ミユキデザイン vol.1

こんにちは。〈ミユキデザイン〉の末永三樹です。私たちは岐阜を拠点に、リノベーションをはじめとした建築の企画・設計デザイン、商店街でのマーケットなど、まちづくりに関する企画、シェアアトリエの運営などを行っています。

現在ミユキデザインは4人のメンバーで、岐阜市美殿町(みとのまち)商店街の老舗家具店のワンフロアを間借りして事務所にしています。事務所の一角には私がクリエイティブディレクターを務める〈柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社〉のオフィスも共存しています。もともとゆかりのないこのエリアを拠点に活動を始めて、まもなく8年になります。

〈ミユキデザイン〉大前貴裕と末永三樹。

〈ミユキデザイン〉大前貴裕と末永三樹。

この商店街には40年以上続いている「講」という月一の寄り合いがあり、昔からの店の主人らが決まった店の席につき、おいしい酒と世間話を楽しみます。私たちも、講の席に混ぜてもらうようになり、外を歩くと顔見知りとすれ違い、いまではこのまちが特別な場所になりました。

私たちは「あるものはいかそう、ないものはつくろう」を理念にしています。そして建築的な視点を持って「まちをアップデートし、次世代へ手渡す」ことを目指して仕事をするようになりました。独立当初はこんなことになるとは想像もしていませんでしたが……。

この連載では、岐阜のまちなかで動き始めたリノベーションの活動や、マーケットを通じて商店街に生まれた変化、そして岐阜市周辺自治体との取り組みなど、設立からの8年間を振り返り、リノベとまちと仕事について考えてみたいと思います。

今回は、私たちの出発点であり、現在も事務所を構える岐阜市美殿町をテーマにお送りします。

美殿町でのイベント「美殿オープンカフェ」。商店主がギャルソンに扮しイベントを盛り上げる。

美殿町でのイベント「美殿オープンカフェ」。商店主がギャルソンに扮しイベントを盛り上げる。

商店街入門。遊休不動産を活用したい!

きっかけは、夫でありビジネスパートナーの大前貴裕が2011年から岐阜市の外郭団体〈岐阜市にぎわいまち公社〉から受託した「岐阜市商店街活性化プロデューサー」でした。その最大のミッションは、「柳ケ瀬商店街」を活性化すること。

柳ヶ瀬商店街とは、岐阜市の中心市街地にある中部地方有数の繁華街です。前任は中小企業診断士が担い、テナント誘致などを試みたそうですが、結果が出ないため、視点を変えて若い建築士にかけてみようとの起用でした。

私たちは「おもしろい建築企画でまちを変えよう!」と、業務をスタートしたものの、実際は、商店街そのものを知ることや、商店主との信頼関係を築くことから始まり、そこに建築のニーズはなく、何に手をつけていいのかもわからない状態が1年くらい続きました。

当時はふたりともサラリーマンで、公共施設の設計やプロポーザルなどの仕事をしながらまちのことに手を出している状況でした。

会社の中での時間のマネジメントや意思決定など、不自由を感じるようになり、いまがそのタイミングだと2012年に独立。リスクをとって仕事をしたことがなければ、商売そのものを理解できないという思いも独立を後押ししました。

そんななか、リサーチやイベント実験を進めて可能性を感じたのは、遊休不動産のリノベーションでした。いま思えば当然ですが、改装など利活用の提案を持って一方的にオーナーを口説きにまわりましたが、反応はなく、八方塞がりの気分でした。

打開策を求めて、雑居ビルリノベの先駆者である〈やながせ倉庫〉オーナーの上田哲司さんに相談したところ、紹介してもらったのが、美殿町商店街の理事長・鷲見浩一さんでした。この出会いによって、私たちの活動は大きなターニングポイントを迎えることになったのです。

岐阜市美殿町商店街。

岐阜市美殿町商店街。

美殿町商店街は、JR岐阜駅から北に徒歩15分ほどの中心市街地にあり、家具、器、布団、和菓子など、婚礼関連の品々を扱う目利き店主や職人たちが集まった商店街です。先代を含む店主らがまちづくりに力を入れ、ガス灯や石畳の車道、歩道の整備などを行い、まちの風格を形成し、季節の祭りなどはまち総出でつくり上げてきました。

一方、業態変化や後継者問題に危機感を持つ鷲見理事長は、新しいにぎわいを目指し、若手イラストレーターに依頼して商店街マップを作成したり、レトロな着物祭りなどを定期開催していました。さらに、ビルオーナーとして、空きフロアをイベント的に若いクリエーターに貸し出す取り組みも行ってきましたが、若者がまちに定着するイメージが持てずにいたそうです。

〈まちでつくるビル〉のプロジェクトがスタート。空きビルに若者が入居する仕組みをつくる

「遊休不動産を使えば、若者をまちに呼び込める!」と熱意と覚悟を持って話し合った結果、鷲見理事長の所有する元家具展示場の5階建てのビルを活用するプロジェクトが始まります。商店街+にぎわいまち公社に加え、企画やグラフィックデザインに強いメンバーを招き、「このビルがうまくいけばまちが変わる。それくらいの気持ちで行こう」と、スタートをきりました。

〈まちでつくるビル〉外観(左)と、プロジェクト立ち上げメンバー+初期入居者(右)。

〈まちでつくるビル〉外観(左)と、プロジェクト立ち上げメンバー+初期入居者(右)。

こうして生まれたのが、シェアオフィス〈まちでつくるビル〉(通称まちビル)の企画。人が魅力的で信頼に足る商売が行われるまちの文脈を継承しながら、“つくること”にこだわる小さな起業者を集められるように、コンセプトは「つくるがあるまち CREATION IN THE CITY」としました。

フライヤーは若手クリエーターを刺激するキャッチコピーやグラフィックデザイン、写真などを採用しながら、既存店を紹介する記事も掲載し、まちぐるみのプロジェクトとして取り組みました。

入居者集めにはあらゆる手を使いました。物件の内覧会や、空きスペースを使ったワークショップイベントを開催したり、知り合いのフリーランスに声をかけたり。当初は間取りをさわらず募集をかけましたが、スケール感が大きすぎたのか入居者が集まらず、小割りに変更。その後、入居希望者が集まり始め、私たちも入居を決めました。

ビフォー。家具展示場の名残がある。

ビフォー。家具展示場の名残がある。

みんなで掃除・解体し、塗装までを行った。

みんなで掃除・解体し、塗装までを行った。

事業設計としては、家賃をどこまで下げられるかがインパクトになると考えました。あえて空間をつくり過ぎず、つくることにこだわる入居者だからこそ、“共につくりあげること”をポジティブに組み込み、DIYワークショップとして解体、塗装など入居者みんなで工事を進めることに。こうして、相場を無視した坪単価設定を実現させました。

このように、まちを含め多くの人にビルの存在や新しい入居者を知ってもらうため、すべてのプロセスをオープンにしてきましたが、場づくりという共同作業は、入居者同士の距離を縮めてくれるものでもありました。

まちでつくるビルの完成から、「美殿町つくる市」へ

2013年に、シェアオフィス〈まちでつくるビル〉はほぼ満室でオープン。出入り自由な気軽なパーティーを開き、ビルのお披露目を迎えました。

4階の共有部。

4階の共有部。

シェアオフィス内観(ミユキデザインのオフィス)。

シェアオフィス内観(ミユキデザインのオフィス)。

メンバーは、専門学校を卒業したばかりのウェディングドレスを制作する女性や、独立したばかりのプロダクトデザイナー、地元に帰ってきたグラフィックデザイナー、フリーランスを決めたライターなど、20〜30代を中心にしたクリエイターたち。

なかなか決まらなかった1階部分もまちビル立ち上げメンバーのデザイナーがカフェバーをオープンすることになり、まちのサロンとして新しい風景をつくっています。

打ち合わせにやってくる人やランチに繰り出す入居者など、まちにいなかった若者が出入りする姿が日常になってきました。入居者同士の結婚や出産など、まるで家族が増えるようなうれしい出来事もありました。

1階には〈酒バーmirai〉が入居。正面は全面開口でオープンな社交場となる。

1階には〈酒バーmirai〉が入居。正面は全面開口でオープンな社交場となる。

一方、鷲見さんは、入居者が商店街とうまくコミュニケーションをとれるように、既存店への挨拶回りツアーを行ったり、毎月入居者ミーティングをして、まちの広報の仕事を入居者に発注してくれています。入居者もまちとの関わりを楽しみ、美殿を紹介するツアーやオープンアトリエを開くなど、活動の幅を広げています。

ただ、まちでつくるビルはオフィスである性質上、用事のない人が立ち寄ることが難しい側面がありました。興味を持った人が気軽にアクセスできる、リアルな場がつくれないだろうか? そこで立ち上げたのが「美殿町つくる市」です。

「美殿町つくる市」。

「美殿町つくる市」。

私たちの見立てでまちを表現すること、クリエーターを呼び込むしかけとしてのチャレンジでした。「美殿町つくる市」は数回開催され、市をひとつのきっかけに、空き物件に実験的なギャラリーや若い女性店主が営む古本店〈徒然舎〉がやってきたり、新しい飲食店がオープンするなど、魅力ある個店が集まり、「つくるがあるまち」のイメージに近づいていきました。

現在では、それぞれ業務が多忙だったり、まちへの関わり方が変わっていくなかで活動は小さくなり、必要なときに商店街組合が主となって行うイベントになっています。移り変わりがある入居者がまちへ継続的に関わるのは難しく、その必要性についても疑問を持つようになりました。

空き地での出会いから、新しいプロジェクトがスタート

気づくと「美殿町に空き物件はないか」「物件を使ってくれる人はいないか」といった相談を受けるようになってきました。そんななか、向かいに立ついい感じの空きビルが解体されてしまったのです。

空き地となったショックから、あの場で何かをやってみたいという気持ちが収まらず、カウンターとイスを並べ、隣のビルに映像を写し、「おとなの空き地の使い方」をレクチャーするイベントを開くことに。ゲリラ的では、まちでつくるビルの印象を悪くするかもしれないので、鷲見理事長につないでもらい、ランドオーナーに挨拶に行き、近隣にはお知らせをポスティングしました。

空き地を会場に、「おとなの空き地の使い方」を開催。

空き地を会場に、「おとなの空き地の使い方」を開催。

昼過ぎから準備し、Facebookだけの告知だったにもかかわらず、会社帰りのサラリーマンやご近所のおばあさんなどが集まり、暗くなる頃にはちょっとした路上の宴会に変わっていきました。ビルの中で起こっていることとは違う、屋外ならではの小さな試みが、まちを好奇心で包むおもしろさを体感しました。

そこで、岐阜大学の出村嘉史准教授と出会い、「大学サテライト研究室をつくれる場所はないか」と相談を持ちかけられ、その場で、まちでつくるビルの斜め向かいにある〈矢沢ビル〉を紹介。こうして、出村准教授のサテライト研究室〈美殿ラボ〉が始まっていったのです。

美殿町の次なるカルチャー拠点〈矢沢ビル〉。東京のビルオーナーと友だちになる

矢沢ビルは築50年の、1階がテナント、2〜3階が風呂なしアパートで構成された典型的なテナントビルです。テナントには、老舗のうどん屋、割烹、居酒屋、アパレルが入っていました。

〈矢沢ビル〉ビフォー。

〈矢沢ビル〉ビフォー。

同世代であるビルオーナーは、生まれも育ちも東京ですが、相続で矢沢ビルを引き継いだとのこと。トラブルか消防検査の立ち会いで呼び出される程度なので、岐阜にもビルにも思い入れはなかったそうです。

一方で、私たちはこのビルに魅力を感じ、ダメ元で活用ができないかとオーナーに手紙を送るようになりました。顔を合わすことがないまま、テナントを先付けて事業計画を提示したりと、少しずつ距離を縮めていきました。

すると、ある日突然「提案してもらった事業を進めてください」と連絡をもらったのです。当時はなぜなのかわからないまま、とりあえず矢沢ビル活用プロジェクトが始まりました。

岐阜大学サテライト研究室。大学生たちによる床貼り作業。

岐阜大学サテライト研究室。大学生たちによる床貼り作業。

まちでつくるビルのように、オフィス部分は解体や給排水や電気などインフラの更新を主とした工事+DIYでつくっていく計画に。お店については、店主と共につくっていくスタイルをとりました。

数年経ってオーナーさんから、「本当は解体するつもりだったんだけど、テナントのひとりが10年は立ち退かないと言い始めたから、まあ、いいかなって思ったんですよね。その人、お店やめちゃったんだけどさ」と打ち明けられました。不動産オーナーって大変ですよね。

2階に完成した、岐阜大学サテライト研究室。

2階に完成した、岐阜大学サテライト研究室。

つくる市をきっかけに、1階の角には、古本屋〈徒然舎〉が入る。

つくる市をきっかけに、1階の角には、古本屋〈徒然舎〉が入る。

ビルの工事が進み、入居者と契約のため来岐したオーナーを囲んで、宴会を開きました。そのときに「ビルオーナーになって、こんな楽しい時間を過ごせるとは思ってもみなかったよ」と言ってもらったのが、何よりもうれしかったです。

こうして2015年に新たに動き始めた矢沢ビル。かつてのテナントは徐々に入れ替わり、いまでは古本屋、フランス食堂、岐阜大学サテライト研究室、アンティークショップ、デザイン事務所などが入居するビルに代替わりしています。

美殿町のいま。新陳代謝したまちの日常

2年前、知り合いから紹介された同い年のご夫婦が岐阜に移住しました。仕事場に美殿町を選んでくれて、新しい美容院〈MITONO HAIR&E〉が誕生。同じ時期に子どもを出産、いまは一緒に子育てと仕事とお酒を楽しむ良き友だちです。

美容院の店舗をつくるにあたり、矢沢ビル向かいの元美容院の建物をリノベーションすることになりました。店は自然体でリラックスできる、まちに開いたサロンとして、香りのある杉板と手跡の残る漆喰を使ったデザインに。できるところはDIYでつくり上げていきました。地名が入ったお店の名前も、ふたりのあたたかい人柄が出ていて、すてきです。

〈MITONO HAIR&E〉の内観。グレー部分は漆喰で、施主らとDIYでつくった。

〈MITONO HAIR&E〉の内観。グレー部分は漆喰で、施主らとDIYでつくった。

MITONO HAIR&Eの青木夫妻。

MITONO HAIR&Eの青木夫妻。

毎朝、店主が店先を掃除して挨拶していたり、物件が元美容院だったこともあり、以前から通っていた高齢の女性が店を訪ねたり、新しい若いお客さんや子連れのお客さんがいたりと、まちが新陳代謝している風景がここにはあります。

さて、まちでつくるビルに入居していた私たちは、2017年に向かいの〈安田屋家具店〉の4階に引っ越し、2019年末にそのビルは〈まちでつくるビル南館〉という名称になりました。本館からは、当初メンバーの半分ほどが新しい場所に移動して活動し、残っているメンバーも借りスペースを拡張するなど、事業がうまくいっているようです。まちビルは小さな起業を応援する役割を終えて、成熟期に入ったのかもしれません。

次回は、柳ヶ瀬商店街を舞台に毎月開催しているマーケット〈サンデービルヂングマーケット〉をテーマにお送りします。

writer profile

Miki Suenaga

末永三樹

すえなが・みき●1977年岐阜生まれ。一級建築士。明治大学理工学部建築設計卒業。設計事務所勤務を経て2012年に〈ミユキデザイン〉を設立。2016年に〈柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社〉を共同設立、クリエイティブディレクターを務める。「あるものはいかそう、ないものはつくろう」を理念に、建築的な視点を持って「まちをアップデートし、次世代へ手渡す」ことを目指し、建築にとどまらずデザイン、企画・プロモーションなど包括的に考え実践する。一児の母。http://miyukidesign.com