なぜ「家飲み」は心地よいのか?

お酒を飲むのが好きという津留崎さん夫妻は伊豆下田に移住してから、飲み会のスタイルに変化が。友人たちと飲むことが決まると「誰の家にする?」というのがお決まりで“家飲み”が格段に増えたというのです。それは、なぜなのでしょう?

1割から9割に逆転した「家飲み」

わが家は夫婦ともにお酒を飲むのが好きで、夜の晩酌が日々の楽しみとなっています。幸運なことに、下田で知り合った友人たちの多くがまたお酒好き。バーベキューしよう! とか、缶詰飲みしてみない? とか、忘年会しようとか。ことあるごとに集まっては、みんなで飲み会を開いています。

その飲み会なのですが、東京に住んでいた3年前と比べるとちょっとした変化があります。それは、「家飲み」が増えたこと。

大人数で家飲み

東京でも自宅に友人を招いたり、友人の家で飲むこともありました。けれど、夫婦それぞれが別々の友人と外で飲むほうがはるかに多かったのです。おそらく家飲み1割で外飲み9割といった具合。それがいまは逆転して、1割くらいが外飲み、あとはほとんどが家飲みです。

鍋を囲む

なぜ家飲みが増えたのか。その理由のひとつは、ほとんどの友人が夫婦共通であること。夫だけ知っている友人、私だけが知っている友人というのはほとんどいません。下田は小さいまちなので、人との関わり方が入り組んでいるのです。

たとえば子ども同士が同級生のうえに、仕事とプライベートの両方で関わっていたり。お互いの家族を周知しているので、集まろうとなれば家族同伴になることが多いのです。

子どもたちはUNOに夢中

ギター演奏で宴会

夫婦で出かけるということは、おのずと子連れになります。子どもも含めた大人数となれば、やはり周りを気にせずにのんびりできる家飲みのほうがラク。そして、下田は東京よりも格段に家の面積が広いので、大所帯でもおさまります。

わが家も含め、友人たちは皆マンションではなく一軒家に住んでいます。ご近所さんを気にすることもなく、子どもたちが走り回ることができる。なので、飲む日程が決まると「どこのお店に行く?」ではなく「誰の家にする?」という流れになるのです。

テーブルの上にはたくさんの料理が

ツイスターゲームをプレイ中

子どもの頃やったよ、懐かしい! ツイスターゲーム。お酒を飲みながらだと、俄然盛り上がる。

もちろん家飲みだけでなく外飲みも好きです。下田にもおいしい居酒屋があるので、気分転換に家族で飲みに行きます。夫は仕事関係の人とちょくちょく外食もしますし、来客時にはわが家おすすめの居酒屋に出かけることもあります。そうした外飲みの刺激もとても楽しいものです。

けれど、ここ最近、家飲みの心地よさをしみじみと感じています。なぜこんなにも幸福感に包まれるのだろうか……。

鍋料理を頬張る友人

食卓をみんなで囲むという行為、それ自体にまず幸せを感じるのですが、外食で食卓を囲むよりもさらに増すこの一体感はなんだろう。その鍵は、みんなが持ち寄ってくれる“手料理”にあるのではないか。

手料理で味わえるのは幸福感

たとえば、東京の自宅で家飲みをするときには、ほぼ私が料理をつくるというスタイルでした。「手ぶらでいいよー!」なんて張り切って声をかけ、友人たちにはお酒やデザートなどを買ってもらうのが定番。

それが当時の自分には楽しかったのですが、最近は自分だけ黙々と料理をするのがなんだか楽しめなくなってきた。もっと肩の力を抜いて、人の手を借りたいというのか(歳をとって段取りが悪くなったこともあります)。

そこで、わが家で集まるときにもみんなに“持ち寄り”をお願いするようになりました。そして、誰かの家に集まるときにもみんなで持ち寄るのがとても心地よいのです。

スク豆腐のような自家製オイルサーディン豆腐

見た目は沖縄料理の「スク豆腐」ですが、実は「自家製オイルサーディン豆腐」。友人お手製のオイルサーディンと、自家製甘酢しょうがを豆腐の上にのせたもの。

れんこんチップス

友人作のれんこんチップス。子どもも喜ぶうえに大人のつまみになるという、シンプルながら最高の一品。

たとえば、先日わが家で開いた「新米を食べる会」。今年もお米を無事に収穫できたことを祝い、手伝ってくれた友人たちと一緒に新米を食べました。

私はおでんをつくったり土鍋でご飯を炊いたりしたのですが、友人たちにも一品持ち寄りをお願いしました。そうしてみんなで囲んだ食卓には、それぞれの手料理がずらりと並び、まさに絢爛豪華。これが実に楽しくて、そして幸福感を味わえるのです。

「おいしい!」というのももちろんですが、手料理を食べるとどこか心が満たされます。それはきっと、手料理というものが目の前の食べものとしての存在だけではなく、背景に物語を伴っているからではないか。

大きな鍋におでん種がいっぱい

実家から持ってきた大きなおでん鍋が大活躍。たっぷりつくっておけば、自分も落ち着いて飲める。

土鍋で炊いた新米

土鍋で炊いた新米。「おいしいね〜」と友人たちが喜んでくれると、なんだかほっとします。

たとえば、ある友人が甘酢あんの肉団子をつくってくれました。箸を入れると中からうずらの卵が出てきて、子どもたちは「わ! 卵が入ってる〜」と大喜び。「手間のかかる料理だね〜」と聞くと、おばあちゃんが正月のおせちに毎年つくってくれた料理だと話してくれました。

肉団子

うずらの卵入り肉団子。しっかりとからみついた甘酢あんがまたなんともおいしい。

またある友人が持ってきてくれた焼売はやさしい甘みが感じられ、思わずにんまりしてしまうおいしさ。友人につくり方を聞いてみると、参考にしたレシピに自己流で玉ねぎを入れているのだそう。甘みのあるほうが、子どもたちが喜んで食べるだろうという母心からです。

友人手作りの焼売

友人がつくってくれた焼売。子どもたちに大好評すぎて、あっという間に完食。

みんなで食卓を囲むということ

友人がつくる家庭料理からは、それぞれの暮らしぶりや人となりがうかがえます。みんなが持ち寄ることによって、一方的ではなくお互いの手料理を食べ合う。それによってまた理解が深まり、一体化していくように感じるのです。

そして、「おいしいね〜」と言われたらうれしいし「どうやってつくるの?」なんてレシピを伝え合うことでお互いの家庭の味を交換できる。ほとんどが手のこんだものではなく、日常つくっているような簡単な料理です。そうした料理だからこそ、お互いにくつろげるのかもしれません。

赤かぶと紅芯大根のぬか漬け

夫の母が友人にぬか床を株分けしたのですが、そのぬか床で赤かぶと紅芯大根を漬けてきれくれました。もとは同じぬか床なのに、義母のぬか漬けとはまた違う味わい、おいしい。

天かすおにぎり

友人がよくつくるという天かすおにぎり。ご飯に天かすとめんつゆ、ごま、ねぎを混ぜたもの。ぽってりとしたフォルムと贅沢に巻かれた海苔、思わずにんまりしてしまいます。

各家庭で料理にかける時間は、年々短くなっているといわれています。外で働く時間が長くなった分、家で過ごす時間が減り、料理をする時間がないというのです。その結果、簡単で安く手に入るファストフードやインスタントに流れていく。

春菊とくるみのサラダ

アメリカのジャーナリスト、マイケル・ポーランは、著書『人間は料理をする』の中でこんなことを書き綴っています。

料理は、現代の暮らしでは希少になった機会「自分の力で働き、食を提供することで人を支え、自分も支えられるという稀な機会」をもたらす。これが「生活する」ということでなければ、何がそうなのだろう。経済的に考えれば、アマチュアが料理するのは時間の最も有効な使い方ではないかもしれないが、人間の感情で計れば、それは素晴らしいことだ。愛する人のために、おいしくて栄養のあるものを用意することほど、利己的ではなく、あたたかで、有益な時間の過ごし方があるだろうか。

お母さんたちも談笑中

それぞれが手をかけてつくった料理を持ち寄り、それを中心に食卓を一緒に囲む。その安心感や温かさは何にもかえがたいものです。

さて、今週末は何をつくっていこうか。

寿司桶に手料理をのせ風呂敷で包む

最近わが家の持ち寄りスタイルは、寿司桶に手料理をのせ風呂敷で包みます。このまま食卓にのせられて、器を移し替えるなどの手間がはぶけます。

文 津留崎徹花

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。