美しい自然に、いま起きていること

伊豆下田に移住して、もうすぐ丸3年が経とうとしている津留崎さん。いまだに自然が織りなす美しい風景に見とれてしまうこともあるとか。でも、ただ感動しているだけではだめなのだ、と思うようになったそうです。美しい光景が広がる地で起きている問題とは?

移住して3年経っても慣れないもの

この冬は全国的にも暖冬ということですが、もともと温暖な伊豆下田では日中は上着いらずという日もあるほどで、冬気分が盛り上がらずに過ごしております。

そんなこの地域では、1月も後半に差しかかると、全国に先駆けて春の訪れを告げる早咲きの桜「河津桜」が咲き始めるのです。

我が家の庭の河津桜

庭の河津桜、この記事を書いている1月後半の様子。もう五分ほど咲いています。下田のお隣、その名前の由来でもある河津町では例年にないほど早くに咲いているそうです。

3年前、2017年の河津桜が咲いている頃に移住先探しの旅でこの地を訪れて、縁がつながり移住することになりました。そして、2017年の4月から下田に暮らし始め、早いものでもうすぐで丸3年となります。

「3年経ってだいぶ慣れたでしょ?」と、よく言われます。たしかに普段の暮らしで「こんな時どうする……?」となることはだいぶなくなりました。少なからず「慣れた」と言えるとは思います。

でも、3年経ってもまったく慣れないことがあります。

それは、この地域の美しい自然がつくる“絶景”です。移住したての頃、そうした景色に出会うたびに感動しSNSにあげては、地元の方に「すぐに当たり前の景色に感じるようになるよ」と、言われたりもしていました。

高台から見た下田の海

でも、変わらずに絶景に感動する日々を送っています。移動の道すがら、気づくと立ち止まって見とれている、そんなことがよくあるほどです。

そんななか、ただ見とれているだけではだめなのだ、そう感じることも多くなってきました。

今回は、下田に移住して3年の僕が日々感動し、感謝している美しい自然が織りなす絶景と、その自然に起きていることを紹介します。

南伊豆町の桜並木

南伊豆町の桜並木。こちらも例年になく早く咲いているそうです(写真は昨年のもの)。

朝日も夕日も。海も山も……!

伊豆下田といえば海のまち。海の絶景というと海から昇る「朝日」か、海に沈む「夕日」のどちらかを思い浮かべます。一般的には海のまちでも、朝日か夕日のどちらかを望む立地が多いのでしょう。

ところが、この地域は本州から南に突き出た伊豆半島の南端に近く、三方を海に囲まれた立地。場所によっては、海から昇る朝日も、海に沈む夕日も拝めるのです。

下田の海と夕日

わが家から徒歩圏内にある外浦海岸からは、海から昇る朝日が拝めます。

初日の出などで海に昇る朝日を見たことのある方も多いかと思いますが、海に昇る満月を見たことのある方は少ないかもしれません。

夜の海に浮かぶ満月

ムーンロードという言葉は知っていましたが、移住して初めて見ました。満月がこんなに明るいというのも移住して知ったことです。

1月の満月の日、ちょうど娘の友だちが泊りに来ていたので一緒に見に行きました。最初は、「なんで夜に海行くの???」としぶしぶだったのですが、この景色を見たらすっかりハイテンションに。絶景の持つ力を感じました。

わが家は伊豆半島の南東端にある小さな半島「須崎半島」の付け根に位置します。外浦海岸と逆方向に行くと、下田湾越しに下田の山に沈む夕日が拝めるのです。

道路から見た夕日

日々、行ったり来たりする道路からこんな夕日が……。ついつい立ち止まってしまう気持ち、おわかりいただけますか?

また同じ地区には須崎恵比寿島という、須崎半島と橋でつながった島があります。ここから拝む夕日がまたすばらしいのです。

夕日

娘がこの近くで習い事をしていたので、この夕日を拝みながら娘の習い事が終わるのを待つこともありました。

野水仙群生地の爪木崎

こちらは須崎半島の東端、野水仙群生地の爪木崎(つめきざき)です。水仙の咲く年末年始に開催される「水仙まつり」には多くの観光の方が訪れます。僕は建築の仕事で爪木崎にある施設のメンテナンスを行っていることもあり、頻繁に訪れています。

下田の山の風景

海の写真が続いていますが、美しい山もあります。海岸沿いに平地が少なく、すぐに山ということもあって、山と海が近いというのも特徴です。こんな幻想的な景色に出会えることもあります。

下田の山々を雲海が覆う

もうひとつの仕事、養蜂場からの景色です。下田の山々を雲海が覆っています。でも、よくある雲海の景色とは少し違います。雲海の先のとがった山、通称「下田富士」の右側に海が見えているのです。

東京での移住前の数年間はリノベーションの仕事をしていて、コンクリートに囲まれた埃っぽい現場ばかりでした。いま、このような景色のもとで仕事をしていることが不思議に感じます。

田植え前の田んぼ

仕事ではありませんが、田んぼを借りて自分たちの食べる米をつくりました。田植え前に地域の人が田んぼの上に鯉のぼりをかけてくれ、なんともいえない牧歌的な風景に。海、山だけでなくこうした田園景色が広がる地域もあります。

稲を天日干し

できた稲を天日干しする稲架(はさ)かけ。日本の原風景ともいえるようなこんな景色をつくりだすことに関われたことは、とても大きな喜びでした。でも、米のつくり手は年々減り、耕作放棄地が増えているという現状も。

こうした景色に喜びを感じることも多くなりましたが、残念な思いをすることも多くなりました。

感動、感謝で終わってはいけない

最も残念で、悲しくなるのが、海岸に捨てられたゴミを目の当たりにしたときです。最近は海洋プラスチックゴミ問題についてよく報道されているので、海岸にゴミが広がっている映像などをご覧になったことがある方も多いかと思います。

まさにその景色が周辺の海岸にも広がっているのです。

地域の活動でビーチクリーンをしたり、プライベートで浜に行った際にゴミを拾うこともあるのですが、とても拾いきれる量ではありません。また拾おうにも、紫外線で傷んだプラスチックやビニールは粉々になってしまい、うまく拾いきることができないのです。

海岸でのゴミ拾い

地域の子どもたちと定期的に集まって海岸に落ちているゴミを拾っています。誰かが捨てなければこんな風にはならないはず。子どもたちは捨てた大人をどう思うのか? そんなことを考えるととても複雑な気持ちになります。

粉々になったプラスチックは海の魚の胃の中に入り、最終的には、その魚を食べるわれわれ人間の胃の中に入っていくという報告もあります。

つまり、ゴミを捨てた自分たちの身に返ってきているわけです。ほかの多くの生物の犠牲を伴い……。

北海道のクジラ

こちらは北海道で撮影したものですが、人間と同じく生態系の頂点にいるクジラの遺体の胃袋からも、大量のプラスチックが出てきています。近い将来、海には魚よりゴミが増えるという報告もあるほどです。

海のゴミというと海や海岸に捨てられるゴミをイメージしがちですが、実は8割が陸上から川へ、川から海に流れ着くゴミとのこと。

不法投棄された粗大ゴミ

たとえば、どこの地域でも問題となっている耕作放棄地には、資材、ゴミなどのプラスチック、ビニールが放置されています。山に入ると不法投棄された粗大ゴミを目にすることもあります。

古くなった木材や紙は土に還っていくのですが、プラスチック、ビニールは土に還らない。これらが紫外線で傷んで粉々になり、それが雨で流されて川へ、そして海に流れ着けば海洋プラスチックゴミとなるわけです。

まちも農地も山も川も、海とつながっている。そう想像することが大切なのかもしれません。

熊本県水俣の海

こちらは昨年、夏に訪ねた熊本県水俣の海です。「公害」の原点、水俣病から学ぶことは多いように感じます。この海に化学工場から有機水銀を含む排水が流されて多くの悲劇を生みました。

このように、下田に移住してきてから、美しい自然が織りなす絶景が暮らしの一部になりました。日々、美しい自然に感動し、感謝しています。

でも、感動、感謝で終わってはいけない。とても残念なことだけど、この時代においてはその「美しい自然」は意識的に守っていかなければ、後の世代に継ぐことができない。

そう感じるようになったことも、移住してからの大きな変化でもあります。

海上の風力発電用風車

美しい自然を守るといえば、以前お伝えした「南伊豆洋上風力発電事業計画」がどうなるのか? ということもこの地域にとっては大きな問題です。昨年末に伊豆漁協や下田市長も反対の声をあげて、地域が一丸となり「大規模開発から海を守る」という雰囲気になってきています。いま、住民による反対署名の準備中とのこと。こちらの件でも動きがあれば、またこの連載で報告します(写真はイメージです)。

文 津留崎鎮生

text & photograph

Shizuo Tsurusaki

津留崎鎮生

つるさき・しずお●1974年東京生まれ東京育ち。大学で建築を学ぶ。その後、建築家の弟子、自営業でのカフェバー経営、リノベーション業界で数社と職を転々としながらも、地方に住む人々の暮らしに触れるにつれ「移住しなければ!」と思うように。移住先探しの旅を経て2017年4月に伊豆下田に移住。この地で見つけたいくつかの仕事をしつつ、家や庭をいじりながら暮らしてます。Facebook Instagram