ミユキデザイン vol.4

岐阜を拠点に建築、まちづくり、シェアアトリエの運営などの活動をする〈ミユキデザイン〉末永三樹さんによる連載です。

〈カンダマチノート〉のはじまり

新型コロナウイルスによって、まちを歩く人は少なく、柳ヶ瀬の周りのお店も自粛モードです。最近では「どう? できることがあったら言ってね」という会話を聞いたり、事務所の大家さんが家賃を減免してくれたりと、見えない恐怖に殺伐となり過ぎず、お互いが気遣い合えるコミュニティがこのまちにあることが、私たちの心に平和をもたらしています。

いろんな方面でシフト・チェンジが迫られていきますが、早めに考えて走り、私たちが大切にしてきた人間同士のリアルなコミュニケーションを諦めず、たくましく健やかに進んでいきたいです。

話は6年前にさかのぼり、私たちが新たなチャレンジとして不動産プロデュースし、事業計画、リーシング、運営まで行ったビル〈カンダマチノート〉についてご紹介します。

美殿町のシェアオフィス〈まちでつくるビル〉(以下、まちビル)が順調にスタートし、2014年に新たなビル活用の相談が舞い込みました。まちビルから徒歩5分の〈加藤石原ビル〉という築50年の雑居ビルで、オーナーの加藤浩一さんは仕事も住まいも東京。「ビルには高齢の母がひとり暮らしをしており、2階以上の空室を活用できないか?」との依頼でした。

2階以上の空き物件の活用は本当に難しいのですが、まちビルの実績もあったし、新たなチャレンジもしたかったので、ご依頼を受けることに。ビル全体をブランディングして価値を創造し、一方で投資は小さくして若い人たちが入りやすい環境を整えることを提案しました。

カンダマチノート2階before。

カンダマチノート2階before。

カンダマチノート4階住居before。

カンダマチノート4階住居before。

当時、岐阜周辺でのシェアオフィスはまだ珍しく、メディアへの露出も多いまちビルにはふらりと立ち寄る人や見学者がありましたが、オフィスのため、突然の来訪対応は難しく、訪れた人も居場所がないため、オープンで誰でも気軽に入れる場所をつくってみたいと思っていました。

また、ちょうど〈サンデービルヂングマーケット〉(以下、サンビル)を立ち上げ、柳ケ瀬商店街につくり手が毎月集まる状況ができ始めていた時期でした。

個人で活動する人が、まちへ出て、仕事や生活を豊かにする拠点を、まちなかにもっと点在させたい。まちをおもしろく仕立てていくことがエリアの価値につながる、という仮説を実現するため「ものづくりをする人たちの作業場+販売」を中心にしたシェアアトリエ、カンダマチノートの構想ができあがりました。

入居者募集フライヤー。この場所でそれぞれの新しい一ページを刻んでほしいとネーミング。ロゴは、レトロだけどポップで新しさを持つデザインを目指した。

入居者募集フライヤー。この場所でそれぞれの新しい一ページを刻んでほしいとネーミング。ロゴは、レトロだけどポップで新しさを持つデザインを目指した。

空きビルの活用において、見立てのポイントは?

元のビルの構成は、2階に雀荘、3階に消費者金融の事務所、3〜5階は住居スペースとして使われてきて、なかなかハードな状況でした。しかし、躯体の仕上がりや手すりや建具などのつくりに風合いがあり「これはいい空間になりそうだ」という手応えを感じたことが、事業を進める決め手となりました。

私たちは不動産活用を検討する際、空間の見立てを大切にしています。オーナーさんの人柄や不動産の立地等はもちろんですが、空間体験として魅力的で、場が大切にされていたり、使い方によって化けそうな期待を感じられるかが重要です。

ビル竣工当時の外観。いまはアーケードが前面にかかり、わかりづらいがモダンなビルだ。

ビル竣工当時の外観。いまはアーケードが前面にかかり、わかりづらいがモダンなビルだ。

建築家、そして事業者として。お金のもらい方をあらためて考える

設計やデザインの報酬は、先行投資として支払われます。しかし今回の仕事は不動産プロデュースであり、設計やデザインだけでなく事業内容にも関わる立場なので、報酬のとり方を見直す必要を感じていました。オーナーとしても結果が見えないのに、先立って費用を払い切るにはどこかすっきりしない気持ちがあったかもしれません。

そこで収支計画を睨み、1年で事業化するスケジュールを立て、リノベーション費用などの必要経費のみを先払いしてもらい、残りは5年をかけた成功報酬制としました。

この仕組みによって、私たちのコミットが高まり、オーナーとはチームとして信頼関係が強くなり、比較的対等な立ち位置で仕事をすることができます。結果を出せば、定期的な利益が生まれることもやりがいにつながります。

オーナーと共にセルフリノベ。ビルの変化と思いを共有する

これまでにセルフリノベを何度も繰り返した私たちは、セミ塗装職人の域に達したかな……と、プロモーションの皮切りとして塗装ワークショップを開催。DIYに取り組む人が増えたこともあり、2回のワークショップは満席で20人くらいが集まり一緒にペンキ塗りを楽しみました。

このビルのビジョンやストーリーを伝えて、一緒にワークし、ビフォア・アフターの景色の違いに手応えを感じてもらえたと思います。

2015年10月に開催したDIY塗装ワークショップ。

2015年10月に開催したDIY塗装ワークショップ。

東京在住のオーナーも家族で岐阜に訪れ、一緒にDIY作業をしたり、お菓子を振る舞ってくれたり、ビルの変わっていく様子を感慨深く感じていたようです。

資産には歴史があります。維持管理や金銭的価値の変動などで苦労も多いなか、歴史を共有する相手を見つけ、一緒にアップデートしていける喜びは、ビルオーナーでしか味わえない特別な感覚だと思います。

このように、ビルをまちに開き、最低限のリノベーションを進めながら入居者募集を行いました。

カンダマチノートがオープン! 誰でも入れるシェアアトリエに

ビルのお色直しが終盤に差しかかる頃、努力の甲斐もあってほぼ入居者が決まり、2016年4月にカンダマチノートはオープンしました。

3〜5階の旧住宅部分は、個室が数多くあったことや丁寧につくられた内装がいい状態で残っていたことから、内装のカスタマイズができる賃貸アトリエとなりました。

個室のアトリエ。

個室のアトリエ。

元住居の階段。砂壁をみんなでペイントした。

元住居の階段。砂壁をみんなでペイントした。

もともと和室だった部屋は入居者がセルフリノベで板張りと青色の部屋に。

もともと和室だった部屋は入居者がセルフリノベで板張りと青色の部屋に。

元住居の4階。手前はアーティストがアトリエとして利用。中央の応接間はミーティングスペースに。奥は起業したばかりのデザインオフィスとなった。

元住居の4階。手前はアーティストがアトリエとして利用。中央の応接間はミーティングスペースに。奥は起業したばかりのデザインオフィスとなった。

水場つきのプライベートアトリエ。扉やサインをさわやかな色とし、光の入りにくいビルの雰囲気を明るく。

水場つきのプライベートアトリエ。扉やサインをさわやかな色とし、光の入りにくいビルの雰囲気を明るく。

共有部。数の多い集合ポストはアパートのよう。奥は黄色のペイントで楽しさを。

共有部。数の多い集合ポストはアパートのよう。奥は黄色のペイントで楽しさを。

入居者は起業したばかりのウェディングプロデューサーやデザイナー、アクセサリー作家、アーティストなど多様なジャンルの集まりとなりました。入居者同士で企画を行い、オープンアトリエを行ったり、カンダマチノートとしてイベント出店をしたり、ビル運営を円滑にするための定期打ち合わせも行っています。

入居者が集まってカンダマチノートとしてサンビルに出店も。

入居者が集まってカンダマチノートとしてサンビルに出店も。

2階はミユキデザインが借り上げ、シェアアトリエの入り口として、入居者や来客が交流できるカフェやワークショップ空間を併設したオープンブースの集まりをサブリースしています。

2階改修後。自然光が入りにくく、植物が育たないので天井スラブに枝や葉を使った植物のオブジェを装飾した。

2階改修後。自然光が入りにくく、植物が育たないので天井スラブに枝や葉を使った植物のオブジェを装飾した。

ウェハースのような積層材「LVL」という素材を重ねてつくった、ソリッドなカウンター。

ウェハースのような積層材「LVL」という素材を重ねてつくった、ソリッドなカウンター。

レンタルスペースを運営し、ギャラリーショップとしても使用。ここで出会った鞄作家は後に岐阜へ移住し、当時カフェに務めていた女性は独立し、タルトをつくってサンビルにも出店している。

レンタルスペースを運営し、ギャラリーショップとしても使用。ここで出会った鞄作家は後に岐阜へ移住し、当時カフェに務めていた女性は独立し、タルトをつくってサンビルにも出店している。

オープン時にカフェを誘致できなかったため、ミユキデザインで営業許可を取得し、私は食品衛星管理責任者の免許を取りに行きました。そして、仕事の合間をみてカフェを開けるという日々を1年くらい続けました。

その後、イベント「ハロー!やながせ」の縁で知り合った樋口尚敬さんが「いつか自分で喫茶をやりたい」と言っていたことを思い出し、声をかけてみました。樋口さんは1年のトライアル営業を経て、現在はカンダマチノートの顔として〈喫茶星時〉を営業しています。

今年で5年目に入り、入居者の出入りもあって、稼働率は7割くらい。2階は入居者のニーズに合わせて、間取り変更などリニューアルを行い、使い方も変化しています。一方、当初狙っていたショップとしての利用は難しく、アトリエ色が濃い環境となっています。

2016年1年限定で開かれた月イチバル「ギフバル」。入居者のひとりが運営し、1年後は東京で自身の小さい店を開業。

2016年1年限定で開かれた月イチバル「ギフバル」。入居者のひとりが運営し、1年後は東京で自身の小さい店を開業。

音楽ライブや演劇も行われる。コンクリートの躯体がほどよいエコーを起こすため、思いのほか音響が良い。

音楽ライブや演劇も行われる。コンクリートの躯体がほどよいエコーを起こすため、思いのほか音響が良い。

出入り自由な新しい学びのコミュニティ「おとなの学校」

2階でカフェを運営するなかで、場があっても何かきっかけがないと人は集まらないな、と思い、まちビルの事務所で2014年から月一で開催していたイベント「おとなの学校」を、カンダマチノートに移して開催することにしました。

先生によってテーマは変わり、政治、経済をいろんな視点で考えたり、音楽、映画、文化を楽しく掘り下げたり、デザインの役割をちょっとまじめに考えてみたりと、幅広い分野に触れられるイベントです。

先生は毎回私たちがなんとなくスカウトして、無茶振りで話を振って、という流れですが、自分にない視点や切り口が提供され、普段交わる機会のない人たちがなんとなく集まって成立している空間が心地よいです。毎回変わる先生の空気感によって、新しいコミュニティが生まれているようで、人と人とがつながるきっかけづくりの場としても可能性を感じています。

「電池で光の花が咲く 電子植物ワークショップ」がテーマの回。「おとなの学校」はクローズドで始まったが、おもしろいので公開型になった。SNSで集客している。

「電池で光の花が咲く 電子植物ワークショップ」がテーマの回。「おとなの学校」はクローズドで始まったが、おもしろいので公開型になった。SNSで集客している。

新たなビルの運営へ。目的型シェアオフィス〈みゆきビル〉

カンダマチノートから派生して、新たなビルの運営も始まりました。

カンダマチノートの2階はレンタルスペースとしても運用していて、ある日、テック系のイベントが開催されました。学生からスーツを着た技術者、フリーランス開発者が集まって、オープンリソースで話し合い、めちゃくちゃ盛り上がっている。

技術と趣味と社会が混じり合った提案がプレゼンされて、垣根のない議論があって、当時の私には、建築やデザイン、まちもこんな感じでフラットにつくり上げられたらおもしろいなと感化されていました。

主催者の坂之上達成くんから「真面目な事務所ビルより、こういう場所がおもしろいので、こんな感じで事務所をつくれないですかね?」と相談され、2018年にテック系シェアオフィス〈みゆきビル〉が誕生。

テック系イベント「さくらクラブ」。

テック系イベント「さくらクラブ」。

みゆきビルはミユキデザインが管理するビル。岐阜駅の徒歩圏という立地のいいコンパクトなビルで、2階以上の活用を検討していたところでした。

みゆきビル2階before。

みゆきビル2階before。

3階ミーティングスペースの床はタイルカーペットを刻んでオリジナルのパターンを作成。

3階ミーティングスペースの床はタイルカーペットを刻んでオリジナルのパターンを作成。

4階オフィスの床貼り。DIYで仲良くなった大工さんの助っ人と共に。

4階オフィスの床貼り。DIYで仲良くなった大工さんの助っ人と共に。

彼らとのコラボレーションは楽しく、DIYで場所をつくりながら、リモートで運営管理ができるように、オンラインの入居システムを提案してもらったこともありました。彼らが自分たちの仕事場を手づくりで改善していくプロセスからは学ぶことがとても多いです。現在、2階はコワーキングスペースとしての運用も始めています。

2階コワーキング+ミーティングフロア。

2階コワーキング+ミーティングフロア。

4階〈テックプレッソ〉オフィス。元は和室の住居だった。

4階〈テックプレッソ〉オフィス。元は和室の住居だった。

事業運営の経験を経て、建築の仕事とまちづくりについて思うこと

こうしてイベントや運営事業にも手を広げてみると、設計だけをやっていたときとはモノの見方が変わり、建物単体から周辺環境やまちへの意識がより高まっていくようになりました。

自ら場所を持ち、使い方を試すなかで生まれるアイデアや人間関係、失敗は、何かしら次につながっていきます。サンビルの運営など、建築の外側から空間需要を引き上げて、自分たちの仕事につなげるという戦略で活動した結果、人が場所に何を求め、期待するのか、どうすれば場所やエリアが生きるのかを考える感覚も研ぎ澄まされていきました。

独自の視点で事業の仕組みをデザインするとともに、空間づくりにアプローチし続けること。それが自分たちのできる“社会をつくっていくこと”なのかなと思うし、それを仕事にできることがすごくおもしろいと感じています。年齢的にも、次の世代にちゃんと受け継げるものをつくりたい。そんな責任も強く感じるようになってきました。

そしてその後も、岐阜市周辺で歴史や文脈を受け継ぐリノベーション事例が生まれています。

〈まちでつくるビル〉を卒業したウェディングドレス作家が次に選んだのも、繊維のまちにある元縫製会社の工場兼事務所ビルだった。

〈まちでつくるビル〉を卒業したウェディングドレス作家が次に選んだのも、繊維のまちにある元縫製会社の工場兼事務所ビルだった。

まちの事業とビルのアップデートが同時に実現した案件。

まちの事業とビルのアップデートが同時に実現した案件。

カンダマチノートと同じ通りを10分ほど歩いたところにある書店が代替わりし、ブックカフェ〈ヨジハン文庫〉にリノベーション。

カンダマチノートと同じ通りを10分ほど歩いたところにある書店が代替わりし、ブックカフェ〈ヨジハン文庫〉にリノベーション。

書店時代の本棚を生かし、本好きが集まる小さな図書館のような空間に。

書店時代の本棚を生かし、本好きが集まる小さな図書館のような空間に。

次回は自治体と一緒に取り組んだ空き家活用と市民公園のリニューアルについてお伝えします。

writer profile

Miki Suenaga

末永三樹

すえなが・みき●1977年岐阜生まれ。一級建築士。明治大学理工学部建築設計卒業。設計事務所勤務を経て2012年に〈ミユキデザイン〉を設立。2016年に〈柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社〉を共同設立、クリエイティブディレクターを務める。「あるものはいかそう、ないものはつくろう」を理念に、建築的な視点を持って「まちをアップデートし、次世代へ手渡す」ことを目指し、建築にとどまらずデザイン、企画・プロモーションなど包括的に考え実践する。一児の母。http://miyukidesign.com