〈地方創生ワカモノ会合in福岡〉で講演をした〈nyatchig(ニャッチング)〉というサービスを展開する谷口紗喜子さん。京都で生まれて、東京と大阪で2年ほど働いた後、福岡市に移住。会社員として働くうちに、現在のサービスを思いついた。〈Fukuoka Growth Next〉などの創業支援もあり、福岡にて起業した谷口さんに、実際の事業展開や起業ストーリーを伺った。

猫好きが集まるコミュニティをつくる

ひと昔前までは、ペットといえば犬が多かった。しかし、近年では室内で飼いやすい猫をペットに選ぶ傾向になり、2017年には猫の飼育頭数は犬のそれを超えている。

そんなペット事情の変化を教えてくれたのが谷口紗喜子さん。谷口さんはまさに猫にスポットを当てたさまざまなサービスを提供する〈nyans(ニャンズ)〉を起業し、代表取締役を務めている。

「ペットホテルはケージが狭いから猫がかわいそう」「預け先がないから猫が飼えない」「犬と違って外へ猫と一緒に散歩に出かけないから、猫の飼い主の友だちができにくい」nyansは、そんな悩みを抱えている猫の飼い主、そして純粋な猫好きの人々がメインターゲット。マッチングならぬ“nyatching(ニャッチング)”を通じて、困ったときや必要なときに登録者同士で互いに猫を世話し合ったり、愛猫の誕生日を一緒に祝ったり、もし迷子になるようなことがあれば捜索を手助けしたり、猫をきっかけとしたあたたかいコミュニティを日本中に広げることを目指している。

利用したいユーザーは公式サイトから居住地などの個人情報を登録。その後、サイトの利用者同士でメッセージをやり取りし、猫好きたちが親睦を深めていく仕組みになっている。

新入「猫」社員の小春ちゃん。

新入「猫」社員の小春ちゃん。

犬の場合、飼い主が外へ散歩に出かければ、別の飼い主と道で出会うことができる。公園に行って愛犬と一緒にベンチに座っていれば、同じような犬の飼い主に声をかけられることもあるだろう。しかし、室内で飼うことが多い猫の場合、その機会が少ない。猫の飼い主と外で出会う可能性は、犬よりも断然低いのだ。

「その場に猫がいるわけではないので、『猫を飼っていますか?』とでも声をかけない限り、飼い主なのかどうかわかりません。そのため、飼い主同士の情報交換もままならないという状況になりがち。そういった意味で、猫の飼い主に関するデータはとても集めにくいんです。もともと集積しにくいデータであることに加え、昨今は猫ブームですから、私たちのビジネスプランは絶対にうまくいくと思えました」

昨今の猫ブームがnyatchingの追い風になっているのだという谷口さん。

昨今の猫ブームがnyatchingの追い風になっているのだという谷口さん。

nyatchingのサービス内容だけに目を向けると一般消費者向けだ。しかし最初からそこで大きな収益を出そうと考えていなかった。

「猫の飼い主が集まるコミュニティを持ち、猫の飼い主たちにまつわるデータを集積していることで、そのデータをBtoBの取引に活用して収益を図るというビジネスプランです。例えば、私たちが得ているデータをベースにして、メーカーと協力することで完成度の高い猫向け商品を独自に開発することが可能になります」

nyatchingのサービスをリリースして以降、さまざまな広がりが生まれている。例えば猫をキャラクター化し、オリジナルのトレーディングカード〈ニャンズカード〉を制作した。このカードが北海道で展開するドラッグストアの目に留まり、キャットフードの付録として購入者にプレゼントされることになった。

また2019年8月には、nyatchingの登録猫が全国で2222匹に達したことを記念し、猫好きによる猫好きのための「ねこ祭り」を福岡市にある〈Fukuoka Growth Next〉で開催。会場ではお魚すくい、おみくじ、猫のお面などといったグッズ類を販売した。

ねこ祭りの様子。(写真提供:nyatching)

ねこ祭りの様子。(写真提供:nyatching)

「ねこ祭りには400人もの方々に参加いただきました。nyatchingを展開していくうえで、やはりネット上だけでなく、実際に対面の交流があったほうが飼い主同士も安心できるということがあり、オフ会に力を入れています。お祭りはそういった意味でとても有意義で、大規模なオフ会になりました」

登録されている猫たち。眺めているだけで癒されそう。

登録されている猫たち。眺めているだけで癒されそう。

なければ、自分がつくろう

〈nyans〉創業のきっかけは、猫への愛。実際に猫の飼い主でもある谷口さん自身の体験に基づいているのだという。

「nyansを立ち上げる以前は営業職でした。その際、実に多くの経営者にお会いしてきました。経営者の方々と話をしていると、その言葉、考えがすっと理解できて、次第に“私はずっとどこかの企業に所属して雇われるのではなく、何か自分で事業を始めるのが向いているのでははないか”と思うようになったんです。順風満帆であるほど不安になる性格で、不安定よりも安定のほうが怖いと思ってしまうんですよね。自分でリスクをとって動いたほうが得られるものも多いですから」

オフィスで働く副島義弘さん。かたわらには小春ちゃん。

オフィスで働く副島義弘さん。かたわらには小春ちゃん。

そんな独立願望を胸に秘めた谷口さん。いざ、何かを始めようと考えた際、頭に浮かんだのが、愛猫にまつわる悩みだった。出張、旅行のとき、毎回、猫をどうしたらよいかと頭を抱えていた。

「巷にはペットホテルがたくさんあるのに、どこも犬がメインなんです。それほど、これまではペットといえば犬でした。ペットシッターに預けるという選択肢もありますが、そもそもペットシッターの絶対数が少ないんです」

これは谷口さんが日々を生活する福岡市に限った話ではなく、全国的にも同様の社会課題だ。
「もし近所に私と同じように猫が大好きな飼い主さんがいて、お互いに預け合えたらどんなに良いだろうと思いましたが、そういうマッチングサービスがない。だったら自分でつくろう。それが〈nyatching〉をつくろうと思ったきっかけですね」


アイデアを思いついた谷口さんは、そのアイデアをビジネスのフローに落とし込み、具現化させる準備を進める一方で、資金調達についても考えを巡らせた。

「叩き台のビジネスプランが完成したら、そのプロトタイプとなるプログラムをつくれるスタッフを探しに、地元福岡の大学へ出かけ、学生たちに声をかけ、興味を持ってくれたふたりをスカウトしました」

谷口さんは知り合いのエンジニアに教えてもらいながら、先行してwebサービスにおけるプラットフォームをつくっていく。

nyansでは、 猫をキャラクター化したトレーディングカード〈ニャンズカード〉も制作。ニャンズカードになりたい猫も募集中。(画像提供:nyatching)

nyansでは、 猫をキャラクター化したトレーディングカード〈ニャンズカード〉も制作。ニャンズカードになりたい猫も募集中。(画像提供:nyatching)

同時に、谷口さんは前職で出会った尊敬できる経営者たちにアポを取り、叩き台のビジネスプランを持参し、訪問。アドバイスをもらいつつ、その流れで出資まで依頼した。

「これは良いビジネスプランだね、と言ってくださった方に、『では、よかったら出資いただけないでしょうか』と頼んでみたんですよ」と谷口さんは笑顔を見せた。

最終的には、目標にしていた4000万円を上回る4500万円の資金調達に成功。こうして2019年2月22日、これまでこの世にひとつとして存在しなかった、猫の飼い主をつなぐマッチングサイト〈nyatching〉がローンチとなる。

nyansは創業から現在に至るまで、拠点は福岡である。その最たる理由が福岡というまちの魅力だと谷口さんは教えてくれた。

「新たにビジネスを興すうえで〈Fukuoka Growth Next〉の助けが大きかった」という谷口さん。〈Fukuoka Growth Next〉とは、福岡市のほか、地元企業が共同運営する創業支援施設だ。グローバル創業・雇用創出特区である福岡市の熱心な支援、地元企業との連携によって、さまざまな事業のスタートアップをサポートしている。

〈Fukuoka Growth Next〉は福岡市・大名の一等地にある。シェアオフィスやコワーキング施設も併設。

〈Fukuoka Growth Next〉は福岡市・大名の一等地にある。シェアオフィスやコワーキング施設も併設。

資金面、webサイトの制作における問題は自力で解決してきたが、当然、それだけで起業はできない。「〈Fukuoka Growth Next〉が立ち上がったばかりというタイミングもあり、私たちも丁寧にフォロー、サポートしていただきました」という谷口さん。

例えば、谷口さんは法律関係の問題に直面していた。nyansで展開していくビジネスが今後、直面するであろう法的な問題について、どうすれば対処できるのかわからない。その相談相手もいなかった。そのような相談についても〈Fukuoka Growth Next〉で解決できた。

「もちろん暮らしやすさも大きいですね。福岡は飲食店のレベルがとても高くて、どこに行っても安くておいしいですから。家賃も東京と比較して安いですし、新規でビジネスを立ち上げる人たちはかなり負担が軽くなり、助かるんじゃないでしょうか」と谷口さんはやわらかな表情を見せた。

nyansオフィスでは、もちろん仕事中も愛猫と一緒。

nyansオフィスでは、もちろん仕事中も愛猫と一緒。

順調に登録猫を増やし続けるnyatching。谷口さんの今後のビジョンは明確だ。

「最終的には私たちはペットの殺処分ゼロの世界を目指しています。今、日本では年間約5万匹ものペットたちが殺処分されているんです。そのひとつひとつの要因を、nyatchingをはじめとするテクノロジーの力を活用しながら解決していきたいと考えています。まだサービスを始めて間もないですから、利用者の満足度を高めるためのノウハウ、成功事例をどんどんストックしている状態です」と谷口さんは言葉に力を込める。

最後に、同じように、起業を目指す人たちに向けてこのようなメッセージを送ってくれた。

「起業することがゴールではありませんから、その先の目的が明確でないと、続けていけません。その目的が曖昧だと、必ず、将来、どこかで心が折れてしまいます。だから、心からやりたいものを見つけることが何よりも大切だと思います。私にとって、それは猫が幸せなまち。猫が幸せな世界は、きっと人も幸せな世界だと信じています」

information

nyans 

住所:福岡県中央区大名2-6-11 グロースネクスト308

TEL:080-4243-3879

Web:https://www.nyans.info/

Web:https://nyatching.com/

地方創生ワカモノ会合

Web:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/wakamono/

writer

Yuichiro Yamada

山田祐一郎

やまだ・ゆういちろう●福岡県出身、宗像市在住。日本で唯一(※本人調べ)のヌードル(麺)ライターとして活動中。麺の専門書、新聞などで麺に関する記事・コラムを執筆する。著書に「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡」。http://ii-kiji.com/ を連載中。

credit

撮影:石阪大輔(HATOS)