ずっとやってみたかったことをまずは口に出してみること、身の回りを等身大で良くしていくこと。それらは毎日の心持ちを豊かにしてくれる。小さな、けれども着実な一歩を踏み出せるよう、まちの人の挑戦を後押ししてくれる場所があると聞いて、今回は山口県萩市のコミュニケーションスペース〈ukishima〉を訪れた。

古民家をリノベーションしたという〈ukishima〉。外壁のトタンが粋な味を醸し出していた。定期船の汽笛や軽トラでまちを巡回する竿竹屋さんの歌声が聞こえ、のんびりとした雰囲気だ。

古民家をリノベーションしたという〈ukishima〉。外壁のトタンが粋な味を醸し出していた。定期船の汽笛や軽トラでまちを巡回する竿竹屋さんの歌声が聞こえ、のんびりとした雰囲気だ。

吉田松陰などの名士を数多く生み出し、城下町の風情が残るまち並みも魅力的な萩市。そのなかでも日本海にほど近い「東浜崎」というエリアに、〈はぎ地域資産株式会社〉の運営する〈ukishima〉はある。

この〈ukishima〉で、「u-pitch」(ユーピッチ)というプレゼン会を開いたり、「やりたいことの解像度」を高めるワークショップを企画・運営しているのが奈良県出身の小川優子さん。小さなまちならではの“充実”のあり方とは。萩に移住した彼女に話をうかがった。

海を近くに感じながら自然体で暮らす

奈良県生まれ、奈良県育ちの小川さん。以前は奈良で、デザイナーズブランドのアパレル販売員として働いていた。萩に来るきっかけとなったのは、東京にある〈Nui.〉というホステルとの出会いだったという。

萩は何回か会ううちにすごくかわいがってくれる、あたたかい人が多いと小川優子さん。まちの人は「萩には何もない」と言うが、小川さんが萩のことが好きだ!と褒めまくると「へ〜!まあな!」とかわいらしい返事が返ってくるそう。

萩は何回か会ううちにすごくかわいがってくれる、あたたかい人が多いと小川優子さん。まちの人は「萩には何もない」と言うが、小川さんが萩のことが好きだ!と褒めまくると「へ〜!まあな!」とかわいらしい返事が返ってくるそう。

「内観のデザインに惹かれて〈Nui.〉について詳しく調べていたら、デザイナーの東野(あずの)唯史(現REBUILDING CENTER JAPAN代表取締役)さんが手がけた建物が山口県の萩市にもあると知りました」

その建物とはゲストハウス〈ruco〉のこと。大工、左官屋、家具職人など、ものづくりのプロと協力しながら建物をつくりあげていく記事の内容(萩の素材を散りばめ、
地元の職人さんと一緒につくった
ゲストハウス「ruco」
medicala vol.2)におもしろさを感じたそうだ。

〈ukishima〉の本棚。

〈ukishima〉の本棚。

「もともとものづくりが好きというのもあったし、そういう職人さんたちと実際にお話できたらいいなと思って。海の近くに住みたいというのもあったので、萩がピンときた感じです」

こうして2015年5月に小川さんは〈ruco〉を訪れ、3か月の間ヘルパーとして働かせてもらうことになった。

「〈ruco〉では、仕事も性別も関係なくいろんな人が仲良くしてくれました。周りの人から『萩のまちをこんな風にしていきたい』『自分でこういうことをやってみたい』という話を聞くうちに、私自身も『自分には何ができるんだろう』と意識して考えるようになりました」

「萩にはものすごくきれいな海が本当にすぐ近くにあって、贅沢な環境だなあと思いました」(小川さん)

「萩にはものすごくきれいな海が本当にすぐ近くにあって、贅沢な環境だなあと思いました」(小川さん)

「そういう姿ってすごくかっこいいなあと思って。それに、萩には自然体な人が多いんですよね。かっこつけすぎていないというか、自分のダメなところもさらっと話せてしまう、ありのままな感じがいい。最後は『どうしたら萩に住めるのか』ということばかり考えていました(笑)」

萩で自分が本当にやりたい仕事を見つけるまで

3か月後、本格的に移住を考え始めたとはいえ仕事がなく、いったんは地元の奈良に帰った小川さん。けれども「やっぱり萩にいたい」という思いが高まるあまり、仕事を決めずして1か月後には再び萩に戻ったという。

〈ukishima〉の近くの通り。古き良き時代を思わせる雰囲気がある。

〈ukishima〉の近くの通り。古き良き時代を思わせる雰囲気がある。

「住まわせてもらう家は決まっていたので、生活のためにとりあえずコンビニでアルバイトを始めました。1年半ぐらい働いたんですけど、『萩に来たのに本当にやりたいことができているのか、私?』って強く思うようになって。よく考えるために、もう一度奈良に帰ることにしました」

奈良で「萩 地元 求人」と検索する日々。歯科助手など資格の必要そうな求人が多かったという。

「資格を取るのもありかなと一度は思ったんですが、コンビニで働いていたときに、私は『生活できれば仕事はなんでもいい』わけではないんだなとわかったので……」

早く萩に戻りたいという気持ちと、今度こそは自分がやりたいと思える仕事をしたいという気持ちがせめぎ合うなか、小川さんに吉報が届く。

〈ukishima〉には、なにかのお店だと思ってふらっと訪れる人も多いという。

〈ukishima〉には、なにかのお店だと思ってふらっと訪れる人も多いという。

「〈ruco〉でお世話になった方が、萩でおもしろい会社をつくろうとしている人がいるよって教えてくれたんです」

そうして出会ったのが、鎌倉でフレンチとウェディングの会社を経営している新井達夫さん。〈ukishima〉の母体となる〈はぎ地域資産株式会社〉の代表だ。

「新井さんに会いに鎌倉まで行って、萩で会社を起こして〈ukishima〉や、しゃぶしゃぶのお店をやりたいという話を聞きました。スタッフを探しているとおっしゃったときには、『やっときた!!』って思いましたね(笑)。大好きな萩にも住めるし、地域の人と一緒にまちを良くしていけそうだなって。萩でやりたい仕事を見つけたいっていろんな人に言いまくっていてよかったです(笑)」

この出会いから1か月後の2018年7月には〈はぎ地域資産株式会社〉が創業し、同時期に小川さんも萩へ完全に移住。3年越しの片思いが実った瞬間だった。

〈ukishima〉が萩のまちで果たす役割

〈ukishima〉では、窓際のスペースを打ち合わせなどに使うことも可能。

〈ukishima〉では、窓際のスペースを打ち合わせなどに使うことも可能。

創業から5か月後の2018年12月には〈ukishima〉が完成。新井さんとの打ち合わせをもとに、小川さんは現在〈ukishima〉の企画・運営をほぼひとりで担っている。

「〈ukishima〉では「u-pitch」を中心に、やりたいことがあるけれど踏み出せていない人や協力者がいなくて悩んでいる人を、応援してくれる人とつなげる取り組みを行っています。まちの人の挑戦を柔軟にサポートできたらなと思っています」

建物の外にはポストが6個。これは起業家のみなさんが〈ukishima〉を登記の住所として使っているからなんだそう。「〈ukishima〉を自由に使ってもらえたら」と小川さん。

建物の外にはポストが6個。これは起業家のみなさんが〈ukishima〉を登記の住所として使っているからなんだそう。「〈ukishima〉を自由に使ってもらえたら」と小川さん。

「u-pitch」は今までに6回開催され、毎回3名ほどの人が自分のやりたいことを発表してきた。投資会社の経営者や元編集者、銀行員をはじめ、まちのことに興味のあるバラエティ豊かな人々が聞き手としてやってくる。「古民家を利用して女性が入りやすいスナックをつくりたい」「畑を荒らす猿からの被害をITの力で解決したい」「子ども食堂の名前を決めたい」。起業案だけでなく、純粋にやってみたいことを共有できる場にもなっている。

「u-pitch」の様子。〈ukishima〉では、発表者=CAPTAIN、応援者=CREWと定義している。「発表を見にきた人はみんなCREWなので(笑)、来たら絶対CAPTAINの言ったことを応援してやってください!と思っています(笑)」と小川さん。(写真提供:ukishima)

「u-pitch」の様子。〈ukishima〉では、発表者=CAPTAIN、応援者=CREWと定義している。「発表を見にきた人はみんなCREWなので(笑)、来たら絶対CAPTAINの言ったことを応援してやってください!と思っています(笑)」と小川さん。(写真提供:ukishima)

「第1回のu-pitchでは、聞き手の人に松竹梅の札を渡して発表内容を評価してもらうようにしました。実際にやってみたら、発表したことで自分のやりたいことがより明確になったし、応援してくれる人がいると知って実現に向けてもっとやる気が出た、と発表者の方がお話してくれて。本当は自分もやりたいことがあるけれど隠していたから今度ピッチに出てもいいですか?という人も現れたり。評価は関係なくて、前向きな気持ちが伝染していく。そういうのが萩でのピッチのあり方なんだなというのがわかりました」

「いいね」と言ってもらえるだけでも、やってみるか悩んでいる人にとっては大きな力になるはず。2回目以降の「u-pitch」では評価する札を使わず、否定しないことをルールにした。〈ukishima〉には、自然体で、安心して自分の思いを話せる空気がある。

発表者のその後が気になるという要望に応え、それぞれの進捗を〈ukishima〉のfacebookにアップしている。新たな壁にぶつかっている人がいれば、小川さんが助太刀してくれる。

発表者のその後が気になるという要望に応え、それぞれの進捗を〈ukishima〉のfacebookにアップしている。新たな壁にぶつかっている人がいれば、小川さんが助太刀してくれる。

「発表することで、今まで関わったことのない人からさまざまな意見をもらえます。パンの移動販売が難しそうなら私が一緒に運びますよって手を挙げてくれる人が現れたり、ビブリオバトルをしたいなら映画館の空いている1室を使っていいよってその場ですぐに決まったりして。本当に少し動くだけで状況が変わっていくのは、小さいまちの特徴なのかなと思います」

まちのなかでは「事業で困ったことがあれば〈ukishima〉で相談してみるといい」という認識が根づきつつある。開業からわずか1年、そう捉えてもらえているのがうれしいと小川さん。人口4万5千人のまちに〈ukishima〉のような場所があることが意義深い。

「移住者」としての視点を生かし、地域で求められる人に

浜崎のまち並み。近世は廻船業と水産業で栄えた港町である。それぞれ趣の異なる町屋が残る貴重なエリア。

浜崎のまち並み。近世は廻船業と水産業で栄えた港町である。それぞれ趣の異なる町屋が残る貴重なエリア。

〈ukishima〉での活動に加え、しゃぶしゃぶ屋〈いり吉〉での接客業務やメニュー考案にも携わっている小川さん。今後はさらに「浜崎」という伝統的建造物が立ち並ぶエリアで、飲食や物販などテナント貸しのできる複合施設や、簡易宿泊施設をつくる予定だという。

そのほか、菜の花畑での結婚式をプロデュースしたり、萩産の甘夏を使ったビールづくり、成人式実行委員会のボランティアに、萩市の古民家事業で意見を求められるなど、日々の充実がうかがえる。

甘夏を模した電灯。アジなどの水産物や萩焼と並んで、甘夏は萩の特産品として知られる。

甘夏を模した電灯。アジなどの水産物や萩焼と並んで、甘夏は萩の特産品として知られる。

「本当に、なんでも屋さんって感じです(笑)。私は何か専門的なことを学んだわけでも、得意なことがあるわけでもないんですけど、萩ではいろんなことにチャレンジさせてもらえているなあと。奈良にもそういうチャンスはあったのかもしれないけれど、萩が小さいまちだからっていうのもあるし、『移住者』としての視点が求められているからだろうなと感じています。なので、萩に慣れすぎてはいけないな、移住者としての気持ちを忘れないようにしないとなっていう気持ちがあります(笑)」

やりたいことをやれる人を増やす

萩に移住中の小泉結賀(ゆか)さん(左)と小川さん(右)。小泉さんは〈ukishima〉の2階に住み、しゃぶしゃぶ屋〈いり吉〉で働いているとのことだった。

萩に移住中の小泉結賀(ゆか)さん(左)と小川さん(右)。小泉さんは〈ukishima〉の2階に住み、しゃぶしゃぶ屋〈いり吉〉で働いているとのことだった。

「私自身、萩でいろいろと試してみて、やりたいことをやってないと楽しくないんだっていうことがわかりました。だから、みんなもやりたいことをやったほうがいいよ! という気持ちが強いです」

自分の旗を掲げ、やりたいことに取り組む人が増えてきた萩市。その源は〈ukishima〉にあるに違いない。

information

ukishima ウキシマ

住所:山口県萩市東浜崎町4-6

(運営会社:はぎ地域資産株式会社)

Web:https://hagirc.biz/

facebook:https://www.facebook.com/Ukishima-291691764838100/

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writer profile

Saki Ikuta

生田早紀

いくた・さき●インディペンデントな広告会社『ココホレジャパン』の新米アシスタント。生まれも育ちもド田舎の27歳。やばい芋ねえちゃんとして青春時代を過ごす。その野暮さは現在も健在! さりげなく韻を踏むことが生業です。

photographer profile

Yousuke Yamamoto

山本陽介

やまもと・ようすけ●山本写真機店店主。まちの写真屋としての撮影業務に加え、プロアマ問わず全国からフィルムスキャニングの依頼を受けるラボマンとして活躍中。http://yamamotocamera.jp/