お酒のまち・岩国で生まれたクラフトビールのブルワリー

すがすがしい醸造所の様子を見た瞬間、「この人がつくるビールはきっとおいしいに違いない」と確信した。ここは2年ほど前に開業した、岩国市で初となるクラフトビールの醸造所〈ARCH BREWERY(アーチブルワリー)〉である。

この岩国市は錦帯橋で有名だが、旭酒造や村重酒造など5つの名蔵元をもち、あまたの“のんべえ”憧れの酒どころとしても知られる。そんな酒の聖地で、岩国市出身の柳昌宏さんはなぜこの醸造所を始めたのだろうか。

岩国市の風景。

岩国市の風景。

醸造所はJR岩国駅から徒歩10分、まちの中心地付近にある。

醸造所はJR岩国駅から徒歩10分、まちの中心地付近にある。

カラフルなオレンジ色のビルの1階を訪ねるとすらりと背の高い〈ARCH BREWERY〉代表の柳昌宏さんが出迎えてくれた。引き戸を開けると広がる、ぱっと見15坪ほどのコンパクトな醸造所。クラフトビールのなかでも特に独立性が強く、小さな規模である“マイクロブルワリー”然としている。

全商品5本を並べると錦帯橋が現れる仕掛けというのがいい。

全商品5本を並べると錦帯橋が現れる仕掛けというのがいい。

〈ARCH BREWERY〉は、ホップと柑橘が豊かに香る〈ARCH IPA〉など全5種類をラインナップ。山口県周防大島のミカンを副原料として使用するなど、地域の素材も積極的に取り入れる。米軍基地のある岩国らしいインターナショナルな雰囲気もまたビールをおいしくしているかもしれない。そんな生まれも育ちも岩国の柳昌宏さんに〈ARCH BREWERY〉を巡る物語をうかがった。

つまらないのは、このまちじゃなくて自分自身だった

柳昌宏さん。関西在住時は映画の助監督をしながら、夜は動画制作やライブの撮影をしていたそう。そのときの縁がきっかけで、OEMなどを通してお客さんになってくれている人も多い。

柳昌宏さん。関西在住時は映画の助監督をしながら、夜は動画制作やライブの撮影をしていたそう。そのときの縁がきっかけで、OEMなどを通してお客さんになってくれている人も多い。

大学進学を機に、地元・岩国を出て関西で暮らしたという柳さん。経営学部で学び、卒業後は映画の助監督として弟子入りしたそう。

「大学まで出してもらったのに親不孝な道を進みました。そうしているうちに父が病に倒れまして。当時、僕はお金にならないことをやっていたし、弟の昌仁も県外でプラプラしていたので、ふたりで一緒に岩国に戻って来ました」

こうして柳さんは2012年にUターンした。

「クラフトビールの醸造と家業とのシナジーは『掃除』にあるかな?(笑)」と柳さん。ビールづくりには丁寧な掃除が必要不可欠。

「クラフトビールの醸造と家業とのシナジーは『掃除』にあるかな?(笑)」と柳さん。ビールづくりには丁寧な掃除が必要不可欠。

柳さんの父は清掃関係の会社を経営していた。当初は父の代で会社をたたむつもりだったが借入金が残っていたため、それを完済するまでは続けてほしいと柳さんに経営が託された。

「こっちに戻って来たばかりのときは、完済したらまた県外に出ようという思いも正直ありました。でも、しばらくして『ほかのまちで大した成果を残せなかったから、自分はこっちに帰ってきたんだ』と自覚して。家業を続け、自分は岩国でずっと生きていくんだと考え始めました」

柳さんは1984年生まれの35歳。

柳さんは1984年生まれの35歳。

とはいえ、これからずっと何十年も岩国で過ごしていくのかと想像したとき、このまちに不安がなかったかといえば嘘になる。

「『もっとこうだったらいいのに』とか、ネガティブな思いもありました。子どもの頃にあった映画館はなくなったし、余暇で遊べるような場所は潰れて空き地になっていたり。その空き地にはパチンコ屋とかができるだけ。普通に生活自体はできるけど、文化的なものが希薄だと感じていました」

しかし、よくよく考えていくうちに「結局、自分自身が退屈なやつなんだ」ということに気づいたそう。延々と家業の仕事をやるだけの毎日を続け、自分で何かを始めるわけでもなく、地元への不満だけはつらつら言って、まちのことを政治や他人頼みでいいのか。

「『とにかく岩国で何かやろう』と決めました。どんなことをしたらおもしろいか、そればかり考えていました」と柳さん。

クラフトビールをつくるため、模索し続ける日々

取材にうかがった日は、瓶へのシール貼りとビールの瓶詰めを行っていた。

取材にうかがった日は、瓶へのシール貼りとビールの瓶詰めを行っていた。

こうして今から遡ること6〜7年前、同じく悶々とした気持ちを抱えていた昌仁さんと柳さんの間で、アイデアの壁打ちが始まった。

「最初はもう自分たちがいいと思うことを言い合っていただけでした。弟はロードバイクが好きなんですけど、自転車乗りってクラフトビール好きが多いらしいんです。いわれてみればたしかに、クラフトビールはこれまでの岩国にはない、いいカルチャーだなと思って。ビールを醸造してピザを出す、東京の〈PIZZA SLICE〉みたいなお店を岩国でやりたいなとなりました」

ビールづくりに必要なもみがら。

ビールづくりに必要なもみがら。

具体的な夢を描いた柳兄弟だったが、ふたりとも飲食店での勤務経験は皆無。

「まずなんぼかかるか聞いてみようと、東京の気になるお店にアポもなしにずかずか行ったんです。迷惑なやつでして(笑)」

いろんなお店に話を聞いてわかったのは、ビールをつくりながらレストランもやるというスタイルだと、初期投資にだいたい3000万円かかるということ。

「ランニングコストも考えたら、岩国なら初年度で4000万円ぐらいかなあと。飲食未経験の自分たちにそんな大金を貸してくれる人がいるわけないと思ったし、岩国の人自体があまり外食をしない印象でした。考えなしに出店するのはリスクが高いかもと」

ビール瓶の栓。ダンボールの中にぎっしり。

ビール瓶の栓。ダンボールの中にぎっしり。

ほかの方法はないか、ともう一度出向いた東京で「島根におもしろいビール工場がある」との情報を得た。それが島根県江津市の〈石見麦酒(いわみばくしゅ)〉だ。〈石見麦酒〉はアメリカなどで親しまれている自家醸造をヒントに、醸造に必要な機械をほかのもので代用しているブルワリーだという。初期費用を抑えてクラフトビールをつくるという醸造所の、日本ではパイオニアのような存在だった。

ラーメンの寸胴を改造した仕込み用のタンク。柳さんいわく、容量やメーカーにもよるが仕込み用のタンクはひとつ200〜500万円するという。これをラーメンの寸胴で代用すると約5万円で済む。

ラーメンの寸胴を改造した仕込み用のタンク。柳さんいわく、容量やメーカーにもよるが仕込み用のタンクはひとつ200〜500万円するという。これをラーメンの寸胴で代用すると約5万円で済む。

「〈石見麦酒〉さんを見学させてもらって、設備だけなら500万円でいけるとわかって」と柳さん。この予算なら金融機関の融資をベースに進められるだろうと判断した。

冷蔵庫と特別なビニール袋を組み合わせると、発酵タンクとして代用できるそう。

冷蔵庫と特別なビニール袋を組み合わせると、発酵タンクとして代用できるそう。

瓶詰めマシーン。手詰めよりも作業がはかどる。ガスが暴れてしまうときは「鎮まるのを待つだけです」と話す柳さんの姿が印象的だった。

瓶詰めマシーン。手詰めよりも作業がはかどる。ガスが暴れてしまうときは「鎮まるのを待つだけです」と話す柳さんの姿が印象的だった。

たしかに〈ARCH BREWERY〉には“いかにも”な醸造設備よりも、ラーメンの寸胴を改造したもの、機械仕掛けで見た目が楽しい瓶詰めマシーンなど、マイクロブルワリーらしいアイデアあふれる設備のほうが多い。

OEMでつくった〈GOLDEN ALE〉。「欲を言えば、助成金をもらってクラウドファンディングでいろんな設備を揃えたかったかな(笑)」と柳さん。

OEMでつくった〈GOLDEN ALE〉。「欲を言えば、助成金をもらってクラウドファンディングでいろんな設備を揃えたかったかな(笑)」と柳さん。

「岩国には米軍基地があってアメリカ文化が根づいているのにクラフトビールブルワリーがひとつもなかった。日本酒も有名なので、ビールと日本酒で『お酒のまち』として地元を盛り上げていけたらいいなあと、ここでようやっと大義名分もとりつけました(笑)」

〈ARCH BREWERY〉という名前については「岩国は錦帯橋が有名で、地元の人に親しみを持ってもらいやすいようにアーチ=橋を名前にしました。OEMなどでいろんなものとコラボしてこのまちとの“橋渡し”をしたいという思いです」と柳さん。

こうして柳さんは〈石見麦酒〉で修業し、「酒類等製造免許(発泡酒)」を取得するため怒涛の日々をくぐりぬけた。その間、なんとたった4か月。

「くじけそうなこともありましたし、忙しすぎて記憶が欠如している部分もあります(笑)。当時は“とにかく絶対取ったんねん”という強い気持ちでいました」

〈ARCH BREWERY〉がついに誕生

紆余曲折を経て2017年11月、〈ARCH BREWERY〉がオープン。創業までは弟の昌仁さんと二人三脚でやってきたが、現在は、家業の清掃会社を弟さんが仕切り、〈ARCH BREWERY〉を柳さんが切り盛りしている。

手際よく、きれいにラベルを貼っていく柳さん。

手際よく、きれいにラベルを貼っていく柳さん。

静菌剤を入れるのに使っているこの容器も、特別なものではなくホームセンターで購入したものなんだそう。

静菌剤を入れるのに使っているこの容器も、特別なものではなくホームセンターで購入したものなんだそう。

醸造だけでなく、瓶のシール貼りも、瓶詰めも、掃除も、そのほとんどを柳さんひとりで行う。休みはないようなものだが苦にならないそうだ。毎週末のようにあるイベント出店が気晴らしであり楽しいと微笑んでいた。

新たにOEMとして受注した〈NEO EVIS ALE〉のラベル。OEMを頼むお客さんのなかには、京都や尼崎などから岩国の醸造所まで見学に来てくれる人もいるそう。

新たにOEMとして受注した〈NEO EVIS ALE〉のラベル。OEMを頼むお客さんのなかには、京都や尼崎などから岩国の醸造所まで見学に来てくれる人もいるそう。

現在、ブルワリーの主な収益源は、小売店への卸売とイベント出店だ。OEMについても、今後はさらに全国各地の企業や人とコラボしてさまざまなビールをつくっていきたいと考えている。

真剣な眼差しの柳さん。

真剣な眼差しの柳さん。

楽しそうに仕事をされていますね、と伝えると「つくっているときは正直すんごいストレスがたまります。一切笑わないですし、真剣です。アルバイトの女の子も仕込みの日はピリピリするから来たくないって言っています(笑)」

今のところ、年間での醸造量は約15000リットル。設備を増やせば、この醸造所の広さでもあと20000リットルは追加でつくれるそう。「もうふたりぐらいは雇えそう」と柳さん。

「今は僕ひとりの給料が出るぐらいの利益に調整して、役員報酬もありません。独身なので十分暮らしていけます。その分、余剰金は設備投資に全部回していて、今月も樽が10個入ってくるし、従業員を雇えるように基盤づくりを進めているところです」

柔らかい表情でお話してくれた柳さん。“ピリピリ”とのギャップがいい。

柔らかい表情でお話してくれた柳さん。“ピリピリ”とのギャップがいい。

ふと、家業を手堅く経営して暮らす道もあったのではとうかがうと、「清掃業はこれから先、規模も給料も全部しぼんでいきそうだなと思いました。大手の企業も多いし、消耗戦になるのもなって」と柳さん。新しいことへの挑戦は、家業にもしものことがあったときのセーフティーネットにもなりうる。

振り返れば、「何かおもしろいことを」と自分自身が動いたことで、柳さんはまちのことだけでなく、そこにある想いにも気づいたという。

「僕が知らなかっただけで、岩国にはまちをもっと良くしたいと思っている人たちがたくさんいることがわかりました。そういう人は新しいものに興味を示してくれるし、向こうからアプローチしてくれて知り合いになれたりします。やりたいことはたくさんあるけど僕ひとりではできないので、まちのおもしろい人たちといろいろ協力して、また新しいことをやっていきたいと思っています」

Uターン直後と比べて、柳さんの心持ちはだんだんとポジティブになっていったようだ。

ちなみに、やってみたいことのひとつを教えてもらったところ「隣の空き物件でビールの物販をしたい。岩国の農産物やビールに合う食べ物を一緒に置いて、生ビールも飲めるようにして。散歩しているお父さんが軽く一杯飲んで帰っていくみたいな」と柳さん。

〈ARCH BREWERY〉の近所にはアメリカ人も居住しているらしい。まちに住まう人が、ビールを介してゆる〜く交わる絵が頭に浮かぶ。生活圏にそんなスペースがあったらと、羨ましくなった。

現在、JR岩国駅は改装中。

現在、JR岩国駅は改装中。

柳さんはいつも現実を直視し、そのときの自分にできるベストを出し続けてきた。ぴったりの修業先を見つけ出す粘り強さや、期限内にやり切ってやるという勢いがある。「関西ではプラプラしていた」と言うけれど、実は助監督のときの経験が柳さんの人生を大いに支えているのではないか。あらゆる可能性を考え、調整し、仕上げ切るという得がたい経験が。そう思うと、一度故郷を離れてUターンしたこと自体にも意味がある。

「やりたいことがあるけど今いる場所でチャンスが少ないなと思ったら、地元に戻ってやってみるのもいいと思います」

これから岩国というまちのカルチャーはどうなっていくのだろう。このまちの未来予想図が気になったら、まずは“柳監督”を訪ねてみるのがいいかもしれない。

information

ARCH BREWERY アーチブルワリー

住所:山口県岩国市今津町1-12-16 ウエオカビル102

TEL:080-6341-0498

https://arch-brewery.com/

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Saki Ikuta

生田早紀

いくた・さき●インディペンデントな広告会社『ココホレジャパン』の新米アシスタント。生まれも育ちもド田舎の27歳。やばい芋ねえちゃんとして青春時代を過ごす。その野暮さは現在も健在! さりげなく韻を踏むことが生業です。

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山本陽介

やまもと・ようすけ●山本写真機店店主。まちの写真屋としての撮影業務に加え、プロアマ問わず全国からフィルムスキャニングの依頼を受けるラボマンとして活躍中。http://yamamotocamera.jp/