広島県の中央に位置する東広島市。週末にそこかしこで開放されている西条の酒蔵通りが観光の定番だ。そんな「お酒のまち」としてのイメージが強い東広島市だが、実は各地に個性際立つ古民家が点在している。

そこで地域に住まう人の息遣いが感じられる旅をするならぜひ訪れたい、「場」として古民家をうまく活用している〈ほたる荘〉〈豊栄ウール工房〉〈Belly Button Products〉の3軒を紹介する。

〈ほたる荘〉 みんなの力を借りて、愛すべき茅葺き古民家を残すための図書室

築約100年の茅葺き古民家を〈ほたる荘〉として活用している。

築約100年の茅葺き古民家を〈ほたる荘〉として活用している。

東広島市の志和堀地区はいくつもの茅葺き古民家が残る風情豊かな田園地帯。そこに〈ほたる荘〉という茅葺き屋根の小さな図書室がある。

有名どころからコアなものまで、「経済・ビジネス」「科学」「社会・未来」などのジャンルで分けられている本棚。左奥のスペースには文豪たちの作品がずらりと並んでいた。

有名どころからコアなものまで、「経済・ビジネス」「科学」「社会・未来」などのジャンルで分けられている本棚。左奥のスペースには文豪たちの作品がずらりと並んでいた。

ここでは寄贈された本をまったりと読むことができるうえ、カフェや畑仕事を楽しんだり、音楽ライブなどのイベント会場として利用することもできる。

〈つくれば工房〉は水、土曜にオープン。

〈つくれば工房〉は水、土曜にオープン。

2019年には隣の蔵をリノベーションし、〈つくれば工房〉を迎え入れた。3Dプリンタを備える木工室や機織り機が登場し、子どもも大人も一緒になって学べる「ものづくりの場」としても機能している。

柔らかい光が差し込む窓際では気持ちよく読書できる。

柔らかい光が差し込む窓際では気持ちよく読書できる。

さらに直近では漫画図書室が新設され、曜日ごとにテーマが変わる室長制度もスタートした。〈ほたる荘〉はまさに、朝から晩まで入り浸りたくなるような空間へと年々変化し続けている。

そんな〈ほたる荘〉の代表を務めるのは、鹿児島県出身の杉川幸太さん。広島大学で教鞭を執るべく、5年前に東広島市へと引っ越してきた。

杉川幸太さん。最近は曜日ごとに室長さんがいるので、杉川さん自身が常に〈ほたる荘〉にいなくても回る体制になった。

杉川幸太さん。最近は曜日ごとに室長さんがいるので、杉川さん自身が常に〈ほたる荘〉にいなくても回る体制になった。

「子どもと一緒に志和堀を散歩していたら、茅葺き古民家がいくつもあって衝撃を受けたのと同時に、とても感動しました! とはいえ、志和堀の茅葺き古民家の数はここ10年で半分以下になったようです。茅の修理や調達は経済的にも時間的にも負担が大きいことが原因でしょう。効率的なものばかりが選ばれる世の中において、いいものであってもいわば非効率な茅葺き古民家をどうしたら残していけるのかということを考えていきました」

茅葺き古民家をできるだけ長く保全するためには、個人で管理するのではなく、みんなで管理することが大切だ。多くの人を巻き込むためには、ただ訪れてもらうだけではなく、もっと踏み込んだ関わりを通して愛着を持ってもらう必要がある。そこで生まれたのが「図書室」というアイデアだった。

「かしだしノート」を見ると、小さな子どもから年配の方まで、さまざまな人が〈ほたる荘〉を利用していることがわかる。

「かしだしノート」を見ると、小さな子どもから年配の方まで、さまざまな人が〈ほたる荘〉を利用していることがわかる。

「基本的に、ここにあるのは訪れた人が置いていった本なんですよ。その多くは、捨てたり売ったりできずに手元に残っていた本です。簡単には手放せなかった思い入れのある本を寄贈した場所のことは一生忘れないだろうなと。そういう作戦です(笑)」

〈ほたる荘〉の本は近隣に住む人だけでなく、旅行で訪れた遠方在住の人も借りることができる。

「いちおう返却期限は1か月にしてみたんですが、そのままずっと持っていたり自由なルールで借りてる方も多いですよ(笑)。引っ越しなどのタイミングで『あっ、〈ほたる荘〉の本だ!』と思い出してくれたら、それでもいいのかなと思いますね」

取材でうかがった水曜日の室長は彦坂智恵さん。「新しい学びの場づくり」をテーマに活動している。焼き芋がとてもおいしそうだった。

取材でうかがった水曜日の室長は彦坂智恵さん。「新しい学びの場づくり」をテーマに活動している。焼き芋がとてもおいしそうだった。

古民家の改修は、クラウドファンディングと杉川さんらの手持ち資金をもとに行った。隣町の井上工務店(井上富雄さん)から指導を受け、広島の建築系学生団体〈scale〉に所属する学生や地域の人々、そして茅葺き職人とともにほぼセルフでリノベーションを進めた。

「はらぺこあおむし」風の本棚。

「はらぺこあおむし」風の本棚。

「学生たちは人手としてもそうですが、アイデアをたくさん出してくれたのがとてもありがたかったですね。例えば、表紙を見せて並べられる絵本用の本棚をつくってほしいと学生にお願いしたんですが、結局は、「はらぺこあおむし」風の本棚ができあがって(笑)。学生が自由にやるとおもしろくなるんだなあと思いました」

〈つくれば工房〉と同じく、水、土曜ならば利用できる機織りスペース。

〈つくれば工房〉と同じく、水、土曜ならば利用できる機織りスペース。

図書室でありながら、実践的な学びの場であり、自分の居場所を自分でつくる場にもなっている〈ほたる荘〉。親子連れで行けば、基本的に誰かが子どもと一緒に遊んでくれるという。本に読み耽ったり機織りをしてみたり、思い思いの時間をここで過ごしてほしい。

information

ほたる荘

住所:広島県東広島市志和町志和堀469

TEL:090-9088-5739

開室時間:11:00〜15:00

開室日:火・水・木・土曜

※つくれば工房は水・土曜にオープン

Web:http://www.openhotaru.mimoza.jp/

〈豊栄ウール工房〉 豊栄産の羊毛を地域のコミュニケーションツールに

〈豊栄ウール工房〉はかなり立派な古民家。

〈豊栄ウール工房〉はかなり立派な古民家。

続いては、見渡す限り広がる田畑のひとつひとつがよく手入れされており、のどかで澄んだ空気が気持ちいい豊栄町(とよさかちょう)の〈豊栄ウール工房〉を訪れた。

工房のすぐ近くで育てられている羊たち。これからまだまだ毛が増えるそう。

工房のすぐ近くで育てられている羊たち。これからまだまだ毛が増えるそう。

この工房では、近隣農家が田んぼの草刈り用に飼っている羊の毛を生かして毛糸やピアス、帽子などをつくっている。2019年10月にオープンしてからは、毎週土曜日に糸紡ぎやフェルトでの作品づくりなどの体験もできるようになった。

山田芳雅さん。大学生のときに〈ひとむすび〉を起業し、4年生のときにはもう地域おこし協力隊に就任していたという。

山田芳雅さん。大学生のときに〈ひとむすび〉を起業し、4年生のときにはもう地域おこし協力隊に就任していたという。

〈豊栄ウール工房〉の代表を務めるのは、山田芳雅さん。〈ひとむすび〉というまちづくり系の会社を営むかたわら、東広島市の地域おこし協力隊として〈豊栄ウール工房〉を手がけている。

おばあちゃんたちがひとつひとつ手で紡いだ毛糸。

おばあちゃんたちがひとつひとつ手で紡いだ毛糸。

工房がスタートするきっかけになったのは、農家さんの「羊の毛を捨てるのがもったいない」という言葉だった。それに対して「紡いで、毛糸にして活用するのはどうか」と考えた山田さんは、このアイデアに賛同してくれた豊栄町のおばあちゃんたちとともに、まずは島根県にある手紡ぎ工房へ向かった。その後は県内外から羊毛のスペシャリストを招き、約1年半にわたって羊毛の選別や洗い方を学んでいったという。

建物については、羊を飼育している農家のおばあちゃんが近所にある古民家の家主さんとの間を取り持ってくれた。空き家になってから1年も経たない間に入れたので、大規模な改装がいらず、物の処分と清掃だけで済んだという。しかも、家賃は無料。

マリーゴールドやセイタカアワダチソウ、サツマイモやクリなど、さまざまな素材を使っておばあちゃんたちは染色を楽しんでいる。

マリーゴールドやセイタカアワダチソウ、サツマイモやクリなど、さまざまな素材を使っておばあちゃんたちは染色を楽しんでいる。

「家主さんがすごいんですよ。需要はあるのに供給が間に合っていないというのが地方の空き家の課題だと思うんですけど、こんなに早く、柔軟に空き家を貸していただけて本当にありがたかったです」

こうして現在〈豊栄ウール工房〉では、毛刈りを除く「洗濯、染め、ゴミとり、紡ぎ、編み、商品づくり」の工程をすべて手作業で行っている。4〜5人のおばあちゃんたちが好きなときに工房に出向き、ものづくりを楽しんでいるそうだ。

土曜日に開催される体験のうち、「糸紡ぎ」は60分で1800円+材料代200円程度。簡単そうにみえて、意外と難しい。慣れてしまえばスムーズとのこと。

土曜日に開催される体験のうち、「糸紡ぎ」は60分で1800円+材料代200円程度。簡単そうにみえて、意外と難しい。慣れてしまえばスムーズとのこと。

主な収益源は、工房や委託販売での売上と体験教室の料金。そのお金はおばあちゃんたちとのランチやお花見、工房の水道光熱費などに使われている。当初は山田さんが個人的に資金を補うこともあったが、今では工房の収益だけで自走できている。

足踏み紡ぎ車が並ぶ〈豊栄ウール工房〉。

足踏み紡ぎ車が並ぶ〈豊栄ウール工房〉。

「もともと、事業化だけではなくて、羊毛を『コミュニケーションツール』にしたいとも考えていました。ひとまず今は、おばあちゃんたちに無理を強いて生産を増やすのではなく、福祉的な面に振り切っちゃえと舵を切りましたね。おばあちゃんたちはここに来て、笑って、しゃべって、楽しそうにしているので長生きすると思います(笑)。山に草を取りに行ったなと思ったら『今回はこれで染めてみるんだ〜!』ってニコニコしながら試行錯誤したり、工房でのものづくりが生きがいになっているのかもしれません」

広島県内を中心にさまざまな人がやってくる〈豊栄ウール工房〉。体験だけでなく、転勤族で周りに知り合いのいない子育て中のお母さんがおばあちゃんと話をしたくて訪れることもあるという。地域の人だけでなく、外の人にとっても楽しくてあたたかい空間が、そこにはあった。

information

豊栄ウール工房

住所:広島県東広島市豊栄町清武1955-1

問い合わせ:okoshi.toyosaka@gmail.com

体験開催日時:毎週土曜(13〜15時受付)

体験料金:

糸紡ぎ(60分)1800円+材料代200円程度

フェルト体験 鍋敷き(80分)1800円+材料代500円程度

フェルト体験 コースター4つ(80分)1500円+材料代300円程度

フェルト体験 バッグ (3時間)5800円+材料代600円程度

公式SNS:https://www.instagram.com/toyosakawool/

〈Belly Button Products〉 自分たちの好きなものやつくったものを見せられる場所

左から本田智章さん、貞徳祐紀さん・襟香さん夫妻。

左から本田智章さん、貞徳祐紀さん・襟香さん夫妻。

最後にうかがったのは豊栄町の中心部にある〈Belly Button Products(ベリーボタンプロダクツ)〉。この近辺は特に日差しの移ろう様が美しく、なんだか海辺にいるかのようないい時間が流れていた。

〈Belly Button Products〉はショップではなく、これから使われ方が明確になっていく予定。テーマはシンプルに「自分たちの好きなものや、自分たちでつくった物を展示する」こと。ここでの販売や外への出店を通して利益を出すことは基本的に考えておらず、ビジネスを目的とはしていない。

プロダクトづくりは祐紀さんが担当している。

プロダクトづくりは祐紀さんが担当している。

建物内には手づくりのテーブルやイスが並び、面取りの丁寧さや天板のフォルムを見ると、じっくりと時間をかけてつくられたものだということがわかる。洗練されたプロダクトが、建物の雰囲気によく馴染んでいた。

後ろの窓は新しく後付けしたのだという。

後ろの窓は新しく後付けしたのだという。

〈Belly Button Products〉で活動しているのは、本田智章(ちあき)さん、貞徳祐紀さん・襟香さん夫妻の3人。本田さんと祐紀さんは豊栄町が地元で、襟香さんは結婚後に祐紀さんの実家がある豊栄町に通うようになった。

「最初は、自分たちがいいと思うものを『これ、かっこいいっしょ』と見せられる場所にできたらなあと思って、この場所をつくりました。目に見えるものだけじゃなくて、建物の中に一歩入るだけでテンションが上がるような、目に見えない空気感も僕らのプロダクトだと思っています」(本田さん)

本田さんたちがこの建物を見つけたのは今から3年前。所有者である友人から「何か楽しいことに使ってくれたら」と言われたこともあって、二つ返事で借りることにした。

今年の11月には音楽のライブ会場としてこの場所を提供した。「ここをつくりはじめて3年が経つんですが、現実的に考えるとイベントの会場として使ってもらうのもアリなのかもしれません」と祐紀さん。

今年の11月には音楽のライブ会場としてこの場所を提供した。「ここをつくりはじめて3年が経つんですが、現実的に考えるとイベントの会場として使ってもらうのもアリなのかもしれません」と祐紀さん。

築80年以上の古民家は想像以上にボロボロだったというが、「僕はそういうのを直すのが好きなので、本当に宝の山だなって思いました」と祐紀さん。本田さんは「最大級のおもちゃが手に入りましたよね〜」と語る。

建物の傾きを解消するための基礎工事は大工さんに教えてもらいながらやったというが、それ以外はすべてセルフリノベーションだ。

この面格子の間仕切りと引戸は釘を使わず、それぞれの素材を組み込んでつくった。「今年のゴールデンウィーク中に全部仕上げようと思ったんですけど、結局3分の1しかできなかったんです(笑)」と襟香さん。

この面格子の間仕切りと引戸は釘を使わず、それぞれの素材を組み込んでつくった。「今年のゴールデンウィーク中に全部仕上げようと思ったんですけど、結局3分の1しかできなかったんです(笑)」と襟香さん。

本田さんと祐紀さんは会社員としての本業があるため、3人はだいたい週末に集まって建物の修繕を行う。その費用は3人のポケットマネーで賄っているそう。

「高い材料の購入や業者へのお願いができないぶん、時間をかけて本当に自分たちが納得できるクオリティを追求できるのは僕たちの強みだと思っています」(本田さん)

「これが本業だと『お金を稼がなきゃ』とすごい必死になって余裕がなくなるかもしれないんですけど、私たちの場合はほかに本業があるので、楽しみながら心地いいペースで進めていますね」(襟香さん)

〈Belly Button Products〉では、本田さんがアイデア担当、祐紀さんがプロダクト担当、襟香さんはふたりの総合的なサポートとしてそれぞれ役割を分担している。

〈Belly Button Products〉では、本田さんがアイデア担当、祐紀さんがプロダクト担当、襟香さんはふたりの総合的なサポートとしてそれぞれ役割を分担している。

スタートから延べ3年、本業の合間をぬって彼らはコツコツと建物を直し、プロダクトをつくってきた。今後も、まだ手つかずの2階をいじったり1階をブラッシュアップしたりと、持続可能なペースで改修を続けていく予定だ。

「ずっと続けていくことが地域のみなさんに対する誠意になるんじゃないかなと。最終的にはまちの人たちに〈Belly Button Products〉のことを誇りに思ってもらえるような存在になりたいと思っています」(本田さん)

光の差し込み方によって、朝、昼、夕と異なる雰囲気が楽しめるという。

光の差し込み方によって、朝、昼、夕と異なる雰囲気が楽しめるという。

3人の醸す楽しさが、建物の外にまで滲み出ている〈Belly Button Products〉。まだまだこの空間は製作過程で、これからどんどん変わっていく姿を見ることができるので楽しみだ。作業が行われる週末なら、しれっと訪れても爽やかな3人はきっと気さくに接してくれるだろう。

information

Belly Button Products ベリーボタンプロダクツ

住所:広島県東広島市豊栄町清武352

公式SNS:https://www.instagram.com/bellybuttonproducts/

古民家の活用の仕方はまさに三者三様だが、今回の場合は「無理なく、持続可能なペースで、柔軟に」運営するという点では3軒とも共通していた。ローカルにおける「場づくり」のあり方を探る旅もいいかもしれない。

writer profile

Saki Ikuta

生田早紀

いくた・さき●インディペンデントな広告会社『ココホレジャパン』の新米アシスタント。生まれも育ちもド田舎の27歳。やばい芋ねえちゃんとして青春時代を過ごす。その野暮さは現在も健在! さりげなく韻を踏むことが生業です。

credit

撮影:加藤晋平