森の中で暮らす夫婦は、なぜ在来種の農作物をつくるのか?

伊豆下田のまちに近いエリアに移住した津留崎さん一家。当初はもっと人里離れた“田舎暮らし”をイメージしていたそうです。そんな津留崎さんが移住前に思い描いていたような田舎暮らしを実践する、下田の農家の夫妻。在来種の農作物をつくり加工品などを販売する〈モリノヒト〉の暮らしとは。

諦めきれない「森の中での田舎暮らし」

あけましておめでとうございます。今年も「移住のリアル」をモットーに、移住について、暮らしについて綴っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

この春には伊豆下田に移住して丸3年、そんな僕らが移住前に目指していた暮らしがありました。

自分たちで手をかけた家は鳥のさえずりが響く人里離れた森の中。食べる米、野菜は家族で育て自給する。暖房や風呂は薪で。生活の水は井戸水や湧き水。子どもは手づくりのツリーハウスやブランコで遊び回る。

「田舎暮らし」という言葉で多くの人がイメージする暮らしかもしれません。手間はかかるけど、自分たちでつくることに価値をおく、そんな暮らしです。

下田の夕日

そんな暮らしができそうな地域と家を探す旅をして、ここだ! と見つけた三重の山奥の家。そこへの移住を試みたものの、都会モンにはいきなりこんな山奥での田舎暮らしは厳しい……と実感するもろもろがあり、あえなく断念しました(その経緯について詳しくはこちら)。

そして、もう少しまちに近い立地での「初心者向け(?)田舎暮らし」を始めてみようと伊豆を旅して、下田のいまの家を見つけたのです。

ここでの暮らしは、まちに近いだけあって、当初目指していたイメージとはかなり違います。

「森の中」どころか、自宅周辺は郊外の住宅地という雰囲気。徒歩10分ほどでコンビニや牛丼チェーンがあったり。でも、いま取り組んでいる養蜂場の仕事では森の中で過ごすことも多いですし、また、自宅から少し離れた場所ではありますが、田んぼを借りて、念願の米づくりもできました。

まちに近くとも、それなりに田舎暮らしはできるのではないか? 自分たちにはそれくらいがちょうどよかったのだ。そんな風にも感じています。

下田の夕焼け空

とはいっても、当初思い描いていた「森の中での田舎暮らし」への憧れもあります。いつかは……と思うものの、なかなか踏み出せない。一度挫折した身としては、そんな暮らしを実践している人が近くにいると心強い。

そう思ってはいるのですが、ここは海のまち、観光地伊豆下田。そんな人にはなかなか出会いません。一度、移住を試みた三重にはそんな人が多くいました。同じ伊豆でも、下田の隣町の南伊豆町になら、そうした暮らしをしている人が多くいます。

そんななか、下田市の中でも最も観光地的要素の強い白浜地区に暮らす若き移住農家、松川淳一さん、いくえさんご夫妻と、あるイベントで知り合いました。松川さんは作物や加工品の販売をする〈モリノヒト〉を営んでいます。

「モリノヒト」……!?森の中での田舎暮らしへの憧れが捨てきれない自分としては、なんとも気になるネーミングです。やがて縁がつながり、フォトグラファーのわが妻に、制作中のモリノヒトホームページ用写真の撮影依頼をいただきました。

森の中の家に向かう松川さんご一家

妻が撮影してきた写真を見せてもらうと……。

森の中の家。DIYでつくったというツリーハウスや遊具。お子さんと一緒に作物を収穫する様子。

まさに僕が移住前に思い描いていた森の中での「田舎暮らし」ではないか?ぜひ、その暮らしを覗いて、いろいろとお話をうかがいたい……。

果物を収穫中

そんなことを思っていた矢先。松川さんから、自宅にあるピザ窯でピザを焼くので食べに来ませんか? と、なんともうれしすぎるお誘いをいただきました。そして、ぜひぜひ〜と図々しくもお邪魔してきたのです。

そこで見た松川さん一家の暮らしは、僕の想像を超える、手間のかかった暮らしでした。

ツリーハウス

東京から移住して〈モリノヒト〉を起業

松川さんの家に続く山道

伊豆で最も賑わうビーチ「白浜大浜海岸」からもほど近い場所ですが民家や宿泊施設が点在する地域を過ぎると、白浜の喧噪が嘘のような静けさ。そんなところに松川さんの家や畑はあります。

山の中に現れた松川さん宅

松川さんご夫妻は、移住前は淳一さんの実家にも近い東京多摩地域に暮らしていました。「食」や「暮らし」をもっと丁寧に自分たちでつくっていきたいという思いから、地方での暮らしに興味はあったそうです。

そして、ふたり目のお子さんが生まれて間もなく起こった2011年の東日本大震災とそれに伴う原発事故によって、東京を離れる決意が固まったといいます。

干し柿

淳一さんがサーフィンをしていたことから伊豆にはよく来ていて、その縁から移住先が決まりました。

薪ストーブのあるリビング

暮らし始めた当初はかなり朽ちていたというこちらの家。淳一さんは美大でテキスタイルを勉強していたこともあり、モノづくりはお手のもの。内装の見える箇所のほとんどをDIYでリノベーションしたたそうです。

自作のピザ窯

自宅のデッキにあるピザ窯でピザを焼く淳一さん。薪は近隣の山から伐りだしたもの。

もともとふたりは飲食店厨房での調理経験者。移住前から食へのこだわりは強く、興味は自然と作物栽培へと向かったそうです。移住してからは無農薬で野菜や米の栽培を始めました。

焼き上がったピザ

生地はいくえさん担当。生地も焼き具合も、家で焼くピザのレベルじゃないです。

お風呂場の外観

風呂は薪で沸かす五右衛門風呂。

五右衛門風呂の焚きつけ中

この日はいくえさんが焚きつけを。日々、工夫する楽しさがあるそうです。

移住してからさらにふたりのお子さんを授かった松川さんご夫妻。作物も安定して収穫できるようになってきて、自宅のリノベーションも落ち着いて……次のステップ、作物や加工品をつくり販売するモリノヒト起業へと歩み出したそうです。

モリノヒトの黒米

実は、つい最近まで淳一さんは東京での飲食店勤務の経験を生かし、宿泊施設の厨房責任者という職に就いていたのですが、モリノヒトでの作物栽培や加工品製造に集中していこうということで退職しました。いまは野菜や米、土地の人から引き継いだ果樹など、多くの作物を無農薬で栽培しています。

無農薬栽培の畑

そんな彼らモリノヒトのこだわりは、無農薬であるということだけではありません。「タネ」にもあります。

いまスーパーに並ぶ作物は「F1種」と呼ばれるタネから育てられたものがほどんど。対して、松川さんが育てているのは「在来種」「固定種」のタネから育てた作物なのです。

松川さんご夫妻がつくられた作物たち

松川さんご夫妻が丹精込めてつくられた作物。この冬の「季節のおまかせ野菜セット」のラインナップ。里芋、大浦ゴボウ、安納芋、大蔵大根、紅芯大根、津田蕪、日野菜蕪、天王寺蕪、ゆるぎ赤蕪。注文のタイミングによって内容は変わるそうですが、7〜10種類の野菜が入って3000円(税込・送料別)。(写真提供:モリノヒト)

F1種、在来種、固定種について、松川さんに教えていただきました。

モリノヒトが目指す、手間のかかる農業

松川さんによると、F1種は形や大きさ、成長のスピードが均一になるように、人工的な交配で品種改良がなされた作物とのこと。

農家が大量に効率的に育てる、流通に乗せる、そしてスーパーに並ぶ。そのためにはとても都合のいい、生産性が高い作物といえます。ただ、もうひとつ大きな特性があり、F1種の作物から採取したタネから栽培しようとしても、その特徴が安定して引き継がれないというのです。

つまり、農家は種苗メーカーからタネなり苗なりを買い続けなければならないという、市場経済の観点から考えて都合のいい種ともいえます。

対して、在来種、固定種は各地域でタネからタネへと受け継がれてきた作物とのことです(在来種、固定種はほぼ同意義)。

作物からタネを採り育てることができるのですが、F1種とは違い、形や大きさ、成長のスピードが揃っておらず、流通にも乗せにくい。そして、各農家で自家採種してしまうと、種苗メーカーの利益にはならない。

つまり、生産性や市場経済の観点から考えると価値の低い作物ともいえます。

種類豊富なカブ

カブだけでもこんなにいろいろあります。左から日野菜蕪、天王寺蕪、パープルトップ、ゴールデングローブ、ゆるぎ赤かぶ、津田蕪。すべて在来種。(写真提供:モリノヒト)

いま、農業をナリワイとして成り立たせようとするならば、生産性の高いF1種を育てるのが一般的のようです(有機か否か? 遺伝子組み換えか否か? とはまた別の話です)。

でも、その流れが加速すると、各地に伝わる種が失われてしまいます。つまり、種の多様性が失われることになるのです。さらには、本来は自然のモノであるはずのタネが企業に支配されてしまうことになり、それにも違和感を感じます。

モリノヒトの商品

配送のほかにイベントに出店することもあるそうです。出店情報はモリノヒトFacebookにてご確認ください。(写真提供:モリノヒト)

そんな状況のなか、松川さんは在来種の作物を育て、そのタネを採り、タネからまた作物を育てています。

形も大きさも成長速度も不揃い。無農薬なので虫や雑草も元気。そして、伊豆は山間地域なので、畑や田んぼも一面一面が小さくてそれぞれに段差があったりもします。

スーパーで売っている作物をつくるような大規模農業、つまり農薬や化学肥料を使ってF1種の作物を育てる農業と比べると、モリノヒトは大変な手間のかかる農業を目指しているのです。

自家採種作業を手伝う子ども

お子さんも自家採種作業を手伝う。タネを継ぐことの大切さをあらためて感じました。(写真提供:モリノヒト)

農業にかかわらず、この社会は、手間をかけずに「生産性を上げること、効率化」を目指しているといえます。もちろん、生産性が上がることにより、多くの人が恩恵を受けることも多くあるのでしょう。タネの話で言えば、いまの人口をまかなう食糧の安定供給のためには生産性の高いF1種が必要、ともいわれています。

でも、生産性を上げることで失ってしまうものがあり、その中には失ってはいけないものもある。そして、手間をかけることでしか生み出せない価値がある。彼らの暮らしや農業に対する姿勢を見ていて、そんなことを感じました。

果樹の前の松川さんご一家

松川さんはまだモリノヒトとしての歩みを始めたばかりです。彼らが手間をかけて育てた作物が、どれほどの多様なタネを継いでいくのか?楽しみでなりません。

松川さん宅で餅つき

年末には餅つきにもお誘いいただきました。娘さん、猫ちゃん、ワンちゃんも勢揃いでとても賑やか。森に響く餅をつく音。なんとも豊かな時間です。

もちを成形中

つき終わるとみんなで成形。いろんな形のお餅ができあがりました。それでいいのですよね。

information

モリノヒト

Web:モリノヒトFacebook

文 津留崎鎮生

text & photograph

Shizuo Tsurusaki

津留崎鎮生

つるさき・しずお●1974年東京生まれ東京育ち。大学で建築を学ぶ。その後、建築家の弟子、自営業でのカフェバー経営、リノベーション業界で数社と職を転々としながらも、地方に住む人々の暮らしに触れるにつれ「移住しなければ!」と思うように。移住先探しの旅を経て2017年4月に伊豆下田に移住。この地で見つけたいくつかの仕事をしつつ、家や庭をいじりながら暮らしてます。Facebook Instagram