アメリカ時代から絵本づくりまで。40年の足跡をたどる

造本作家でありグラフィックデザイナーである駒形克己さんは、わたしの本づくりの指針となる存在だ。駒形さんはニューヨークでデザイナーとして活躍し、帰国した後に〈ワンストローク〉という会社を立ち上げ、以来、独自の本づくりを行ってきた。

15年ほど前に取材をさせていただいたのがご縁で、その後、何度かお目にかかる機会があり、駒形さんの本づくりの姿勢に刺激を受けたことが、自分なりの出版活動を行う始まりとなった。

そんな駒形さんのこれまでの足跡を紹介する『小さなデザイン 駒形克己展』が、11月23日から東京の板橋区立美術館で開催されている。開催予定を知ってから、わたしは展覧会を心待ちにした。これまで駒形さんの活動に断片的に触れる機会があったものの、表現がどのように展開していったのかを全体を通じて見たことはなかったからだ。

2019年6月、大規模改修を終えてリニューアルオープンした板橋区立美術館が会場となった。

2019年6月、大規模改修を終えてリニューアルオープンした板橋区立美術館が会場となった。

展覧会でまず注目したのはニューヨーク時代のデザインの数々だ。駒形さんは、日本デザインセンターに所属していたグラフィックデザイナーの永井一正さんのもとで3年間アシスタントを務めたあとに渡米。ロスで作品制作を行い、ニューヨークへと渡り、アメリカ3大ネットワークのひとつCBSでデザイナーとしてのキャリアをスタートさせた。

CBSの採用は狭き門だったが、駒形さんはこのときある作戦を立てたという。これまで、ニューヨークでさまざまな企業に出向き、自分の作品を収めたポートフォリオを秘書に預けてきたが、なかなか面接にこぎ着けることができなかった。そこで、これまでつくってきた大判ファイルのポートフォリオではなく、あえて小さなスライド集を用意するというアイデアを思いついたそうだ。

「CBSに電話をすると、いつものようにポートフォリオを置きに来てくださいと言われたのですが、自分のポートフォリオは小さ過ぎてなくされると困るからと伝えると、なんと直接ディレクターに見てもらえることになったのです」(展覧会図録より)

そこで駒形さんは、自分の作品を撮影したスライド集を小さなパッケージに詰めてプレゼンテーションに臨んだそうだ。面接したディレクターは駒形さんの作品をとても気に入り、採用となったという。

ロス時代に制作したコラージュ作品。原画は失われてしまったそうだが、残っていたスライドから作品を再現した。

ロス時代に制作したコラージュ作品。原画は失われてしまったそうだが、残っていたスライドから作品を再現した。

CBSでの面接に持参したスライド集。小さなスライドに黒い厚紙でフレームをつけてある。

CBSでの面接に持参したスライド集。小さなスライドに黒い厚紙でフレームをつけてある。

このエピソードは、駒形さんがキャリアをスタートさせたときから、既存の常識にとらわれない自分なりの視点を持っていたことをうかがわせる。

その視点は絵本づくりを始めてからも変わることなく、通常の絵本の形に留まらないカードタイプのものや、さまざまな方向に折ってたたまれたものなどがあったり、科学や自然の事象をシンプルな言葉と形で伝えるものがあったりなど、数え上げれば切りがないほどだ。

ファッションブランド〈ズッカ〉のロゴは、駒形さんが帰国してからの仕事。案内状やタグなどのデザインも手がけている。

ファッションブランド〈ズッカ〉のロゴは、駒形さんが帰国してからの仕事。案内状やタグなどのデザインも手がけている。

「小さな」という言葉に込められた意味とは?

今回の展覧会につけられた「小さな」という言葉は、駒形さんの視点を知る重要な手掛かりなのではないかと思う。

この展覧会を企画し「小さなデザイン」というタイトルをつけたのは板橋区立美術館の学芸員、松岡希代子さんだ。松岡さんがこのタイトルを思いついたきっかけは、駒形さんの絵本の仕事を代表する『Little Eyes』シリーズと『Little Tree』に、「Little」という単語が用いられていることに注目したからだという。

また、駒形さんが折に触れて「自分は少数の人に小さな声でささやくような仕事がやりたい」と語っていたことも、このタイトルを導き出すヒントとなったそうだ。

「駒形にとっての『小さい』ということには、モノとしてのサイズの小ささと、対象者と思いを共有するための、距離の近さ、世界の小ささ、というふたつの意味が含まれているようだ」

松岡さんは図録でそう書いている。

『Little Eyes』シリーズ。カードを開くとシンプルな形が、大きくなったり形が変わったり。娘のあいさんの成長とともに内容が進化した10種類が偕成社から刊行された。

『Little Eyes』シリーズ。カードを開くとシンプルな形が、大きくなったり形が変わったり。娘のあいさんの成長とともに内容が進化した10種類が偕成社から刊行された。

左が駒形克己さん。右が学芸員の松岡希代子さん。板橋区立美術館と駒形さんとの縁は以前から深く、展覧会カタログのデザインやワークショップなどで仕事をともにしてきた。この美術館のロゴマークのデザインも駒形さんが手がけている。

左が駒形克己さん。右が学芸員の松岡希代子さん。板橋区立美術館と駒形さんとの縁は以前から深く、展覧会カタログのデザインやワークショップなどで仕事をともにしてきた。この美術館のロゴマークのデザインも駒形さんが手がけている。

この「小さな」という言葉を考えていくうちに、以前に駒形さんが語った言葉を、わたしは思い出していた。

「本をつくる小さな会社には、小さな会社なりのやり方がある」

これは、わたしが岩見沢市の人口400人の美流渡(みると)という集落で出版活動を始めようと考えたときに話してくれたことだった。

たとえば小さな会社なりのやり方のひとつとして、ワンストロークでは、書店流通に必要な「ISBNコード」を本にあえてつけないということが挙げられる。ISBNコードがないことは不便でマイナスと捉える書店さんもあるかもしれないが、出版界の流通システムとは一線を画して、自分たちで書店を開拓し、直接取り引きを行うというポリシーの表れであり、それが会社の個性となっている。

『Little Tree』は1本の木が成長し変化していくさまを最小限の表現で描き出した美しい一冊。

『Little Tree』は1本の木が成長し変化していくさまを最小限の表現で描き出した美しい一冊。

また駒形さんは、川の流れに例えてこんなことも話してくれた。

「川の上流なら小さな丸太のような橋をかければ渡ることができる。けれど、下流に行けば行くほど大きく頑丈な橋をつくらなければならなくなる。不特定多数に向けて出版を行う企業は、本をいわば“下流”で相手に手渡しているようなもの。仮に“上流”で本を手渡すことができれば、もっとシンプルで気軽な本をつくることができるのではないか」

駒形さんの考えは“小さな経済”、“小さなコミュニティ”とつながるもの。美流渡地区は過疎化が進んでおり、交通の便が悪く、ネット環境も整備されていないが、それこそが個性となる可能性を駒形さんは教えてくれたのだ。

駒形さん自身が本をオブジェのように並べた展示室。

駒形さん自身が本をオブジェのように並べた展示室。

いつも心に本づくりのタネを温めて

会場を見回して、もうひとつ感動したのは、絵本の試作が無数にあり、どれもが完成品のようなクオリティを持っていたことだ。駒形さんの絵本は、さまざまな種類の紙を用い、その肌触りを感じたり、紙に開けられた穴をきっかけに物語が展開していったりと、コンピュータ上のシミュレーションだけではわからない、手で触れて感じられる発見がある。

娘のあいさんの誕生をきっかけにつくり始めたカード型の絵本『Little Eyes』は、赤ちゃんだったあいさんに試作を見せて、どんな反応があるかを探るなかから、かたちになっていったシリーズだ。あいさんが成長してからは、視覚障がい者や聴覚障がい者へ試作を手渡し、その対話のなかから、新しい本を生み出していっている。

フランスの視覚障がい者とともにつくった『折ってひらいて』の試作。紙をたたんだ状態と広げた状態で形が変化するしかけについて検討されている。

フランスの視覚障がい者とともにつくった『折ってひらいて』の試作。紙をたたんだ状態と広げた状態で形が変化するしかけについて検討されている。

完成した『折ってひらいて』。紙の手触りにもこだわっており、数種類のサンプルのなかから、視覚障がい者の女性が「きれい」と語った紙が採用された。

完成した『折ってひらいて』。紙の手触りにもこだわっており、数種類のサンプルのなかから、視覚障がい者の女性が「きれい」と語った紙が採用された。

試作によって相手とコミュニケーションを図り、そこからさらなるアイデアを導き出して完成へとつなげていく。どの段階でも、もっといいものになるかもしれないという期待を持って試作をつくり変えていく駒形さんの姿勢は、本当に見習わなければならない点だとあらためて思った。

会場には駒形さんの本に実際に触れることができるコーナーも設けられた。

会場には駒形さんの本に実際に触れることができるコーナーも設けられた。

そして、会場の最後に、モニターから流れていたWOWOWの番組「ノンフィクションW『触れる 感じる 壊れる絵本〜造本作家・駒形克己の挑戦〜』」でわたしは足を止めた。

このドキュメンタリーは、2013年に制作され、駒形さんが急性リンパ性白血病を発症し闘病生活を送りながらも絵本制作を行う様子が映し出されている。治療をしなければ余命2か月と診断され、その後、骨髄移植に踏み切った駒形さんの非常に深刻な闘病生活の記録は、これまでも見る機会があったのだが、そのたびに心がかき乱されるような想いがしていた。

駒形さんは闘病中に病院での様子をTwitterで語っていて、わたしはそれをリアルタイムで読みながら、不安になったり安堵したりを繰り返していたのだが、その当時の記憶が、映像を見ていると蘇ってくるのだった。

そしていま、病気を乗り越えて展覧会が開かれていることが、ただただすばらしいと思えてならなかった。

『ぼく、うまれるよ!』は、駒形さんがわが子の出産に立ち会ったときの印象からつくられた絵本。お母さんと子どもをつなぐへその緒がグラフィカルに表現されている。

『ぼく、うまれるよ!』は、駒形さんがわが子の出産に立ち会ったときの印象からつくられた絵本。お母さんと子どもをつなぐへその緒がグラフィカルに表現されている。

展覧会では週末のたびに、駒形さんによるワークショップやギャラリートークなどが開催され、その間に海外での仕事も精力的にこなしている。病気をする前以上にエネルギッシュな活動を続けている駒形さん。あまりに忙しすぎるのではないかと心配でもあり、会場で久しぶりにお会いして思わず体のことを尋ねると……。

「ここ1、2年は本当に体調もよくて、まだまだできていないことがたくさんあると思っているんだよね」

そう語り、さわやかな笑顔を見せてくれた。駒形さんが現在考えているアイデアのひとつは、近年、プラスチックの廃棄が問題になっていることから、本のカバーに樹脂を塗って加工する「PP加工」をしないで、紙を何度もリサイクルした果ての“最後のリサイクル紙”を使った本づくりに挑戦することなのだという。

いつも駒形さんは、心に創作のタネを持っている。この展覧会は、タネから花が咲いていく、そのプロセスがしっかりと伝わってくるものだった。わたしも急いで家に帰って新しい本のアイデアを考えたくなる、そんな心がウズウズするような感覚を味わうことができた。

展覧会に合わせて行われたワークショップ「あつめてひとつ」は、選んだ色紙をすべて台紙に貼って使い切るというもの。デザインや絵本制作とともに、駒形さんは独自に開発したワークショップを各地で実施している。

展覧会に合わせて行われたワークショップ「あつめてひとつ」は、選んだ色紙をすべて台紙に貼って使い切るというもの。デザインや絵本制作とともに、駒形さんは独自に開発したワークショップを各地で実施している。

information

小さなデザイン 駒形克己展

会期:2019年11月23日(土・祝)〜2020年1月13日(月・祝)

会場:板橋区立美術館(東京都板橋区赤塚5-34-27)

TEL:03-3979-3251

開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)

休館日:月曜(月曜が祝日のときは翌日)

http://www.itabashiartmuseum.jp

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。http://michikuru.com/