中島宏典 vol.2

福岡県八女市〈旧八女郡役所〉の改修プロジェクトの続編です。リノベーションの準備段階、そして歴史的木造建築のリノベーションを経験して学んだ技術や知識について紹介していきます。

リノベ前の旧八女郡役所。

リノベ前の旧八女郡役所。

まちの核としての建物

工事の準備を進めながら、建物が持つべき「まちの核」としての役割を考えていました。旧八女郡役所は、国の重要伝統的建造物群保存地区、八女福島にある歴史的に非常に重要な意味を持つ建物です。

明治中期から戦前にかけて、八女地方では都市や山村の基盤が充実していきました。その礎になったのが、当時の郡長・田中慶介が作成した「八女郡是(ぐんぜ)」や各地域の「町村是(ちょうそんぜ)」で、その制作の舞台となったのが八女郡役所でした。

郡是とは、今日でいう、まちづくりのマスタープランのようなものです。足元を見つめて具に調査をし、将来を計画し実行する。まさに私たちが現在やるべきことが記されています。

つまり、旧八女郡役所はまちづくりにおいて、重要なメッセージを発信する場所であったということです。

昭和35年頃の旧八女郡役所の建物(当時は服部飼料店)。

昭和35年頃の旧八女郡役所の建物(当時は服部飼料店)。

鬼瓦には福岡県の「福」の文字が刻印されていた。鬼瓦は、工事中に降ろして保管中。

鬼瓦には福岡県の「福」の文字が刻印されていた。鬼瓦は、工事中に降ろして保管中。

さらに、旧八女郡役所は立地面でもまちの核になりうると考えていました。中心街のまち並みの中央南側に位置し、少し南西には観光物産館や案内所があるので、まちのハブになることも見据えた計画としました。

郡役所リノベの準備として、〈つどいの家〉をDIYリノベ

旧八女郡役所の改修に着手する前、2015年の春から夏にかけて、八女市が所有する昭和初期の空き家を借りて、移住者向けシェアハウス〈つどいの家〉に改修する計画が持ち上がりました。

床が一部腐っていることと、若干の屋根の雨漏り以外は大きな修理が必要なさそうでした。

本来であれば、安全を考慮して耐震改修も考えたいところですが、自分たちの手で最低限のリノベをすることにし、次に待ち構える郡役所の改修に向けて経験を積むことも目標のひとつとしました。

つどいの家でワークショップ中。休憩中の学生と外観。

つどいの家でワークショップ中。休憩中の学生と外観。

ワークショップ形式のDIYリノベとして、床づくり、床・壁のペンキ塗装を実施しました。ワークショップは思った以上に準備が大変なことや、参加者にはプロジェクトや建物に愛着を持ってもらえるなど、ワークショップのメリット、デメリットを多く経験しました。

経験が浅い僕たちにとっては、まずは規模が小さい活動から取り組み、そこでの学びを生かして大きいプロジェクトに挑戦していくのが良さそうだと実感しました。

つどいの家で一部床の解体中。

つどいの家で一部床の解体中。

地元住民と一緒にもちつき。

地元住民と一緒にもちつき。

いよいよリノベーションへ。資金問題はどうする?

2015年夏から、いよいよ旧八女郡役所の改修が始まりました。

旧八女郡役所の平面図を見てみましょう。大型木造建築というだけあって、延床面積は約700平方メートルになります。北向きにT字の形をしていて、時代ごとに増築されてきました。この平面計画のうち、大きなホールはできるだけそのままに、その三方(南側・西側・東側の3区画)をテナント貸しすることにしました。

旧八女郡役所平面図。中央の緑の部分が大きなホール。

旧八女郡役所平面図。中央の緑の部分が大きなホール。

伝建地区には補助事業のメニューがあり、今回の場合では、上限960万円(同80%)の補助が受けられることになっていました。

ところが、一般的な文化財の修理では、年度内に予算を使わないといけない、そして次にいつ補助金がもらえるかわからないので、合理的な手法で大掛かりな改修をすることになり、結果として新築に近いピカピカの改修・修理をせざるを得ないケースもあります。

永続的に建物を保存していくには、合理的で効率的な視点も必要です。しかし長年積み上げてきた風合いや人々の思い出までもゼロにしてしまう改修に意味はあるのか。

また、用途変更や増築などの大掛かりな修理をする際には、建築基準法をクリアする必要も出てきます。

そういった悩みを地元の心意気のある大工さんに相談したところ、「なるだけ予算をかけんでよか(かけなくて済む)改修につき合うたい(つき合うよ)。その代わり、壁塗りとか床張りとかできるとこは自分たちでやらんね(自分たちでやってみなさい)!」というひと言で、伝建地区の補助メニューは使わず、自分たちの身の丈にあった規模の改修をしていくことになりました。

旧八女郡役所の模型。

旧八女郡役所の模型。

テナントの「家賃前払い制」で資金調達

改修資金については、一部の民間による助成と、八女市空き家活用モデル事業の補助を活用することになりました。

そして、テナントの「家賃前払い制」も大きな資金源となりました。空き家の再生と利活用に取り組むNPO法人〈八女空き家再生スイッチ〉の理事長でもある高橋康太郎さんが店主を務める〈朝日屋酒店〉が、建物の南側部分に入居を決め、テナント料25年分を前払いし改修費に充てることになったのです。

テナントを一般募集する案もありましたが、廃墟同然の建物をどこまで改修できるか、本当に店舗ができるのか確約はできませんでした。それならば「身内でできる限りやろう!」という心意気で進めることになりました。

旧郡役所に店舗を移転することで、朝日屋酒店の店舗面積は移転前の半分以下になり、常連のお客さんが来てくれるかどうか、そもそもお店が成り立つのか、不安が多くあるなかで、高橋さんは移転をして旧郡役所を修復するという決断をしてくれたのです。

旧八女郡役所、リノベ後の平面レイアウト(2019年6月現在)。

旧八女郡役所、リノベ後の平面レイアウト(2019年6月現在)。

西側にはカフェ&絵本屋をつくることになりました。せっかくリノベーションするのだから、誰でも集えて語れる空間をつくりたい。ということで、「誰かが来られている」という意味の方言から〈kitorasu(キトラス)〉という名前に決まりました。

東側は後々にオフィスとして活用することになり、林業6次産業化拠点施設が入居することになりました(別章で紹介します)。

屋根瓦の葺き替えと躯体工事

工事は2期に分けて行うことになりました。

まずは、屋根瓦の工事と柱・梁等の躯体の工事です。その後に工事費用をさらに見積もり、2期目に内装工事に入ることにしました。

私たちは、全体を通して改修のルールをつくりました。

1.既存のものをなるべく生かす。

2.新しいものは主張しないようにする。

わざと古っぽく見せるための凝った意匠にせず、シンプルに。

3.全体のバランスを考えた温かみのある色調や照明に統一する。

4.材料や素材はできるだけ地場のものを使う。

利活用が叶わなかった屋根瓦を落としていく工程。瓦の下には土と杉皮が葺かれている。

利活用が叶わなかった屋根瓦を落としていく工程。瓦の下には土と杉皮が葺かれている。

まずは、屋根瓦を降ろすところから。古い瓦を再度葺き直しできないか、職人さんに交渉をしたのですが、相当な手間がかかるため、泣く泣く断念して新しい瓦葺きをすることになりました。

伝統家屋なので、瓦の下には杉皮と厚み5〜10センチ程度の土がのっていました。屋根全体にのっているので、相当な量です。暑い夏には断熱してくれて過ごしやすく、瓦がずれても雨水を吸収してくれます。

屋根瓦や土を落とすと、梁組が現れ、差し込む光が気持ちいい。天井がなくなると、梁組が際立つことに気づく。大事にしたいと仲間で話す。

屋根瓦や土を落とすと、梁組が現れ、差し込む光が気持ちいい。天井がなくなると、梁組が際立つことに気づく。大事にしたいと仲間で話す。

これらを屋根の上から降ろす作業では、凄まじい砂埃が発生しました。瓦や土を降ろしたあとに見えたのは、屋根の梁組みと光が差し込む光景。これまでずっと空き家特有の薄暗さと篭(こも)った空気を感じていただけに、爽快です。一部の梁が傷んでいるものの、垂木(屋根板を支える木材)はしっかりしていて交換の必要はないと判断し、まずは安堵しました。

というのも、過半以上の構造材を取り替えることで、法的な問題が絡み、伝統的な意匠が継承できなくなる恐れがあるのです。例えば、大幅な耐震補強のために、土壁でない壁を新たにつくったり、木製建具ではなくアルミサッシの防火設備が必須になる事例もあります。

屋根瓦の葺き替え途中の様子。右側手前が新しくなった屋根瓦。

屋根瓦の葺き替え途中の様子。右側手前が新しくなった屋根瓦。

その後、建物をジャッキアップして持ち上げ、建物の傾きや沈下を補正する工事に入ります。

京都にいた頃、大工の棟梁に教えてもらったのですが、京町家は100年で約6センチ程度の沈下を起こすとのこと。1年で約0.6ミリ沈む程度なので、目にはまったく見えません。ここ旧八女郡役所でも、ほぼそのとおり沈下と傾きが起きていました。

建物をジャッキアップする前に高さレベルを出しているところ。

建物をジャッキアップする前に高さレベルを出しているところ。

柱をジャッキアップして元の高さや傾きに戻していくのですが、その際に、大工さんは音などで仕口(部材の接合部)の不具合などを点検・補修していきます。定期的に手を入れ、メンテナンスすれば、長くつき合える建物であるということです。伝統構法は本当によく考えられてきたものだと感心しかありません。

そういったことを理解しながら、根継ぎ(柱の交換)工事を進めていただき、躯体工事がひと段落。

建物をジャッキアップする工事中の大ホール全景。ジャッキアップの際は、建具や壁の一部も落とすので、ほぼ躯体のみになる。

建物をジャッキアップする工事中の大ホール全景。ジャッキアップの際は、建具や壁の一部も落とすので、ほぼ躯体のみになる。

建物をジャッキアップして、柱を持ち上げ、下に鉄土台を敷く。

建物をジャッキアップして、柱を持ち上げ、下に鉄土台を敷く。

竹と荒壁塗りワークショップ

土壁塗りは自分たちで行うことにしました。つどいの家の経験を生かして、ワークショップ形式としました。

地元新聞の募集記事やSNSでの呼びかけの結果、ありがたいことに、車で1〜2時間以上かけてお越しの方を含めて、20名ほどの方々が参加してくれました(私たちの勉強不足で、参加者のみなさんにしっかりとノウハウをお伝えすることができなかったという反省点がありましたが……)。

まずは私たち主催メンバー自らが土壁塗りを学ぶため、八女出身で最近は海外でも仕事をされる左官職人・三宅洋児さんに、土壁塗りのイロハを教わることにしました。

三宅さんによる壁塗り実演。京都市内の邸宅サンプル壁にて諸々勉強。

三宅さんによる壁塗り実演。京都市内の邸宅サンプル壁にて諸々勉強。

まずは、壁の下地づくり。土台となる格子状の「竹小舞(たけこまい)」をつくります。竹を割り、縦方向と横方向に竹をカットしながら組み、わら縄で括っていきます。あとは土を塗るだけ!

思ったより簡単にできました。昔は地域の人たちが集まり手伝っていたそうです。材料は八女産。まさに地場産のDIYです。

そして、土づくり。乾いた土に水を入れながら、切った藁すさを入れていきます。

壁用の土(写真は中塗り用)をトラックで運び、土嚢袋に入れる作業。その後、網状の篩(ふるい)で粒の大きさを揃える作業も行います。

壁用の土(写真は中塗り用)をトラックで運び、土嚢袋に入れる作業。その後、網状の篩(ふるい)で粒の大きさを揃える作業も行います。

荒壁用の土に入れる藁すさを切る作業。なかなかおもしろいので、夢中になれます。

荒壁用の土に入れる藁すさを切る作業。なかなかおもしろいので、夢中になれます。

ほどよいやわらかさになるまで、ひたすら足で踏みつけて馴染ませていきます。結構な重労働です……。土を割れにくくするため、藁すさを少しずつ足していきます。

荒壁用の土づくり。ひたすら踏み続ける。若い学生でも次の日は筋肉痛に……。

荒壁用の土づくり。ひたすら踏み続ける。若い学生でも次の日は筋肉痛に……。

荒壁塗りは、壁に強く土を擦りつけるように押しつけ、竹小舞の隙間に入れ込むようにするのがコツと教わりました。初回の荒壁塗りワークショップには、遠方からもたくさんの人が集まってくれました。

有明高専の学生さん(私の後輩のみなさん)と一緒に荒壁塗りのワークショップで、少しずつ修復していきます。

有明高専の学生さん(私の後輩のみなさん)と一緒に荒壁塗りのワークショップで、少しずつ修復していきます。

荒壁塗りを教わって自分たちで作業した箇所。荒壁塗りの後には、大直し、中塗り、仕上げ、というように重ねて塗っていきます。

荒壁塗りを教わって自分たちで作業した箇所。荒壁塗りの後には、大直し、中塗り、仕上げ、というように重ねて塗っていきます。

次回はテナントの内装や外構の工事から完成まで、さらに行政との連携やオープン後の建物の使い方についてご紹介します。

information

旧八女郡役所

住所:福岡県八女市本町2-105

http://gunyakusyo.com/

writer profile

Hironori Nakashima

中島宏典

なかしま・ひろのり●1985年 福岡県山門郡生まれ。有明高専建築学科卒業、千葉大学大学院修了。2010年より(公財)京都市景観・まちづくりセンターにて、京町家の保全活用、地域まちづくり支援に携わり、2014年に福岡・八女にJターン。まち並み(歴史的な建物)と森(林業)に関連した活動を行う。NPO法人八女空き家再生スイッチ事務局(2014年〜)、福岡の森八女の木プロジェクト(2016年〜)、歴史的建築物活用ネットワーク(HARNET)事務局(2013年〜)、先斗町まちづくり協議会事務局・まちづくりアドバイザー(2014年〜)、京都造形芸術大学非常勤講師(2014年〜)。