活用を考えるために起こしたさまざまなアクション

岩見沢の美流渡(みると)地域にあった小中学校が昨年閉校して1年が過ぎようとしている。1階の窓には板が打ちつけられ人気のなくなった学校は、なんとも物悲しい。

この小学校に息子が2年間通い、あるとき「自分の人生で一番悲しかったことは小学校の閉校だった」と話したことがある。学校として再生するのは難しいかもしれないが、以前のような賑わいをもたらしたい。親としてできる限りのことはしておきたいと、昨年春から校舎活用の道を探ってきた。

こんなわたしの想いに共感し、校舎のこれからを一緒に考えてくれたのは市内にある北海道教育大学岩見沢校の先生や学生たちだ。

教育大の岩見沢校は市内唯一の大学で、芸術、スポーツ、それをつなぐビジネスという専攻がある。このビジネスを専攻する学生たちが、以前からフィールドワークとして美流渡地区を訪ねてくれたこともあり、この地域でさまざまなプロジェクトを展開していこうという機運が高まっていたところだった。

そんななかで、昨夏に中学校の体育館を使った「森の学校 ミルトをつくろう」という地元の人々に向けたイベントを開催することができた。元学校ということで「図工」「理科」「体育」をテーマにし、プリザーブドフラワーなどを瓶につめてオイルで満たす「ハーバリウム」づくりや子ども向けの水鉄砲による的あてゲームなどを、学生たちが企画してくれた。また、冬にはこれらの活動の経緯を札幌で発表する機会も設けてくれた。

昨年、教育大では「万字線プロジェクト」という教育プログラムを実施。岩見沢の山あいがかつて炭鉱街として栄えた時代に、主に石炭輸送のためにつくられた鉄道路線が万字線。この線路があった美流渡を含む一帯で、学生がリサーチやイベントを企画。その一環として「森の学校ミルトをつくろう」も行われた。

昨年、教育大では「万字線プロジェクト」という教育プログラムを実施。岩見沢の山あいがかつて炭鉱街として栄えた時代に、主に石炭輸送のためにつくられた鉄道路線が万字線。この線路があった美流渡を含む一帯で、学生がリサーチやイベントを企画。その一環として「森の学校ミルトをつくろう」も行われた。

教育大と連携した活動を続けていくなかで、「校舎を今後こんなふうに利用したらいいのではないか?」という具体的な意見を聞く機会が増えてきた。それらのなかには、実現に期待の持てるプランもあったが、同時に運用することになった場合に、どんなスキルが必要なのかも考えなければならないと思った。

校舎の規模は大きく維持費だけでもかなりの額が必要になるが、全国を見渡せば実際に大きな建物を使って活動を行っている人たちもいる。そうした先輩たちにアドバイスをもらいつつ、運用方法を具体的に考えられる場があったらいいのではいかとわたしは考えるようになった。

校舎活用については市や町会の意向もあるので、もちろんわたしや教育大のアイデアが採用されるかどうかは未知数だが、まずは有志が集まって何ができるのかを探ってみたい。そんな思いから、この冬、連続セミナーを開催することにした。

セミナーのタイトルは「森の学校ミルトをつくろう みんなでまちと校舎のことを話してみませんか?」(ちょっと長い!)。

第1回目のゲストスピーカーとして依頼をしたのは小田井真美さんだ。小田井さんは、札幌市が以前運営していた旧宿泊施設を利用して、〈さっぽろ天神山アートスタジオ〉というアーティスト・イン・レジデンスの拠点を運営するディレクターで、アーティストと一緒に美流渡を訪ねてくれていたというつながりもあった。

小田井真美さんは、長年アーティスト・イン・レジデンス事業やアートプロジェクトの運営に関わってきた。昨年、フランス人アーティスト、ニコラ・ブラーと美流渡にリサーチに訪れたこともある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

小田井真美さんは、長年アーティスト・イン・レジデンス事業やアートプロジェクトの運営に関わってきた。昨年、フランス人アーティスト、ニコラ・ブラーと美流渡にリサーチに訪れたこともある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

ハプニングを乗り越えて、第1回目の話し合いを開催

開催は2019年12月21日としたが、3日前にハプニングが起こった。小田井さんがインフルエンザにかかり、当日来られなくなってしまったのだ! このとき会を延期するという判断もあったと思うが、私はこのまま開催しようと考えた。

というのは、この会に参加を表明してくれた人の中には、具体的な校舎活用のアイデアをすでに持っていた人もいたことから、それをみんなで共有するだけでも意義のあることではないかと考えたからだ。また、幸いなことに小田井さんの熱もわりと早く下がり「外出はできませんが、オンラインでならお話できますよ」という提案をしてくれたのだった。

ということで、予定通りの日時で会を開くことに。当初、参加者は10名ほどと思っていたが、ふたを開けてみると25名もの方が集まってくれた。小田井さんとはオンラインでつなぎ、さっぽろ天神山アートスタジオがどのような施設なのか、またどうやって立ち上がっていったのかを語ってもらった。

「森の学校ミルトをつくろう みんなでまちと校舎のことを話してみませんか?」の様子。わたしのスマホで札幌の自宅にいる小田井さんとつなぎ、スライドを見ながら話をうかがった。(撮影:吉川幸佑)

「森の学校ミルトをつくろう みんなでまちと校舎のことを話してみませんか?」の様子。わたしのスマホで札幌の自宅にいる小田井さんとつなぎ、スライドを見ながら話をうかがった。(撮影:吉川幸佑)

さっぽろ天神山アートスタジオは、アーティスト・イン・レジデンスの拠点として運営されている施設だ。アーティスト・イン・レジデンスとは「アーティストが、活動拠点以外の場所へ移動し、そこで一時的に滞在しながら作品制作などの創造的な活動を行う場」のことを指すという。

このスタジオの1階には、作品制作や会議などで誰もが使用できる「交流スタジオ」が3室、2階には滞在スタジオが13室用意されている。

さっぽろ天神山アートスタジオの交流サロン。アーティストが滞在するだけでなく公園を散歩する人々がくつろげるスペースとして開放されている。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

さっぽろ天神山アートスタジオの交流サロン。アーティストが滞在するだけでなく公園を散歩する人々がくつろげるスペースとして開放されている。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

この建物は天神山緑地公園の中にあり、もともと札幌市が国際的なゲストを招く宿泊施設として20年ほど使用されていたものだという。約10年前に閉鎖され、その後、札幌のアートNPO団体に所属していた小田井さんらに利活用について考えてみないかと、市から声がかかった。しかし、このとき規模の大きさや立地条件などを考え、NPOでは使用は難しいという結論に至ったそうだ。

一度は活用を見合わせた施設ではあったが、小田井さんの気持ちを大きく切り替える出来事があった。それは、2011年3月11日のこと。

当時小田井さんは、茨城県のアーティスト・イン・レジデンスの施設〈アーカススタジオ〉のディレクターも務めており、札幌と茨城を行き来する生活をしていたという。札幌市では、旧宿泊施設の取り壊しがいよいよ検討され始めたなかで、再度、利活用を検討しないかと提案があったそうだ。小田井さんは、この日の午前中に施設を見学。その後、東日本大震災が起こった。

四季折々の美しい風景が楽しめる天神山緑地公園の中にさっぽろ天神山アートスタジオはある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

四季折々の美しい風景が楽しめる天神山緑地公園の中にさっぽろ天神山アートスタジオはある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

「震災が起こったことで、文化施設を運営したり、文化事業を企画して運営するのに、これまでと同じようなやり方を踏襲するのではなく、別の、新しい考え方と方法を試して変化していかないと、わたしもこの先、やっていけないような気持ちになりました。そこで、できるできないというより、やれる方法を探ろうと思ったんですね」

こうした気持ちと呼応するように、新しい局面が生まれていった。「札幌国際芸術祭(SIAF)2014」のチーフプロジェクトマネージャーに小田井さんは就任。ゲストディレクターとなった坂本龍一さんが「芸術祭に参加するアーティストには北海道を取材した新作をつくってほしい」というプランを打ち出したため、道外から招聘するアーティストの滞在施設が必要となったという。

国際芸術祭の事務局を担っていたのは札幌市。市役所が主体的に滞在施設の調査を始め、旧宿泊施設も候補に挙がり、さまざまなよい偶然が重なって再稼働することとなった。

小田井さんは国際芸術祭に関わりつつ、その後、通年でこの施設をアーティストが滞在して、創造活動を行う場所として活用できるようにと、市の芸術祭事務局と一緒に動いた。

さっぽろ天神山アートスタジオには、展示スペースも併設。滞在しているアーティストの作品展示や成果発表、活動報告の場として使われている。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

さっぽろ天神山アートスタジオには、展示スペースも併設。滞在しているアーティストの作品展示や成果発表、活動報告の場として使われている。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

施設が空いているということを知ってから、およそ5年が経過していた。小田井さんは市が出した運営者プロポーザルの募集に名乗りをあげて、一般社団法人〈アイスプランニング〉と協働して市と契約を交わし、ここを運営することになった。

「存在は知っているのに、なかなか出会えない恋人のようでした(笑)」

オンラインではあったが、小田井さんがそこにいるかのように、参加者は話に聞き入っていた。(撮影:吉川幸佑)

オンラインではあったが、小田井さんがそこにいるかのように、参加者は話に聞き入っていた。(撮影:吉川幸佑)

立ち上げの話のあと、小田井さんは運用方法についての具体的なアドバイスをしてくれた。

まず、こういった施設が札幌にあることをアーティストに知ってもらうために、アーティスト・イン・レジデンスの公募情報を発信。世界のレジデンス情報を掲載しているサイトに登録したことで、多くのアーティストに周知ができたという。

また、1階の中心にあるフロアを公園の無料休憩施設として市民に開放。座って休めたり、トイレが利用できたり、夜まで灯りがついていて安心感があるなど近隣住民からの評判もよいことが、継続運用の後押しになっているという。

小田井さんらスタッフのたゆまぬ努力の甲斐あって、スタートから2年目以降は、年間で400人を超えるアーティストの利用があり、稼働率は平均7、8割にもなるそうだ。

小田井さんの話から、大きな施設であっても個人のひたむきな想いがとても大事であるということが実感できた。参加した人々も話を聞きながら何度も頷く姿があり、オンラインであっても心が通い合う会になっていることに安堵した。

校舎をこんなふうに活用したい! アート、音楽、宿泊施設……

小田井さんの話のあとは、校舎活用のアイデアをひとりひとり提案してもらうことにした。参加者のうちの3分の1は地元住民、もう3分の1は北海道教育大学の学生や関係者、さらに3分の1は岩見沢市街地のほか、札幌、厚真などから1時間以上かけてきてくれた人もいた。

これらの意見の中でもっとも多かったのは、さっぽろ天神山アートスタジオのようなアーティスト・イン・レジデンス施設にするというアイデアや、岩見沢市が積極的に取り組んでいる「アールブリュット(障がいを持った人たちによる創作活動)」関連の美術館にするというアイデア、また音楽活動の練習や発表の場にするというアイデアなど、芸術活動に関するものだった。

昨年から連携して学校活用の取り組みを続けていた北海道教育大学岩見沢校が芸術とスポーツに特化していること、さらにはこの地域で美術や音楽活動を行っている人が校舎活用に関心を示していたことがその理由。

黒板に活用アイデアを書いていく。(撮影:吉川幸佑)

黒板に活用アイデアを書いていく。(撮影:吉川幸佑)

また、最近「北海道音楽音響文化保存会」を立ち上げたという北海道教育大学の非常勤講師からは、非常に具体的な提案もあった。

「わたしのまわりには、オーディオ仲間が多いのですが、近年、高齢化が進んでいます。いま課題として考えているのは、貴重なオーディオ機器やレコード、CDをどのように保存していくか。持ち主が亡くなった場合は破棄されるケースもありますが、これらは文化遺産であり、コレクションできる場所が必要です。校舎にこうしたコレクションを展示し、大音量で聞けるとなれば、ファンにはたまらない環境ですから、集客も見込めるのではないかと思います」

雪に包まれた旧小学校。豪雪地帯ではあるが今年は雪が少なく、建物に雪の負荷がそれほどかからないのは幸いな点だと思う。

雪に包まれた旧小学校。豪雪地帯ではあるが今年は雪が少なく、建物に雪の負荷がそれほどかからないのは幸いな点だと思う。

美流渡の校舎の近隣には家が密集しておらず、音を出しても迷惑がかからない環境というのは利点のひとつと考える参加者は多かった。小田井さんからも「日本のアーティスト・イン・レジデンスでは、音に関係する創造的活動をしている人をターゲットにするケースはほとんどないため、ニーズがすごくあるのではないか」という意見だった。

この日の話し合いで見えてきたのは、美術や音楽のアーティストが、制作をしたり練習をできたり発表もできる、スタジオであり宿泊施設であり美術館でありホールであり……。

たくさんのアイデアが黒板を埋め尽くした。(撮影:吉川幸佑)

たくさんのアイデアが黒板を埋め尽くした。(撮影:吉川幸佑)

方向性が見えそうな話し合いのなかで、小田井さんは最後にこんなアドバイスをしてくれた。

「長期運用のためには安定した資金を調達する必要があります。行政との関係は重要ですが、美流渡の自由な雰囲気をキープするためにも、学校を利用してビジネスを考えたほうがいいと思います」

小田井さんの言うようにプランを実現するためにビジネスという視点は欠かせない。今回のように校舎活用に興味を持つ有志が集まった会のプランを実現にもっていくためには、自分たちで資金を調達する方法も同時に編み出す必要があるだろう。

旧小学校に隣り合うように建っている旧中学校。

旧小学校に隣り合うように建っている旧中学校。

第1回目の話し合いで、わたしは次に進むべきステップが浮かんできたようで本当にうれしくなった。このセミナーは月1回開催予定で、すでに2回目も1月18日に実施した。それはまた追ってリポートしていきたい。

さらに次回は2月15日。北海道教育大学の教授でスポーツによる地域活性化を研究している山本理人さんをゲストスピーカーに迎えて開催する予定だ。こんなふうに少しずつ話を積み重ねて、大きな規模の建物だって自分たちで運営できるかもしれないというマインドを持ちたいと思っている。

2月15日に開催する第3回目の話し合いのチラシ。イベント詳細はFacebookで。

2月15日に開催する第3回目の話し合いのチラシ。イベント詳細はFacebookで。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。http://michikuru.com/