、常時20種類ほどの銘柄を取り揃えている。

山形がつなぐさまざまな縁

ふくやの軸となる山形というキーワードは、ともに働く仲間たちを引き寄せる大きな求心力にもなっている。

開店から半年足らずで、東京で暮らしていた郷里の友人から一緒に働きたいという連絡を受けたことを皮切りに、徐々にスタッフを増やしてきたふくや。2016年に由比ヶ浜にオープンした2店舗目も、山形の縁がきっかけで生まれた。

「将来一緒に何かをしたいと話をしていた幼馴染みが東京に引っ越してくることになり、うちで働きたいと言われたことが、2店舗目をつくろうと思ったきっかけです。そして、ふくやの常連だったお客さんが社長をしている不動産会社に相談に行ったりしているなかで、彼らが開くゲストハウスの1階でやってくれないかと提案されたんです」

ふくや六地蔵店内

由比ヶ浜通りにある〈ふくや 六地蔵店〉。ゲストハウス〈Hostel YUIGAHAMA〉が併設していることもあり、大町店よりも外国人旅行者も含む観光客の姿が目立つ。

由比ヶ浜通りにある〈ふくや 六地蔵店〉。ゲストハウス〈Hostel YUIGAHAMA〉が併設していることもあり、大町店よりも外国人旅行者も含む観光客の姿が目立つ。

現在では10名前後のスタッフが働いているふくやでは、料理人は全員山形出身者であることにこだわっている。

飲食業界が人手不足に悩むなかで、なかなか強気な採用基準だが、鎌倉と縁を持つことになった山形出身者からすると、これほど心強い仲間がいる職場はないだろう。3店舗目となる京都店のオープンも、まさにそれを示すユニークな出会いがきっかけになっている。

「鎌倉の花火大会の日に、友人のホームパーティでケータリングをしていたときに、地元の友人が連れてきた山形出身者が、京都で7年間料理人をしているという男性で。鎌倉への移住も考えているということだったので、軽い気持ちでうちで働かないかと誘ったのですが、ちょうどその2週間後に、京都出店のお誘いがあり、彼が店長をすることになったんです」

友人宅で初めて出会い、京都店の店長を務めることになった伊藤拓見さん。

友人宅で初めて出会い、京都店の店長を務めることになった伊藤拓見さん。

京都で再確認した初期衝動

「基本的にはこれまでと同じように、山形のものを全面に押し出したお店、つまりふくやをやるイメージです」

そう京都店への意気込みを語るヤマカワさんは現在、開店準備のために京都で仮住まいを続けている。自らのお店を構えてから8年が経ついま、開店当初のことを思い出す機会が増えているとヤマカワさんは続ける。

「京都のお店も当初はお誘いいただいたことがきっかけだったのですが、次は一から自分がつくったお店で営業をしたいという思いが強くなり、あらためて物件を探し直して、完全にDIYでかたちにすることにしたんです。その過程のなかで、自分がもともとやりたいと思っていたことを、久々に思い出すことができました」

京都・烏丸御池に6月下旬オープン予定の〈ふくや京都〉。現在町家を改装中で、カウンター席、立ち飲み席、座敷席など用途に応じて使い分けられるようなお店になるという。(写真提供:ふくや)

京都・烏丸御池に6月下旬オープン予定の〈ふくや京都〉。現在町家を改装中で、カウンター席、立ち飲み席、座敷席など用途に応じて使い分けられるようなお店になるという。(写真提供:ふくや)

お店をつくり続けたいーー。それが、ヤマカワさんがふくや開店当初から抱いてきたひとつの思いだ。現地の職人さんの協力を得ながら、2階建ての町家を手づくりで改装した京都店は間もなくオープンを迎えるが、クリエイターとしての初期騒動を再確認したヤマカワさんは、さらにその先に大きな夢を思い描いている。

「かなり気が早いですが(笑)、次は博多に屋台をつくってみたいんです。お店をつくり続けることで、拠点となる遊び場を増やしていきたい。そんなことを言うとスタッフに怒られてしまいそうですが(笑)、僕らには山形という揺るぎない軸があるからこそ、活動を広げていけるところがあるんじゃないかと感じています」

ふくやのロゴをはじめとしたグラフィックデザインもすべてヤマカワさんが手がけている。

ふくやのロゴをはじめとしたグラフィックデザインもすべてヤマカワさんが手がけている。

地元の魅力を発信するということ

今回取材で訪れた大町のお店は現在、鎌倉市の姉妹都市でもある山口県萩市出身の料理人・もりえりさんが週に2回間借りし、地元・萩の料理を提供している。まさにヤマカワさんがふくやを始めたときのように、地元の魅力を料理を通じて発信している後進に、機会を提供しているのだ。

「自分も含めて鎌倉にいる人たちが、地元の魅力を逆輸入している状況はおもしろいですよね。やはり地元のことを知ってもらえるのは楽しいですし、それを通じて自分自身も知ってもらえるような感覚があるんです」

ふくや店主ヤマカワマサヨシさん

カウンターのみの小さな空間から、自らが親しんできたソウルフードを看板メニューに、故郷・山形の魅力を、そして自分自身をまちにプレゼンテーションしてきたヤマカワさん。そんな等身大の発信はいつしか大きな渦となり、いまやふくやの山形そばは、鎌倉名物のひとつと言っても過言ではない。

そして、今後ふくやが発信する山形が、京都あるいはそのほかのまちでどのように受け入れられ、どんな出会いや縁が生まれるのか、いまからとても楽しみだ。

ところで、今後ヤマカワさんは故郷に錦を飾るべく、山形に出店することはないのだろうか。

「いまのところ、地元でお店を開こうという気は正直ほとんどありません(笑)。でも、もし地元で何かをするなら、山形の素材を使ってつくったものを、全国各地に点在するふくやに送れるような拠点をつくりたいと思いますね」

information

ふくや 大町本店

住所:神奈川県鎌倉市大町1-6-23

TEL:0467-53-7192

*ふくや 京都の開店に伴い、現在営業日を調整中。

information

ふくや 六地蔵

住所:神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-5-16

TEL:0467-25-2227

営業時間:11:30〜15:00、18:00〜22:00(土・日曜 11:30〜22:00)

定休日:無休

information

ふくや 京都

住所:京都市中京区三条通東洞院東入菱屋町39

営業時間:16:00〜24:00(予定)

定休日:木曜(予定)

(6月下旬オープン予定)

writer profile

Yuki Harada

原田優輝

はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。

photographer profile

Ryosuke Kikuchi

菊池良助

きくち・りょうすけ●栃木県出身。写真ひとつぼ展入選後、雑誌『STUDIO VOICE』編集部との縁で、INFASパブリケーションズ社内カメラマンを経てフリーランス。雑誌広告を中心に、ジャンル問わず広範囲で撮影中。鎌倉には20代極貧期に友人の家に転がり込んだのが始まり。フリーランス初期には都内に住んだものの鎌倉シックに陥って出戻り。都内との往来生活も通算8年目に。鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅」のメンバー。http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/